決戦[development] 14 —farewell—
その場にいる皆は、目を細める。
カルデネの『別れ、出会う魔法』は紡がれた。
眩ゆい光。その光は一瞬にして終息し——
目を開けた先、そこには。
——純白の『魂』から離れ、その周りを薄青の『魂』が静かに漂っている光景があった——。
「……成功……です……受け入れてくれて、ありがとね……」
カルデネは微笑みながら息を吐き、一歩後ずさって、その光景を見る。
二人の『魂』の分離には成功した。あとは、『結界石』に封じ込めて彼らを外に持ち出すだけだ。
結界石を握りしめたグリムが、前に出た。
「では、ドメーニカへの干渉は念のため、後回しにしたい。まずはファウスティからだ。キミの『魂』を、この結界石の中に避難させる」
しばらく純白の『魂』の周りを漂っていた薄青の『魂』だったが、やがてグリムの言葉に導かれるかのように薄青の『魂』は漂ってきた。
グリムは結界石を起動させ、一歩前に出る。
「さあ、こっちだ、ファウスティ。安心しろ、キミの後は必ずドメーニカの『魂』も救ってやる」
薄青の『魂』はゆっくりとグリムの方に漂ってくる。グリムは淡く輝く結界石を前に差し出した。
そしてその『魂』は——
——結界石を、すり抜けてしまった。
目を見開く一同。薄青の『魂』は、変わらず漂っている。グリムは結界石を何回かかざしてみたが、薄青の『魂』を捕らえることには成功しなかった。
「……なるほど。知覚できているから可能だと判断したが……どうやら『結界石に魂を入れる』という現象も、誠司の能力あってこそ、のものみたいだな。ちなみにアカシア、キミなら『魂』に干渉できるかい?」
「そうだね。『魂』に干渉することは可能だが、僕は道具、与えられた役割がある。だから、その『結界石』という道具には干渉できない」
「……フン、どうするんじゃ、青髪」
「……まあ、こうなったら誠司を呼ぶしかないね。少し待っていてくれ。今、『土』の戦場にいる誠司を呼び戻……」
グリムが、ジョヴェディが、カルデネが、アカシアが固まった。
とてつもなく嫌な気配を感じる。ある者はそれを視界に捉え、ある者はその気配の方を振り向く。
純白の『魂』の前に、立ちはだかるかのように突然現れた存在——
——『天使像』は、この空間に突如として顕現し、その顔に『微笑み』を浮かべた。
「ジョヴェディ、防御をっ!」
「——『護りの魔法』っ!」
手早く紡がれたジョヴェディの護りの障壁が、その場にいる皆を包み込む。
直後、この空間に『炎』が吹き荒れた。
「……『炎』……だと?」
「……なんじゃ、彼奴は! リョウカが星の終わりへと連れ去ったんじゃなかったのか!?」
あの『最後の厄災』を彷彿とさせる、『炎』の力を振るう天使像。グリムは炎が巻き起こる中、眉をしかめながら『天使像』を手早く『観測』した。
「……いや、私たちが戦った『最後の厄災』とは違うようだ。恐らくは『女神像』によって新たに生み出された『天使像』。七体目の、『炎の天使像』だ」
それは、ドメーニカの『魂』に接触を試みる者たちへの防衛本能か。
いずれにせよ、ドメーニカが初めて顕現させた原初の『炎』の力。その力を扱う『天使像』が目の前にいるという事実に変わりはない。
ジョヴェディの張った障壁の外は、既に全面が炎に包まれている。
——閉じ込められた。
「……ぐっ……青髪。どうするんじゃ、時間の問題じゃぞ!」
吹き荒ぶ灼熱の炎。それを防いでいる障壁は、凄まじいほどの高温に早くも溶け始めていた。
グリムや分身体のジョヴェディはまだいいが——問題はカルデネとアカシアだ。魂の宿っているアカシアはどうなるかわからないし、カルデネに至っては生身だ。障壁が破られた瞬間、彼女の死は確定してしまう。
——いったいどうすれば。
グリムが額に汗を流しながら思考を重ねる中——カルデネは立ち上がった。
「……アカシア様。お尋ねしたいことがあります」
†
『影の天使像』戦のあった戦場の近く。『オペレーション・F』の待機箇所。
そこで莉奈は、祈るように『赤い宝石』を見つめていた。
——『ふふ。私が空間から弾き出されたら、リナ、よろしくね?』
莉奈にとって、もはや姉のような存在のカルデネ。大切な家族。彼女は祈る、カルデネの無事を——。
その時。そばにいるグリムが、苦しそうにつぶやいた。
「……エリス。絶対にゲートを開けないでくれ……」
「……え? どういうこと……?」
只事でない気配を察し表情を強張らせるエリスに、グリムは歯を食いしばって告げた。
「……七体目、『炎の天使像』出現。空間は……壊される」
次の瞬間、女神像の胸部、『赤い宝石』の中から、人影が弾き出される姿が莉奈の視界に映った。
「……カルデネ!」
「……待て、莉奈!」
グリムの制止も届かず、莉奈は『空間跳躍』をした——。
†
(……カルデネ……!)
弾き出されたのは、二つの人影。
一つは、全身が焼けただれたグリム。ゴーグルを身につけているところから、彼女に間違いない。
そして、もう一つは——
「……カルデネ……カルデネ……!」
——莉奈は、弾き出されたグリムと同様、全身が焼けただれ、ところどころが炭化している人物を抱きかかえた。
あの美しく麗しい姿は見る影もないが——間違いない、カルデネだ。
「……カルデネっ!!」
涙を流しながら呼びかける莉奈の呼びかけに、カルデネはぎこちなく頬を上げて、消え入るような声でつぶやいた。
「…………リ…………ご、め………………」
その言葉を最後に、彼女は崩れ去っていった。
また、一つの命が消え去った。莉奈は茫然と宙でカルデネを抱きしめる。
その時、グリムが通信で叫んだ。
『——莉奈っ! 避けろっ!』
「………………!」
莉奈が周囲に意識を飛ばすと——そこには、砂嵐に乗った『砂の天使像』の姿があった。
その天使像はすでに莉奈に手を向け、『サンドブラスト』を発射しており——
「………っ……あっ……!」
莉奈は避けようとした。カルデネの亡き骸を庇うように。しかしそのせいで、飛んできた『石英』のつぶてが莉奈のこめかみを打ち付けた。
(…………落ち…………死…………)
——意識が急激に遠のく。薄れゆく意識の中、莉奈は本能で、視界に捉えた地面に向かって『空間跳躍』をした。
衝撃で、地面に打ち付けられる莉奈。落下は免れたが、彼女はピクリとも動かなくなっていた。
「…………莉奈ーーっ!」
グリムの叫び声が、遠くから響く。『砂の天使像』は急降下し、地面に横たわっている莉奈に手を向けた。
——間に合わない。
グリムが遥か遠くから手を伸ばした時——
二頭の馬が、猛然と駆けてきた。
その一頭の馬は、莉奈を庇うように間に割り込んだ。発射されるサンドブラスト。それを一身に受け止めた黒鹿毛の馬は、最後の力を振り絞り莉奈を咥えあげて、もう一頭の馬の背に乗せた。
莉奈を乗せたもう一頭の青鹿毛の馬は、崩れゆく相棒に背を向けて、戦場を走り出す——。
主君のため、その命を燃やすために駆けつけた莉奈の愛馬——クロカゲと、アオカゲだ。




