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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
最終部 第六章
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決戦[crescendo] 09 —焔、燃ゆ—






 クレーメンスの刀身に、弱々しい炎が灯る。だがその熱は、少しずつ彼の身体を溶かし、動かし、心を燃え上がらせる。


 フィアが茫然と見ていると、彼の刀身の炎がひときわ大きく燃え盛った。背後から、苦しげな声がする。


「……クレーメンス……起きるんだ……ヒイアカとナマカの魔素を……あなたの力に……」


 見ると、ハウメアが傷を負いながらも二人の亡き骸を引きずって障壁内に入ってきていた。クラリスは息を呑み、声を絞り出した。


「……『北の魔女』様……」


「……護りの魔法を使ったんだけどね……まだまだ大気中の魔素は回復していない。ルネディちゃんも援護してくれたんだけど……このザマさ……」


 懸命に二人を引っ張ってきたハウメアの身体は、今や見るも無惨な姿で。『祝福』の効果でかろうじて命を繋いではいるが——もはやこの障壁内に、戦いを終えても生を繋げられる者はいないだろう。



 ——そう。この戦いにおける最後の希望、クレーメンスを除いては。



 ハウメアはヒイアカとナマカを彼の足元へとなんとか横たえた。すでに半分以上が魔素へと還ってしまっている二人の身体だったが——それに呼応するかのように、クレーメンスの魔剣は、ひときわ大きな輝きを見せた。


「……さあ、クラリスちゃん……歌ってくれ……」


「……はい」


 ハウメアに頷き、彼女は静かに歌い出す。


 ——『歌姫』の歌。それは、クレーメンスの集中力を極限まで高め、『魔法の重ね掛け』さえをも有効にする旋律。


 クレーメンスの唇が、再び僅かに動く。


「……——『……火弾の……魔法』」


 彼の刀身が、大きく燃え上がる。


 歌うクラリス。応えるクレーメンス。その光景を見たフィアは、目を閉じて微笑んだ。


「……そっか……そうだったんだね……」


 フィアは満身創痍の身体を引きずって、クラリスの顔を見上げた。


「……悔しいなあ……初めて誰かを好きになったのに……絶対に手に入れてやるって思ってたのに……最初から、届いていなかったんだね……」


 クラリスは歌いながら、苦しい表情を浮かべてフィアを見つめる。その瞳を見つめ返して、フィアは弱々しく笑った。


「……でもね……人の子って羨ましいなあ、って思っちゃった……ねえ、クラリス……好きになるって、すごいことなんだね……わたしもいつか、誰かに、好きになられる日は……来るのかな……?」


 フィアの言葉を受けて、クラリスは涙を流しながら大きく頷いた。それを見たフィアは、満足そうに微笑んだ。


「……次は、負けないから。だから、あなたたちは……生きて……」


 そう言ってフィアは、自身の身体に腕を突っ込み——



 ——その心臓を、握りつぶした。





 魔素に還っていく、フィアの肉体。彼の刀身が、更なる輝きを見せる。その光景を見るクレーメンスの瞳から——涙が一つ、溢れ落ちた。


「……フィア……すまない。俺が……不甲斐ないばかりに……」


「……クレーメンス……!」


 ハウメアの呼びかけに、彼はしっかりとした眼差しで応えた。


「——『火弾の、魔法』」


 クレーメンスは、詠唱する。彼の刀身は、フィアの魔素を——想いを受け取り、大きく燃え上がった。


「……エンプレス・ハウメア。この熱は危険だ。あなたは下がって——」


「……わたしはもう、長くない。だから、ヒイアカとナマカの仇を取るために……この戦いに勝利するために、わたしの力も、使ってくれ」


 そう言ってハウメアは、魔法を詠唱する。そして、クレーメンスの魔剣に魔法を重ねた。


「——『旋風の刃の魔法』」


 風を巻き込むクレーメンスの炎が、荒々しく渦を巻き始める。


「——『火弾の魔法』」


 クレーメンスの炎が、熱く、大きな火柱を上げる——。



 クラリスは歌いながら見る。炎の奇跡、二人の共演を。二人の魔法が唱えられるたび、炎は大きく渦巻いていく。


 天を焦がすほどの炎。渦巻く熱波。


 ハウメアが熱波に力尽き、倒れ込む。しかしその彼女の魔素をも力に変え、クレーメンスは言の葉を紡ぎ続ける。


「——『火弾の魔法』」


 普段の『火の鳥』とは、まるで比較にならない。あの『最後の厄災』の終焉の炎すら打ち破れるのではないか、そう思わせるほどの巨大な『炎の竜巻』が魔剣を起点とし、この場に巻き起こっていた。


 だがその代償に、クレーメンス自身の身体も焼け焦げてゆく。


「……すまないな、クラリス。君まで巻き込んでしまって」


 クラリスは歌いながら、微笑んだ。その時、彼らの場所を覆う影の障壁が消えた。


 目前のルネディは、傷つき、足元から胸までが凍りついており——それでもなお、天使像を縛りつけていた。


「……遅かったわね……さ、早くやってちょうだい」


「……ああ」


 天使像は、氷の力を全力で行使する。だがその攻撃は、全てが『炎の竜巻』に飲み込まれていった。


『……ァ……ァ……ァァ……』


 全ての氷を食い破らんと、戦場に渦巻く熱波。天使像が影に縛られながら、まるで嫌だと言わんばかりに首を横に振る。そして、氷塊の中に閉じこもった。


 だが、自らも炎に焼かれているクレーメンスは——




 ——容赦なく、とどめの一撃を、解き放った。





「——飛べ」





 フィアの、ハウメアの、ヒイアカの、ナマカの、全てを力に変えた炎の竜巻が、『氷の天使像』を包み込む。


 それは、瞬く間に天使像を包む氷塊さえ溶かし上げ——



『…………ィァァァアアアアァァッッ…………!!』



 ——天使像の、断末魔が響く。



 焔の中で踊る影。


 その存在の全てを飲み込んだ炎の竜巻は、溶かし、焦がし、吹き上げ、燃え散る灰すらをも燃やし尽くし——やがて消え去っていった。



 空が、晴れる。雪の残滓は、消えていく。



 その光景を見納めたルネディは、満足そうに微笑み——氷と共に砕け散った。


 残された、クラリスとクレーメンスは倒れ込む。熱により焼き尽くされた二人の身体は、崩壊が始まっていた。


 クラリスが空を見上げながら、つぶやく。



「……ねえ、聞こえてましたか……? 私の、想い……」


「……すまない、クラリス……俺は……戦うことしか……」


「……ふふ……いいんですよー……そんな、不器用で、優しくて、誤解されやすい、あなただからこそ……私は……あなたのことを……」



 寄り添うように倒れた二人の言葉は、やがて聞こえなくなった。



 ——『氷の天使像』、完全に、消滅。



 生者なき戦場は、ここに幕を閉じた。




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全滅とは… だが良くやった…成仏してクレーメンス…
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