決戦[crescendo] 03 —予感—
——『砂』の戦場。
その地で『砂の天使像』の本体を特定するために観測を続けているグリムの端末は、先ほどのことについて考えていた。
(……莉奈を攻撃した『砂の天使像』の分身体は、砂嵐に乗っていた。つまり、分身体も『砂嵐』を操れるということだ。この今やっている本体の炙り出し方法も、いつまで通用するか分からないな……)
砂嵐の中心部を探り、本体の位置を特定する。
現状、その作戦は上手く嵌まっている。メルコレディの作り続ける氷を足掛かりに放たれる、セレスの銃弾、マッケマッケの魔法。それらが次々と現れる天使像を掻き消していく。
その中で、要として奮闘しているのがポラナ。彼女の活躍は目覚ましいものがある。サンドブラストを避け、かわしながら、天使像本体にピンポイントで攻撃を加え続けている。
その身を紅く染めながら駆け続ける彼女。隙を見てセレスから受け取った回復薬を掛けてはいるが、『再生阻害』、それのせいで完全に傷が塞がることはない。
ただその天使像本体も、斬られることはよしとしても、セレスたちの魔法は絶対に喰らわないように狡猾に動いていた。魔法が放たれた瞬間、砂の中に潜ってしまうのだ。
——とにかく、やりづらい。
狡猾さを見せる天使像相手に、『魔素切れ』の不安はあるとはいえ、今はただ、耐えるしかない。
地中に潜る相手に有効なのは、エリスの『空間を削る魔法』。
(……はは。誠司、すまないね。キミの妻には、まだまだ頑張ってもらう必要がありそうだ)
『土』の戦場さえ片付けることができれば、『砂』、『炎』、ひいては『氷』の戦場にも人員を割り振ることができる。
(……頼んだぞ、エリス)
グリムは『土』の戦場に配置している端末と、意識を共有する——。
†
——『土』の戦場。
「そおら、どうした!」
飛び上がり振り下ろされた彗丈の戦鎚が、地中に潜った天使像を地面ごと粉砕する。
『……ゥゥゥ……ァァッ……!』
天使像は呻きながら、ひしゃげた身体を再生させ浮上してくる。
彗丈の足元の地面がぬかるむ。だがそれよりも早く、彗丈はマルテディの作り上げた石英の足場へと飛び乗った。
地面から土が、手の形を作り上げ這い上がってくる。それをつまらなさそうに一蹴した彗丈は、肩をすくめた。
「……ほんと、やんなっちゃうねえ。もぐら叩きをしにきたわけじゃないんだけど」
——圧倒。
身軽に動ける機動力と戦鎚を易々と振るう破壊力、そして何より『無機物』で構成され腐敗の心配のないヘザー人形は、『土の天使像』にとってまさに天敵とも呼べる存在だった。
だが、いくら完全に天使像を翻弄しているとは言っても、物理的な攻撃だけではその先がない。
彗丈の度重なる攻撃により天使像の再生能力を奪いつつはあるが、消滅させるには一気に粉微塵にする手段が必要だ。
ノクスは彗丈が天使像を引きつけている間に、腐敗した身体の応急手当てを行っている。ヴァナルガンドは身体中が腐敗しており、今はピクリとも動かない。魔素には還っていないから、かろうじて生きてはいるのだろうが——。
未だ怪我らしい怪我を負ってないジュリアマリアは、戦場を注視し、異変を感じ取ることに神経を集中させている。
そして今、その彼女の心は——ジワジワと迫り来る『嫌な予感』を感じ取っていた。
(……この戦場……? では、ないっすね。何か、こう、もっと戦局全体を揺るがしそうな『嫌な予感』が……)
それは、女神像の放つ『大厄災』だろうか。いや、先ほどの『大厄災』発生の時に『嫌な予感』はしなかった。結果、ファウスティの守りの結界で防がれて無事だったので、彼女が『嫌な予感』を感じなかったのは正しいと言える。
なら、もしかすると、今、懸念すべきなのは——
「——お待たせ!」
ジュリアマリアの思考を遮るかのように、後ろから声が聞こえてきた。ジュリアマリアは振り返り、顔を綻ばせる。
「エリスさん!」
「待たせちゃったね、ジュリ、ノクス……そして、ヴァナルガンド……」
エリスは沈黙しながら地に伏せる神狼を見て、そっと目を伏せた。そして戦場に向き直る。
「……さて、ケイジョウさんが頑張ってくれてるんだってね。じゃあ、さっそく行ってくるよ」
「……待ってくださいっす、エリスさん」
ジュリアマリアはエリスの腕をつかみ、引き止めた。そして、自身が感じている『嫌な予感』を告げる。
「——ということっす。ウチの予感が正しければ、もうすぐ……」
「なら、なおさら急がないとだね。ジュリ、みんなをよろしくね!」
「……エリスさん……」
ジュリアマリアは駆け出していくエリスの背中を、見送ることしかできなかった。
「……エリスさん!」
神経を集中させながら足場を作るマルテディは、その姿を見て安堵の表情を浮かべる。
『西の魔女』、『白き魔人』、『救国の英雄』——様々な異称を持つエリスは、今、石英の足場に降り立った。
「ケイジョウさん、ありがと。私に『毒を無くす魔法』は掛かってるから、気にせずに思いっきりやっちゃって」
「フン。せっかく身体も無事に戻ったのに、僕としては君に危険を冒して欲しくないんだけどね」
天使像を粉砕した彗丈はエリスの隣の足場に飛び乗り、戦鎚を肩に担ぐ。その姿を見てエリスは、ふふと笑った。
「……何がおかしい?」
「ううん。今の私と前の私の身体、こうして並び立っているのは不思議な感じがするなあって」
「ずいぶんと余裕だね」
彗丈は飛び上がり、土の障壁を張った天使像を障壁ごと打ち砕く。少し離れた足場に乗った彗丈に、エリスは声を掛けた。
「ケイジョウさん、なんとか足止めして。私の特大の魔法、いくから」
「……土に潜るからな、ヤツは。そうだね、こういうのはどうかい?」
そう言うなり彗丈は再び飛び上がって、再生途中の天使像を抱きかかえた。
もがく天使像を抱きしめたまま、彗丈は別の足場に飛び乗る。
「僕の人形ごとやれ、エリスさん。馴染んできたところ勿体ないけど、ハッピーエンドのためだ、惜しくはないさ」
「……ケイジョウさん……」
「早く」
エリスは頷き、言の葉を紡ぎ始めた。もがく天使像をしっかりと抱きしめ、彗丈は目を細める。
「……まあ、僕の人形が活躍できるのはここぐらいだろうからね。さあ、暴れるんじゃない。閉幕の時間だ」
天使像は彗丈の腕の中で、もがき、暴れ、土の力を行使しようとする。
だが。マルテディは彗丈の周囲の地面を完全に石英で抑え込んだ。
『……ゥ……ゥ……ァァ…………!』
ヘザー人形の怪力に、潰されては再生を繰り返す天使像。彗丈は分断だけはしないよう注意しながら、エリスを見て頷いた。
それを受け、頷き返すエリス。
そして、言の葉は、紡がれた。
「——『空間を削る魔法』!」
これで終わる、はずだった。
——静寂。何も、起こらない。
いち早く状況を察知したエリス本人が、茫然としながら、ようやく呻き声を上げた。
「……魔素……切れ……?」
天使像は彗丈の腕の中で、満面の『微笑み』を浮かべた。




