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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
最終部 第六章
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決戦[crescendo] 10 —「ちゃんと捕まえたぞ」—






 ——『砂』の戦場。


 そこでは、先ほどまでとは全く違う戦いの様相が繰り広げられていた。



「……はぁ……はぁ……」


 マッケマッケは肩で息をし、仕込み杖を両手で握りしめ、セレスとメルコレディを守るように立ちはだかる。


 氷の張られた戦場を駆け続けるのはポラナ。彼女は血を流しながら、姿を見せた天使像に駆け向かう。


 天使像からサンドブラストが発射される。しかしそれは、先ほどまでとは違い弱々しい威力だった。


「……くっ!……電光、石火!」


 ポラナの俊刃が天使像を斬り裂くが、それは分身体の手応えだった。


 一見すると、先ほどまでと同じ光景だが——



 ——『砂の天使像』はサンドブラストを放ち、分身体を出しては消す、という行動を繰り返していた。まるでこの戦場に魔素が満ちるのを、阻止するかのように。


 そして、先ほどから天使像の狙いは、一貫して——


「……メルさん、避けて!」


 ——砂嵐に紛れて、天使像が現れる。マッケマッケは斬りかかるが——


 間に割り込み、天使像の抱擁を受けたのは、前線に出ているグリムだった。


 グリムの端末が、瞬く間に風化し崩れ落ちていく。天使像は無表情で残骸を手放し、砂嵐に紛れて消えていく。


 天使像は、セレスとメルコレディを執拗に狙っていた。別のグリムの端末が、再び皆の元へと駆け寄ってきた。


「……すまない。この戦場くらいは、戦力面で役に立ちたいのだが」


「……いえ。助かってます、グリムさん。やっぱり……メルさんの力を警戒しているということでしょうか」


「……そうだね。魔法が使えない今、メルコレディが失われたら私たちに打つ手はないからね。その後は私たちを流砂に飲み込んで、お終いだ」


 分かっていても、防ぐのは困難だ。魔素切れにより、戦場を覆う『時止め』の効果が失われた今、天使像は神出鬼没とも呼べる速さでこちらを翻弄していた。


 セレスとメルコレディは満身創痍。マッケマッケは、アルフレードの『祝福』とクラリスの『歌』の効果を受けていない。


 紅い軌跡を描いているポラナは、動きが目に見えて落ちていた。『祝福』の効果があるとはいえ、彼女は血を流しすぎた。


 だが、それでも——




 ——希望は、ある。




 突如として、戦場が『石』に覆われた。


 その上を駆けてくる、女性が二人。


 先頭の女性が腕を払うと、グリムたちのいる周辺の砂嵐が止んだ。


 天使像は離れた場所に浮かび上がり、忌々しげな表情を滲ませた。


 褐色の肌の女性は、天使像を横目で見ながら声を上げた。



「——メル、『炎』の戦場へ。ここは私が、引き受けたから」



 ——『砂』の能力の使い手、マルテディ。


 臆病だった彼女の姿は、どこにもなかった。







「……セレス!」


 エリスが、右腕を失っているセレスの元へ駆け寄る。その姿を見たセレスは、弱々しく微笑みを浮かべた。


「あら、幻覚かしら。お迎えが近いみたいね」


「……冗談でも言わないで、セレス。あなたは生きて、一生私からセイジを奪おうとし続けるの。そのくらいやってのけてよ」


「……ふふ、言われちゃった。まあ、まだ死ねないわ。アイツを、倒すまでは」


 魔女二人は、立ち並ぶ。戦場を離脱したメルコレディを見送ったグリムは、マッケマッケと共に二人を守るように立ちはだかった。


「エリス、ありがとう。キミは魔素が回復するまで、防御に専念してくれ。周知の通り、奴は触れた者を『風化』させる力を使う。そして、砂嵐に紛れて突然現れる。注意してくれ」


