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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第三部 第一章
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『ようこそ』 01 —彼は目を逸らす—







 なんだか誠司さんの様子がおかしい。



 メルコレディと別れてから二日、『南の魔女』ビオラとも別れ、私達は『魔女の家』に帰るために馬車を走らせていた。


 道中は平穏そのもので、順調にいけば明日の昼過ぎくらいには家に着くだろう。


 ライラは昼型の生活に戻りつつあった為、夕方以降、私は誠司さんと話す機会があるのだが——なんと言うか、何処かよそよそしいのだ。


 本日の道程を終えた私は見通しの良い平原に馬車を停め、二頭の馬、クロカゲとアオカゲを休ませる。


 そして野営の準備を進めながら、私は思い切ってライラとヘザーに相談をした。


「ねえ、二人とも。なんかさあ、最近誠司さんの様子、おかしくない? 特に、私に対して」


「そうでしょうか? 確かに元気はないようですが、特におかしいとは」


 私の問いに、ヘザーが答える。彼女はライラの相手をする為に、レザリアと入れ替わりで戻ってきていたのだ。


「うん、そもそもヘザー、誠司さんとあまり話さないもんね」


「ええ。その時間は本を読んでいる事が多いもので」


 別に、ヘザーと誠司さんは仲は悪くない。そういう関係なだけなのだ。


 必要があれば誠司さんはヘザーに気軽に話しかけるし、ヘザーも誠司さんが求める物があれば先回りして用意したりしている。ともすれば、まるで熟年の夫婦のような関係性だ。


 だけど、私は知っている。そこは踏み込んではいけない領域なんだと。


 そんな感じで考え込んでいると、クロカゲとアオカゲに食事を用意し終えたライラがてててと寄ってきた。


「それってさあ、メルの事気にしてるんじゃない?」


 メルというのは、『厄災』メルコレディの事だ。ライラは彼女の事をシャーと呼んでいたが、南の地スドラートでおきた一連の出来事を聞いたライラは、彼女の事をメルと呼ぶ様になっていた。


 ライラも一連の話を聞いた時、大層気落ちしている様子だった。ただ、再会を楽しみに今はすっかり元気にしている。前向きでよろしい。


 そんなライラの説に、私は視線を上げて考える。


「うーん。そうなのかなあ。でも、あからさまに私を避けている様な……」


「なんか心当たりないの?」


「いやあ、特には……」


 と、そこまで言って私は一つの可能性に思い至り、固まる。その様子を見た二人は、心配そうに私の顔を覗き込んだ。


「どったの、リナ?」


「……あったかもしんない」


「なんでしょう?」


 そうだ、その可能性があった。忘れていた。一瞬で顔を赤くする私。


「……あの……もしかしたら……見られたかもしんない」


「なにを?」


「水着が落ちて……その……私の胸を……」


「ええーーっ!? お父さん、さいてーーっ!」


 いや、あなたが言うな、あなたが。いつも温泉で誠司さんを召喚しているのはどこのどいつだい。


「……いや、見られたら見られたでしょうがないんだけどさ、私もいけないし。でも、そこまで意識されると、なんというか……」


 なんかモジモジしてしまう私に、ヘザーが疑問を口にする。


「でも、あの人がそれくらいで動揺するでしょうか?」


「え……そっか、私の胸って、それくらいか……うん、貧相なのはわかってるよ」


「いえ、そういうのはいいですから。あの人、そういう所は割り切って考えるタイプだと思いますよ?」


「うーん、やっぱそうだよねえ……」


 誠司さんもいい大人だ。同居人の裸を見てしまったとしても、悪いとは思いこそすれ、その後の態度に影響が出ることはないだろう。


 すっかり考え込む私の横で、ライラがメモに何かを書き込んでいる。


 私が覗いてみると、そこには『リナはーれむ お父さん←New!』と書き込まれていた。


 私はとりあえずそのメモをひったくる。


「あー! リナ、返して!」


「前から気になってたけど、なーにが基準なのさコレ。没収ね」


「だめーっ!」


 私はライラと追いかけっこをしながら考える。このままモヤモヤした気分なのはいやだ。今夜、誠司さんと話し合おう——。






 そして夜、ライラと入れ違いで現れた誠司さん。


 食事も終わり刀の手入れをしている誠司さんに、頃合いを見計らい私は思い切って尋ねてみる事にした。明るく、明るく——。


「やっ、誠司さん」


「……どうした、莉奈」


 やっぱりだ。目を合わせようとしない。私はぐるっと誠司さんの視線の先に回り込む。


「こっちのセリフだよ。どうしたの? 最近、元気ないみたいじゃん」


「……そんな事は、ないよ」


 そう言いつつ、誠司さんは視線を落とす。やっぱり避けている。私は地面に寝そべり、誠司さんの顔を覗き込んだ。


「じゃあさ、稽古つけてよ! 身体(なま)っちゃうよー」


 そうだ、私は今回の遠征で一度も稽古をつけてもらっていない。馬車に座りっぱなしじゃ代謝が悪くなってしまうではないか。


 さあ、誠司さん、言葉が無理なら剣で語り合おう——。


 だけど、その言葉を聞いた誠司さんは固まってしまう。そして——おもむろに立ち上がった。


「すまない、莉奈。私はこれから周囲を見回ってくる。君はもう、寝なさい」


「……いや、誠司さん、スキル使えば見回りの必要なんて……」


「……行ってくる」


 なんだよ、なんだよー。絶対、何か気にしている。やっぱり、もしかして……。


「ねえ、誠司さん」


「……何だ」


「その……やっぱり、見えたの?」


「ん? 何をだ?」


 誠司さんは本気でキョトンとして私の方を見る。あ、これ、ガチで違うやつだ。やばい、恥ずかしい、死んじゃいたい。


「う、ううん! 何でもない、何でもないのっ! 気をつけてね、行ってらー!」


「……ああ」


 そう言い残して、誠司さんは去っていく。


 結局私のモヤモヤは晴れないまま、この日を終えたのだ。ああ、もう、相手してよ、誠司さん!





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