決戦[crescendo] 11 —『私』—
誠司からつぶやかれた言葉に、グリムとライラが反応する。
彼の茫然とした様子を見たグリムは、苦しげに目元を歪めながら尋ねた。
「……まさか、誠司……莉奈の、『魂』が……?」
誠司は何も答えず、その手の中にある『魂』を愛おしそうに見つめていた。
そして——
「……すまないね、勝手なお願いをするが……頼む、どうか莉奈を……起こしてやってくれ」
——そう言って誠司は、そっと莉奈の肉体に『魂』を差し込んだ。
莉奈の身体が、一瞬の光に包まれる——。
†
——莉奈の深層世界。
うずくまり身動きをしない莉奈に、昔の莉奈が語りかける。
「……みんな、死んでいくね……どうせあなたも、意識を飛ばして見てるんでしょう?」
莉奈は少しだけ顔を上げる。その顔を覗き込むように、昔の莉奈——『菱華 莉奈』は、莉奈の前に回ってしゃがみ込んだ。
「あなたらしくないじゃない。『私』を捨てた、幸せな『私』さん。もしかして、心、折れちゃった?」
『菱華 莉奈』は、乾いた目線を莉奈に送る。その目をぼんやりと見た莉奈は、膝に顔をうずめて漏らした。
「……調子に乗ってたんだ……と思う。私は『運命』に愛されているらしいから、この戦いも、最後にはきっとみんな無事に帰れるんだって、心のどこかで勝手に信じていたんだと思う……」
「……ふーん。まあ『私』を捨てたあとのあなた、とっても生き生きしてたもんねえ。確か……『運命の申し子』だっけ?」
そう言いながら彼女、『菱華 莉奈』は——あの日、切り離された『菱華』は、莉奈を意地悪そうな視線で見つめた。
「上手く行くわけないじゃん。『私』たちはただの一般人なんだから。力を得て、家族を得て……自分が選ばれし者だって勘違いしちゃった?」
「…………私は…………」
「つらいんでしょ? 結局、誰も守れなかったのが。でもまあ、『私』にしては十分に頑張ったと思うよ。だから夢なんて見ずに、このまま眠っちゃいなよ。どうせ世界は滅びちゃうんだし」
「……楽に……なりたい……」
「そうそう。あなたが願えば『運命』は動くんでしょ?『運命の申し子』さん。このまま諦めて、何もかも忘れて、楽になろうよ。何も期待していなかった、私みたいに——」
「——それは、困るなあ」
声が、響いた。驚いて辺りを見回す『菱華 莉奈』。莉奈はうずめた顔をゆっくりと上げる。
暗闇の中、視線の先に——その者は、いた。
赤いロングマントを身に纏ったその人物は、伸ばした前髪を掻き上げる素振りを見せた。
莉奈は目を開いて、その者の名を呼ぶ。
「……リョウカ……?」
「や。恥ずかしながら、戻ってまいりました!」
リョウカは片手を上げ、悪戯っぽい笑顔を浮かべる。そのようにおどける彼女の姿を見て、『菱華 莉奈』はすっとんきょうな声を上げた。
「ちょ、ちょ、ちょ、なんなの、なんであなたがいるの!? せっかく『私』が現実を見ようとしていたのに——」
「おやあ?」
リョウカは『菱華 莉奈』の前に歩み出た。
「夢を見るのは、そんなに悪いことかな?」
「……ふん。叶わない夢なんて見たってどうせ——」
「サイン練習帳」
ピク。『菱華 莉奈』の動きが止まる。
「あなた、友達と一緒にプリクラ撮るの夢見て、頑張ってサインの練習してたよねえ。それも一つの、夢なんじゃない?」
「……ぁぁぁああっっ、やめてっ!!」
『菱華 莉奈』と——ついでに莉奈も身悶える。だがリョウカは、構わずに続けた。
「まったく、あの頃の『私』は完全に厨二入ってたよねえ。何にも興味ないフリして、そのくせ何かを期待してて——」
「……分かった、リョウカ、ストップ。その攻撃は私にも効く」
莉奈はヨロヨロと立ち上がって、バッと手のひらを広げた。その彼女を、リョウカは優しい目で見つめる。