「……なるほど。ねえ、グリム。魔素の回復の見込みは?」


「……奴は敢えて魔素を浪費する能力を使って立ち回っているみたいだが……それでも大気は循環している。いずれ遠くない内に、魔素は満ちるだろう。問題は、その空白の時間だ」


 グリムの説明を聞き、天使像を睨むマッケマッケの眉がピクリと動いた。


「……こちらは大技はまだ撃てず、それでも奴はサンドブラストや分身体を使える、その時間ですか……?」


「そうだ。時止めの効果が失われている今、奴は全力で襲いかかってくるだろう。それを対策できなければ、全員、死ぬ」


 皆の唾を飲む音が聞こえる。現在、天使像はポラナが引きつけているが、その兆候はまだ見えていない。


 マルテディは足場を作りつつ、砂嵐を払って奇襲をさせないようにしていた。彼女の力は大きいが、それも天使像が『技』を使い始めたらどうなるか分からない。


『…………ゥウ……アアァァッッ!!』


 ポラナに斬られた天使像は、まるで苛立っているかのように奇声を発した。


 警戒する一同。再生をしながら天使像は、両手を掲げた。


 揺れる、地面。マルテディの張った石英の足場に、ところどころヒビが入る。


「……気をつけろ! 何か……来るぞ!」


 そのグリムの叫び声と同時に、石英の足場を割って何かが噴き上げた。


「……そう……くるか……」


 よろめき、地面に倒れ込む面々。戦場を、巨大な影が覆う。



 そこに現れたのは、見上げるほどの巨大な砂の像。


 その巨体の上に立つ天使像は両手を広げて——微笑みを浮かべた。








 『氷』の戦場跡。



 そこに戻ってきたレザリアは、目を伏せながら魔法の矢を回収していた。


(……………………)


 この戦場の様子を見れば、何が起こったのか容易に想像はつく。


 ——間に合わなかった。


 自責の念だけが、彼女の心に去来する。そして、その惨状に不安が生じる。


(……リナは……大丈夫でしょうか……)


 レザリアは知っている。彼女の想い人は良くも悪くも純真で、このような戦いには向いていない人だということを。


(……だからこそ、私が……)


 彼女のためなら、いくらでも手を汚そう、命を燃やそう。


 しかしそれでも——この戦いは、あまりにも多くの命が失われてしまった。


 誰かのためなら簡単にその身を危険にさらしてしまう彼女。その優しい彼女は、もしかしたら、心を塞いでしまうかもしれない——。


「……もしまだ眠っているのならば、起きなくてもいいですよ、リナ。あなたが眠っている間に、私が、全て……」


 魔法の矢の回収を終えたレザリアは、戦場へと駆け出した——。







 高台の上、後方待機箇所。



「……莉奈……」


 誠司はやり切れない思いを抱きながら、彼女の名をつぶやいた。


 未だ彼女は、目を覚さない。莉奈の手を握り名前を呼び続けるライラを見ながら、誠司は拳を握りしめる。


 もう、戦いには参加しなくていい。ライラを連れてここから逃げ出してもいい。


 だから、目を覚ましてくれ——



「……莉奈……起きてくれ……」



 誠司が苦痛にも似た声を上げた時。




 それは、突然、目の前に現れた。



 そしてそれは、誠司の前を、彷徨い始めた。




「……こ、これは……」



 誠司は震える手を、伸ばした。



 いつかの会話が、蘇る。




 ——『——もし、私が死んだら、私の『魂』、ちゃんと捕まえてね?』


 ——『……断る。だから、必ず、生きて帰って来い……生き足掻いてみせろ』




 …………————。




「……あの時は、ああ言ってしまったが——」



 誠司は現れたそれを優しく包み込み、泣き出しそうな顔で語りかけた。




「……ちゃんと捕まえたぞ……莉奈」





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― 新着の感想 ―
これは…… 莉奈は意識不明だけど死んではいない という事は…え?じゃあファウスと同じやり方で復活出来るのでは?
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