決戦[crescendo] 07 —友—
ノクスは再び、前線へと駆け戻った。そして天使像に向かって大声を上げた。
「こらぁ、天使像! もうお前さんの好きにゃあさせねえ。この俺の大剣が、お前らのボス、女神像をぶった斬るからなあ!」
天使像の微笑みが、消えた。地面から土の手が一斉に生えてきて、ノクスを狙う。
挑発に乗った天使像を見て、ノクスは髭面を吊り上げる。そんな彼の様子を眺め、彗丈は怪訝な表情を浮かべた。
「……何を考えてる、『友人A』。死にたいのか?」
「……協力しろよ、『友人B』。俺が何とかする。隙ができたらさっきの再現、よろしく頼むぜ」
「……さっきの……再現……?」
「……ああ——」
彗丈に手早く狙いを伝えたノクスは、天使像に向かって駆け出して行った。
ノクスの大剣が、迫り来る土の手を次々と斬り落とす。だが、淡々と土の手を展開していく天使像の攻撃に——ノクスの身体は掴み取られた。
握っていた大剣は、カランと地に落ちる。ノクスは圧迫される身体に力を入れて踏ん張り、天使像を見据えた。
「……言っとくがなあ……俺の身体は強靭だぜ? お前さんの『抱擁』に、耐えてみせっからよお……」
土の手は、天使像の前にノクスを突き出した。天使像は両手を広げて、ノクスを迎え入れる。
(……サラ……すまねえな……)
ノクスは自らの王に、心の中で謝罪をした。
†
「——わかったわ、ノクス。存分にあなたの力、奮ってきなさい」
旅立ちの前、サランディアの避難場所。
最後にサラ王との謁見をしたノクスは、彼女からの言葉を受け止める。
「おうよ。まあ俺がいなくても、サラ、お前さんがいてアレンやグリーシアもいる。この国は大丈夫だ。後のことは任せたぜ」
ノクスはサラに背を向け、戦いに向かうために歩き始めた。その彼の背中に、サラの震える声が掛けられた。
「ノクス。言うまでもないけど……必ず生きて帰ってくること。いいわね?」
彼の足は、止まった。その王の言葉にノクスは——無言で右手を上げ、再び歩き始めたのだった。
†
天使像はノクスを抱擁する。触れた部分からジワジワと腐っていく彼の身体。ノクスは呻きながらも、筋肉を膨張させて耐えていた。
「……ほら、どうした……手こずっているようだな……」
天使像は一瞬、表情をなくしたが——次の瞬間には微笑みを浮かべ、ノクスを抱く腕に力を込めた。
ズブズブと彼の身体が腐り落ちていく。
だが。
その音に混じり、別の音が聴こえてきた。
ズブリ
「……なあ、お前さんは痛みを感じるのかなあ……いつまでその、薄ら笑いを続けてられるのかなあ……」
ズブ、ズブ……
ノクス自慢の筋肉は、見るも無惨に腐り落ちていっている。しかし彼の膂力は、それすらをも凌駕し彼の腕を動かしていた。
天使像の叫び声が、響き始める。
『…………ァァァ……アアアッッッ…………!』
「……うるせえなあ……ほれ、終わりだ」
ノクスは一気に、小さな刃を振り上げた。天使像の肉体に奥深くまで刺さっていたソレは、天使像を両断した。
「……対リナちゃん用の投げナイフだ……リナちゃんには、内緒な……」
呻き叫ぶ天使像。再生能力は、完全には復活していない。
それでもなお、傷口を結合しつつある天使像を——足場を渡ってきた人影が抱きかかえた。
「油断したな、天使像。今度こそ幕引きの時間だ」
「……ケイジョウ……あとは、頼んだ、ぜ……」
「……ああ、ノクスウェル。あとは僕に任せろ」
そう言い残して彗丈は、天使像を抱えたまま、エリスたちの方へと大きく跳躍した——。
残されたノクスは、土の足場から落ちていく。
(……ミラ……アナ……愛してる……ぜ……)
彼は残してきた妻と娘に別れを告げ、地へと還っていった——。
†
彗丈が天使像を抱えて飛んでくる。
言の葉を紡ぎ終えたエリスは、真っ直ぐに杖を構えた。その隣では、マルテディが並び立ち手を上空へと向けている。
「……マルティ、合わせるよ」
「……はい」
彼女たちの背後では、その命を終え魔素に還っているヴァナルガンドの姿があった。
——魔物はその命尽きる時、肉体は魔素へと還ってゆく——
彗丈は天使像をしっかりと抱え、放物線を描きながら目前まで迫ってきていた。彼はエリスの目を真っ直ぐに見て叫んだ。
「いけ、エリスさん!」
魔力が高まる。ヴァナルガンドの魔素が収束していく。
ヴァナルガンドの命を受け取ったエリスは、今、彼の想いと魔素を、魔法へと乗せて解き放った。
「——『空間を削る魔法』!!」
——削り取る、削り取る、削り取る——
天使像を中心に巻き起こる、断裂の空刃。
更にはその魔法に合わせて、マルテディの砂嵐が乗せられる。
擬似的なサンドブラスト——。
砂の粒子を乗せたエリスの空間魔法は、天使像と彗丈の肉体を容赦なく削り取っていく。
『…………ァァァアアアァァァアアアーーッッッッ!』
飛び散る肉片すら、一片も残さず擦り切っていく。天使像の断末魔が、響き渡る。
そして——
『土の天使像』は完全に消滅し、ヘザー人形の骨組みだけがカランと地に落ち、バラバラになった。
戦場に、静けさが、戻る。
——『土の天使像』、数多の犠牲の果てに、撃破。
激闘を終えたエリスは目を伏せ、戦場に背を向けた。
「……急ぐよ、マルティ。『砂』の戦場に」
「……うん……いま行くから、メル……」
死者を悼む時間さえ、許されない。
生き残った二人は、次の戦場へと走り始めた。




