「それぞれの」 08 —マルティ、ジュリ、ボッズ—
トロア地方、中央南部、人々の暮らす村や集落が点在する地で。
マルテディは腕を振り上げ、道を砂で固め上げた。
「では皆さん、気をつけて進んでくださーい! もし魔物に気づいたら、すぐに大声を上げてくださいねー!」
人々を避難誘導しているマルテディは道を歩きやすいように整備しながら、頑張って声を張り上げていた。微笑みながら頷いた人々は、互いを励まし合って歩みを進めてゆく——。
彼らが目指すのは、『大厄災』の影響が少ないと予測されるオッカトル共和国だ。
ここ、中央南部に暮らす者は年配者が多い。歩行困難な者は馬車で移動をさせているが、それでも限りがある。
ある者は身体を支え合い、またある者は兵士に背負われている。どうしても避難に時間が掛かってしまうと予想されていたが——。
そんな彼らを見つめるマルテディの元に、ハーフエルフの耳を持つ『開拓者』ジュリアマリアがやってきた。
「ちわ、マルティさん。助かってますよ。マルティさんが作った『砂の道』、そのおかげでみんな迷うことなく、楽々歩いていけるんっすから」
「わ、私なんか! ジュリさんがみんなをサポートしてくれてるから、みんな安心できているわけで……」
あわあわと目を回すマルテディ。そこにもう一人、狼の顔を持つ獣人族の男性、ボッズが追いついてきた。
「それも、ジョヴェディとリョウカが『腐毒花』を焼いてくれたおかげだな。あれがなかったら迂回するしかなく、二月までの避難はとても無理だった」
「あー……リョウカさんっすね。話は聞きましたけど……聞いた今でも信じられないっすよ。未来から来たリナさんだったなんて……」
「そうか? オレは納得しかないがな。奴の剣筋、佇まい、不思議な能力……リョウカがリナだと言われれば、納得しかない」
ボッズは目を細め、空を見上げる。ボッズも認める最強の剣士、リョウカ。その彼女はボッズとの約束を果たさず、旅立ってしまった。
「……リョウカめ、約束を破りやがって……」
大きく息を吐き独り言のようにつぶやくボッズに、マルテディが首を傾げて尋ねた。
「え? 約束って何のことでしょう?」
「……ああ。奴はな——」
——「まあいい。詫びに、オレと手合わせしてもらうぞ」
——『ああ。世界に無事、平和が訪れたらね』
「——奴はな、ジョヴェディがケルワンを襲った時に、オレとそう約束したんだ。まったく、忘れた訳ではないだろうに、勝手なことを……」
心なしか、ボッズの尻尾が萎れる。長年の付き合いであるジュリアマリアはその様子を見て、彼の尻尾をペシっとひっぱたいた。
「こおら、どの口が言う。目を離すとすぐに死地に向かおうとする、このクソ狼が」
「……ジュリ」
「これに懲りたら、命を大事にすること! もし途中でアンタが死んじゃってたら、それはそれでリョウカさんとの約束は果たせなかったんすからね!」
その横ではマルテディも首を大きく縦に振っていた。獣人ボッズ。あと先考えない人狼。好戦的な彼は魔物が現れると、持ち場を離れてすぐに駆け向かってしまう。
ボッズは軽く息を吐いたあと、目を瞑り答えた。
「ああ、肝に銘じよう。だが、『大厄災』との戦いには参加させてもらうぞ。もしリョウカが戻ってきた時に世界に平和が訪れていないと、手合わせしてもらえないかもしれないからな」
「そうそう、その意気。じゃ、一緒に世界を救っちゃいましょー!」
そのジュリアマリアの言葉に、ボッズもマルテディも目を丸くしながら彼女を見つめた。
「……ジュリ、さん?」
「……お前もまさか、戦いに参加するのか?」
「いやいや、当たり前でしょう。未踏破の洞窟はこの地方にまだまだあるんすから。二人とも参加するんすよね? ならウチが参加しようが、文句は言わせないっすよ! それに——」
『開拓者』ジュリアマリアは、不敵に笑う。
「——ウチの『嫌な予感』を感じ取れる力、生き死にの戦いには絶対に必要だと思わないっすか?」
「……それはそうだが……教えてくれ、ジュリ」
ボッズはジュリアマリアを真っ直ぐに見た。
「お前が参加するということは、その『嫌な予感』ってやつは感じないのか?」
「……あー」
ジュリアマリアは頬をかき、苦笑いを浮かべた。
「……リョウカさんの言葉を借りて言わせてもらえば、真っ赤っかっすよ。逃げても、進んでも。なら、リョウカさんの言っていたっていう『可能性』に賭けてみたいっすね」
リョウカの言っていた『白い世界』への道筋。『運命』に立ち向かった彼女の言葉だ。『滅びの女神』との戦いの先にしか、その道はないのだろう。
しばらく無言で歩いていた三人だったが、やがてジュリアマリアがパンッと手を叩いた。
「ささ。まずは避難誘導が先っすよ! 早くお酒飲みたくて仕方ないんっすから。急ぎますよ!」
「そうだね、ジュリさん。冒険者の嗜みなんでしたっけ。私、お酒楽しみ!」
「マルテディよ。こいつのペースには絶対に付き合うなよ……」
——この後、ジュリアマリアは飲み比べで人生初の敗北を喫することになるのだが——それはまた別の話。
そんな未来を知らない彼らは、親睦を深めながら街へと歩みを進める。
「ねえねえ、ボッズさんって何でそんな好戦的なんですか?」
「ああ。俺たちの始祖、神狼『ヴァナルガンド』がそうだからな。その血を引くオレたちも、必然的にそうなってしまうのだろう」
「……あー。今、リナさんが修行をしてるっていうヴァナルガンドさんっすね……」
そのジュリアマリアの言葉に、ボッズの耳がピクリと動いた。
「リナが? 始祖と?」
「そうっすよ。そこら辺にいるグリムさん捕まえれば詳しく聞けるっすけど、今、英雄『白い燕』は——」
肩をすくめ、ジュリアマリアは続けた。
「——なんでも、そのヴァナルガンドさんと息子のハティさん、二人を相手に引けを取らない戦いをしてるみたいっすよ。いやあ、『白い燕の叙事詩』も、いよいよ中身が伴ってきましたね」




