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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
最終部 第六章
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決戦[crescendo] 05 —眠る者—






 ——『炎』の戦場。



「……ぬう」


 ドサ、という音と共に、宙に浮いていたジョヴェディは地に落ちた。ファウスティは天使像を見据えながら、眉をしかめる。


「どうした、『木曜の子(ジョヴェディ)』。まさか……魔素切れというやつか?」


「……どうやら、そうらしい。ワシの分身体の『時止め』も、かき消えてしまったようじゃ」


 ジョヴェディの左の足先は『光の天使像』戦で失われている。右足も感覚がない。


 地べたに手をつき顔を上げたジョヴェディは、忌々しげに天使像を睨む。


「……気をつけい。彼奴が、動き始めるぞい」


 今、ファウスティの守りの結界内にいるのはジョヴェディと氷竜のルー。ルーは氷のブレスを吐き続け、天使像の注意を引きつけている。


 ここまではルーの力で相殺はできていたが——時止めから解放された天使像は、微笑みを浮かべた。


「…………うっ……!」


 ルーのブレスが押し返される。戦場全体に炎が渦巻き始める。天使像は微笑みながら、こちらに向かって歩みを始めた。


 赤い双眸で睨むジョヴェディは、額に汗を流しながら考える。


(……どうすれば……)


 魔素の切れた今、世界最高峰と称されるジョヴェディは翼をもがれた鳥も同然だ。さらには通信魔法の断絶している今、現場で判断を行わなくてはならない。


 ——他の戦場はどうなっている? 青髪はワシらにどう動いて欲しい?


 そのようにジョヴェディが思考を重ねる中——まるで彼の心の内を見透かしたかのように、ファウスティはフッと笑った。


「まあ、やることは変わらない。当初の計画通りに事が運ぶよう、俺たちは目の前の天使像を抑え続けるだけだ」


 ジョヴェディは、見上げる。天使像を見据えながら守りの結界を張り続ける、彼の背中を。その背中は、大きく、輝いて見えた。


「ファウスティ……お主……」


「……懐かしいな。戦力集中、各個撃破……この戦い、皇帝陛下の戦術を彷彿とさせてくれる。なら、俺たちの部隊は時が来るまで信じて耐え抜くことだ」


 ナポレオン戦争時代に大隊長を務めていた彼は、今、凛と号令を上げた。


「『木曜の子(ジョヴェディ)』、君は天使像の地面を陥没させ、足止めを。同時に土人形は出せるか?」


「……う、うむ!」


「なら、大きめの土人形を縦列に配置、炎を防ぎながら突撃させてくれ。ルー、君は氷のブレスを放ち、援護を。とにかく時間を稼ぐぞ!」


「…………わかった!」


 二人の返事を聞き頷いたファウスティは、改めて広げた手を前に突き出した。



「皆は俺が守る。『水曜の子(メルコレディ)』の到着まで……耐え凌ぐぞ!」







 高台、後方待機箇所。



「——……ふむ、外傷は大したことないが……」


 意識を失い、寝かせられている莉奈。彼女の診断を終えたグリムは険しい表情を浮かべる。誠司も同様、険しい顔でグリムに尋ねた。


「……グリム君、もしかして脳にダメージが……」


「……いや。いくら『再生阻害』があるとはいえ、ここまでライラが魔法を唱え続けているんだ。すでに内部的には回復しているはず。疲労か心因的なものか……身体が目覚めることを拒否しているみたいだ」


 彼女の傍らで涙をこらえ回復魔法を唱え続けるライラを眺めながら、グリムは思い返す。


 近い症状は、過去にもあった。火竜迎撃戦の時にオーバーワークをした彼女は、戦いが終わってから丸二日眠り続けた。その時は完全に疲労が原因だったが——。



 現在、魔素切れにより通信が断絶している。各所に端末を向かわせてはいるが、それでもリアルタイムで指示を出せないのはかなりの痛手だ。


 特に、新たに生まれた『炎』の戦場。そこは今、炎が渦巻いており観測すらままならない。


 もし今、戦力的にはもちろん、声や映像を飛ばす能力を持つ莉奈が無事だったら——グリムは苦しそうに声を絞り出した。


「……戻ってこい……莉奈……キミは望んでいるんだろう?『白い世界』を……」


 三人の呼びかけに応えることなく、莉奈は目を閉じ続けるのだった——。




 その様子を、背後から見守る女性が一人。


 彼女はそっと歩み寄り、グリムに声をかけた。


「……グリムさん。『白い燕』さんは……大丈夫でしょうか?」


「……クラリス。ああ、命に別状はなさそうだ」


「……そうですか、よかった」


 グリムの返事に安堵の息を吐き、クラリスは背を向けた。グリムが振り向くと、彼女はそのまま続けた。


「通信魔法は途絶えたとはいえ、私の歌の効果はしばらくは続くはずです。なので、お願いがあります。この戦い、素晴らしい歌にしてくださいね」


「……クラリス? 何を言って……」


 困惑するグリムにそっと振り返り、クラリスは少しだけはにかんだ。


「私、行ってきます。私の歌を必要としているところへ」


「……それは……」


 クラリスは前を向き、ゲートへと歩き出す。


「いるじゃないですか、いつまで経っても起きない、もう一人の寝ぼすけさんが。私が行って、ひっぱたいてきますね」


「……クラリス!」


 グリムの呼び止める声に返事をすることなく——



 ——『歌姫』クラリスは、ゲートへと向かい駆け出していった。





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