『東の魔女』 08 —和解—
マッケマッケは首を振る。そして、静かに目を瞑った。
「……すいません、目的は果たせましたし、ここいら辺にしておきましょう」
誠司は呻く。セレスの本心、その胸の内を聞き、信じられないといった風に。そんな誠司に、莉奈は優しく話しかけた。
「お疲れ、誠司さん。どう、セレスさんの気持ち、分かってくれた?」
「……ああ、さすがに何となくは。セレスは私を……」
莉奈は満足そうに頷く。ようやく分かってくれたか——
「……私を、利用しようとしたんだな」
——スパーンッッ!
「ちょっと、誠司さんっ!?」
「い、いや、すまない。さすがに分かっている。ただ……今までが今までだ。にわかには信じられなくてな……」
ため息をついて下を向く誠司。せっかくだ。莉奈は追撃の言葉を入れる。
「でね、誠司さん、さっきの質問の答え。セレスさんがなんで邸宅を引き払ったり、質素な服を着ているかなんだけど」
「ああ、そういえば。何でなんだ?」
「誠司さん、セレスさんに『悪い令嬢みたいで苦手だ』って言ったんだって? それを気にして、贅沢なもの全部処分したみたいだよ?」
「はあっ!?」
誠司は驚き、セレスを見る。彼女はまだ虚ろな目のままだ。
「全部って、何でそこまで……」
「誠司さんの好みのタイプになって、誠司さんを支えてあげたかったんだってさ。随分と頑張ったみたいだよ?」
「……そん……な……」
誠司の中のセレス像が、音を立てて崩れていく。
そうか、ツンデレみたいなものか——。
誠司は悟った。実際に相手がツンデレだった場合、非常に迷惑極まりない存在になるのだと。
セレスの気持ちを理解し、すっかりうな垂れる誠司を見てマッケマッケは微笑む。そして彼女は、セレスの肩に手を置いた。
「あの、では、そろそろセレス様、覚醒させますねえ。準備はいいですかあ?」
「……ああ。私は……構わない」
「ではセレス様、失礼しまーす」
——スパーン!
マッケマッケがハリセンを叩き込むと、セレスにかけられていた魔法の効果が解ける。目に光が戻った彼女は、澄ました顔で目をつむった。
誠司はマッケマッケに尋ねる。
「……あの……マッケマッケ君。その……魔法にかけられていた間の、彼女の記憶は……」
「はい。残ってますよ、ばっちり」
ボンッと顔を赤くする誠司とセレス。目が合わせられない。そんな二人の視線を、莉奈とマッケマッケはぐいっと無理矢理合わせさせる。
「あ……どうも」
「あ……どうも」
短く言葉を交わし、頑張って視線を逸らそうとする二人。莉奈はロープをほどきながら、誠司を励ます。
「ほら、中学生じゃないんだから。ちゃんと話してあげてね」
「ああ。しかし、君は言ってたね。ライラのためって、一体どういう事なんだ?」
「あー、それね。誠司さん、ライラのためって言えば大人しく話を聞くと思って」
「……嘘だったのか」
「まあ、まったくの嘘ってわけでもないんだけどね。ライラからの伝言。『お父さん、セレスさんと仲良くしてあげて!』だってさ」
「……そ、そうか。ライラが言うんじゃ、まあ、仕方ないか。別に、仲良くしてあげても……」
「ツンデレかよっ!」
周りにうながされ、誠司とセレスはモジモジしながら席につく。隣り同士に座る二人。やがて誠司が、申し訳なさそうに口を開いた。
「……その、なんだ。すまなかったな。君の気持ちに……気づいてやれなくて」
「……ううん。エリスと一緒のあなた、とっても幸せそうだったもの。それに、エリスに気づかれたくなかったの。彼女とは、ずっと仲良くしていたかったから」
「そうか……それであんな態度を……」
「うん……いえ、違うわね。結局、ただのヤキモチなんだと思う。ごめんなさい、こんな私で」
「いや……今の君なら……」
その言葉を聞き、セレスはガバッと身を乗り出して誠司の手を握る。
「ほ、ほんと!?」
その時、ソファーの方から咳払いの音が聞こえた。ヘザーだ。その音にハッとなり、セレスは恥ずかしそうに椅子に座り直す。
「……待て。また勘違いがあったら困るからな、正直に言わせてもらうよ。君とは仲良くやれそうだが、私にはエリスがいる。だから、君の気持ちには応えられない」
「そん……な……」
セレスは少しフラついたが、すぐに立て直して再び誠司の手を握る。
「いいえ、駄目よ! 辛いだろうけど、エリスはもういないの! 結婚とかじゃなくていい! エリスも言ってた! 『あの人をよろしく』って。お願い、私にあなたを支えさせて!」
「セレス……」
見つめ合う二人。そこに、ソファーから立ち上がったヘザーが空いた椅子を持って、二人の間に割り込む。
「な、なに、あなた」
「……私はヘザーと申します。あの、失礼ですが『エリス』はそんなこと言わないと思いますよ?」
「……あなたに……あなたに『エリス』の何がわかるっていうの!?」
セレスは立ち上がり、涙をこらえながらヘザーに訴える。当のヘザーはツーンと澄まし顔だ。
目を覆う誠司、頭を抱える莉奈。マッケマッケはハリセンを構え、グリムは興味深そうにこの人間模様を観察している。
誠司は息を深く吐き、決断をする。そして皆を見渡して、その重い口を開いた。
「……これから話すことは口外無用で頼む。特にライラには。まず、グリム君。君は秘密を守れるかね」
その質問に、グリムは肩をすくめた。
「誠司、私が今までどれだけの案件を引き受けてきたか、わかっているのかい? 言うなといわれたことは、絶対に言わないさ」
「そうか、よろしく頼む。次に、莉奈。君はそのことを、知っているという判断でいいのかな?」
状況的に今から誠司が話す内容を察している莉奈は、苦笑いをした。
「まあ、ね。詳しくは知らないけど。でも、今まで言わなかったでしょ? これからも言わないよ」
「……ああ、すまないね。では、セレス、マッケマッケ君。君達には知る権利がある。私の罪を、心して聞いてくれ」
セレスとマッケマッケは話の流れがつかめないながらも只事ではない空気を感じ取り、神妙に頷いた。
誠司は目を閉じ、独白をするかの様に言葉を発する。
「——実はね。彼女……この人形の中にはエリスの『魂』が入っている。本来、天に還るべきだった『魂』だ。それを私のエゴで封じ込めている。それが私の、罪さ」