『菱華 莉奈』は真っ赤にした顔を莉奈に埋めていた。その彼女を支えながら、莉奈はリョウカに尋ねた。
「……それで、なんであなたがここに?『星の終わり』に行ったんじゃ……」
「スキルはね、どうやら『魂』に刻み込まれているみたい」
リョウカは目を閉じ、語り始めた。
「幸運だった。あの世界は天が失われていて、私の『魂』の還る場所はどこにも無かったから。だから、ずっと、ずっと、宇宙を彷徨っていた——」
聞き入る二人に、リョウカは少し目を開けて続ける。
「——長かったよ。私のチートスキル、『あの素晴らしい日を』のクールタイムが終わるまで——」
リョウカは悪戯っぽく笑い、こともなげに繋げた。
「——二十五億年間、ずっとね」
絶句。その途方もない時間に、二人は口を開けない。ようやく口を開いた莉奈が、言葉を絞り出した。
「……二十五億年間……? なんで、そこまでして……」
「あなた達なら知っているでしょ? 結局『私』は、どこまでいってもワガママで、自分を見て欲しくて、幸せを掴みたいだけの、ただの一般人女性だって」
呆然と口を開ける二人に、リョウカは頬を緩めた。
「だから私は戻ってきた。少し遅刻しちゃったみたいだけどね。でも、誠司さんはちゃんと、私の『魂』を捕まえてくれたよ。という訳で、莉奈、聞かせて——」
リョウカは一歩、前に出る。
「——あなたが本気で願っていたことは何? 聞かせて、この戦いにおける、あなたが願った終着点を」
「……私の……願い……それは——」
莉奈は語る。純然たる、願いを。
その願いを語った莉奈は、寂しそうにうつむいた。
「……はは、それはもう、無理なんだけどね……」
莉奈の瞳から、涙がこぼれ落ちた。その様子を見ながら、リョウカは考え込む。
「……うーん、私の予想通りだったけど……ま、取り敢えずやるだけやってみますか! さ、いらっしゃい、『私』たち。深く考えるのはやめ。みんなで目指すよ、『白い世界』を!」
「……リョウカ……力を貸してくれるの……?」
その問いにリョウカは、人差し指を前に突き出した。
「当たり前じゃん! そのために私は戻ってきたんだから。さあ、昔の私も、ほら、早く!」
「……私も……いいの……?」
「当然。私たちはみんな、『私』なんだからさ。さあ、莉奈。受け入れなさい、全ての『私』を。それが本当の、『私』なんだから——」
三人は顔を見合わせ小さくうなずくと、同時に手を重ね合わせた。
三つの『私』が溶け合い、重なり合う。
——莉奈の深層世界は、一瞬の光に包まれた——
†
「…………う……ん……」
リナの意識が覚醒する。目を開けたリナを見て、誠司とライラが彼女の名前を呼んだ。
「莉奈!」
「リナ!」
「……ごめん、ちょっと寝過ぎちゃったや」
リナは軽く頭を振り、飛び起きた。そして自身の小太刀を外し、誠司の前に差し出した。
「……誠司さん。誠司さんの太刀、私に貸してくれるかな?」
「……莉奈……目覚めたばかりだ、無理しないでも……」
「大丈夫、問題ないよ。だから、貸して……今の私には、その太刀の方が扱いやすい」
その言葉を聞き、誠司の顔から血の気が引く。もしかしたら、目の前の人物は——
「……君は、本当に、莉奈、なのか……?」
誠司の問いかけに、リナは軽くステップを踏んで右足の調子を確かめながら答えた。
「……うん。家族に捨てられた『私』も、この世界で居場所を見つけた『私』も、全てを失い孤独になった『私』も、全部『私』だ——」
リナは誠司とライラの顔を見て、微笑みを浮かべた。
「大丈夫。私は全てを受け入れた『私』、リナだよ。戦況は見ていた。今、みんなを助けてくるね」
世界最強の剣士、リョウカの『魂』を受け入れたリナは、この戦いを終わらせるため——
——誠司の太刀を携え、戦場へと『空間跳躍』した。




