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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
最終部 第六章
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決戦[crescendo] 01 —静かなる幕開け—








「……アカシア様。お尋ねしたいことがあります」



 あの時、炎に包まれた空間内で。カルデネは真っ直ぐにアカシアを見つめた。


「なんだい、カルデネ?」


「……時間はあまりないようですので、手短に。あなたは『支配の杖』の権能を、行使することはできますか?」


 『支配の杖』。使用者の『魂』を送り込み、対象の肉体を乗っ取る魔道具。アカシアは、この障壁内に漂っている薄青の『魂』を見ながら告げた。


「率直に答える。『魂』を道具ではなく、『肉体』に送り込むことはできる。ただ、その後の僕の役割……『魂』の結びつきを誤認させ、その身体を乗っ取ることはできないだろう。僕自身が行くことは叶わないからね」


 アカシアの言葉を聞いたカルデネは、グリムに視線を向けた。彼女の真意を察したグリムは、顔を歪めた。


「……待て。それをしても、カルデネ、キミは助からな——」


「お願いします、アカシア様。このファウスティ様の『魂』を、グリムの肉体へ。グリムの再生能力があれば、ここから生きて逃げられるでしょ?」


 そう言ってカルデネは静かに微笑んだ。ジョヴェディが叫ぶ。


「……奴が、動き出したぞい!」


 時間の猶予はない。『炎の天使像』は炎を渦巻かせながら、両手を広げて力を解放していた。


 空間が歪んでいくのが分かる。天使像は今、ドメーニカに手を出す者を排除するために、この空間ごと全てを破壊しようとしていた。


 ジョヴェディは障壁を幾重にも張り直すが、破られるのは時間の問題だろう。グリムは指を鳴らし、この空間に送り込まれたもう一つの自身の『魂』を消し去った。


「……やってくれ……必ず、生き延びてやる」


「ふふ。ありがとね、グリム」


 二人のやり取りを見たアカシアは頷き、薄青の『魂』に手を触れた。そしてグリムの方に手を向けて目を瞑り、つぶやいた。



「——権能を使用。『魂』よ、新たなる肉体へと——」



 その瞬間、グリムは光に包まれた。ジョヴェディの声が響く。


「……すまん……分身体の力では……これ以上は……」


 炎が障壁を破り包み込む。消えるジョヴェディ。消えるアカシア。


 そして——



「……グリム……みんなに……ごめん……って……」



 カルデネの言葉を最後に、グリムは闇に包まれた。







 ——グリムの深層世界。



 闇の中で目覚めた薄青の『魂』は、一人の女性の姿を見つけた。



「……ここは……俺は、いったい……」


「初めましてだね、ファウスティ。私はこの肉体の持ち主、グリムだ」


「……グリム……? ああ、さっき俺たちの近くまで来た者か……」


 気がつけば、ファウスティの『魂』は人の姿を形取っていた。頭を振る様子を見せる彼に向かって、グリムは語りかける。


「お願いがある。ドメーニカを助けるために、私たちに力を貸してくれないだろうか」


「……ドメーニカ……ああ、俺はドメーニカを……」


 意識が覚醒してきたファウスティは、ハッと顔を上げた。


「……そうだ。ドメーニカはあの強大な力を必死に抑えつけて……自らの『魂』を焦がしながら……」


 ファウスティは『魂』の混ざり合っていた時の記憶を思い出し、苦しそうな表情を浮かべた。グリムは一歩、彼に歩み寄る。


「私は彼女を、救いたい。そのためにはキミの力が、必要だ」


「……しかし……今の俺の身体では……」


「——『スキル』は、『魂』に密接に結びついている」


 言い淀むファウスティの言葉を、グリムは遮った。ゆっくりと顔を上げるファウスティ。


「ただね、『魂』は本来の『器』でないと、その者であることを認識できないらしい。このまま私がキミに身体を明け渡したとしても、キミはキミであることを認識できない」


「……なら、どうすれば……?」


 困惑するファウスティに向かって、グリムはまた一歩踏み出した。


「ただ、その法則には、例外が、あった」


 グリムはファウスティの真正面に立った。


「例えば血のつながった『親子』であれば、『魂』は『器』として認識できていた。だから私は仮定した。『DNA一致率』が、『本来の器』だと判定する大きな要素となっているとね」


「……ディー・エヌ……? 君は、何を……?」


「気にするな。キミは深く考えなくていい、私が上手くやるから」


 そう言いながら、グリムはファウスティの両手を取った。


「今、私の身体は、大きな損傷を受けて落下中だ。私の体質なら死にはしないが、その再生に、『介入』する」


 ファウスティの『魂』に、グリムの記憶が流れ込んでくる。


 この戦いの意味、命を燃やす者たち、そして——



 ——ドメーニカを救いたいと本気で願っている、カルデネを始めとした、お人好しの家族たちの姿が。



「さあ、キミの情報は読み込んだ。キミの『DNA』の塩基配列通りに、私の身体を『再構築』させる。私は消えるからこの個体の再生能力は無くなるが、この身体、自由に使ってくれ」


「……待て、そうしたらキミは……いや、そうか」


「ああ。私は他にもいるからね。そして、サービスだ。キミの記憶にある通りの服も、再現しておいたよ」


 青い上衣、白いズボン。あの日の舞踏会に着て行った、彼の軍服だ。


「……すまない、『ニホン』の人よ。俺は必ず……」


「頼んだぞ、ファウスティ。私たちで彼女を、必ず助けような」


 そう言ってグリムは口角を上げ——



 ——彼女が指を鳴らすと、その『魂』はパチンと消えていった。







 戦場に降り立ったファウスティは見据える。空から舞い降りてくる、『炎の天使像』を。


「……ドメーニカの姿、そのものだな。けどな、お前はドメーニカではない」


 『炎の天使像』が向けた掌から、真っ直ぐに火炎が放たれた。炎に包まれたように見えたファウスティだったが——



 ——彼を中心とした円状に、『守り』の力の結界は張られていた。


 ファウスティは炎の中から、天使像を睨む。



「……ドメーニカは優しい娘だ。お前のように、人を傷つけるために力を振るったりはしない。さあ、ドメーニカを解放してもらおうか」



 新たな戦場は、静かなる決意と共に幕を開けた。





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― 新着の感想 ―
あの場で魂の入れ物になるとしたらグリム分身しかないよね 一瞬で記憶移植やらゲノム解析まで出来るの高性能すぎない? そもそも肉体がないのにDNA情報はどこから…と野暮なツッコミも浮かんだけど まあそこは…
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