莉奈と誠司 05 —対話②—
「ドメーニカ……か。奴はやっぱり、別枠なんだな」
「うん。わたし達は彼女の『何か』を埋め込まれて、こんな身体になっちゃったの。その頃はまだ、普通に理性はあったんだけど……セイジちゃん、わたし以外の『厄災』や、ドメーニカと戦ったの?」
「ああ。二十年程前にな」
「二十年……前。そっか、もうそんなに経つんだね……。ねえ、セイジちゃん。みんな倒せたの?」
「……ああ」
「そっか……よかった」
メルコレディが誠司達の手によって消滅させられてから約二十年。他の『厄災』も滅ぼされた。
その事を聞き、彼女は複雑そうながらも、安堵した感情を覗かせる。
「よかったとはどういう事かね。ルネディやマルテディは君の仲間ではなかったのか?」
「うん。でも、少なくともわたしはあんなの望んでなかったから。ルネディやマルティも、きっと同じ気持ちだったと思う」
「…………」
誠司は言葉を返さない、返せない。
『厄災』の気持ちなど考えた事もない。いや、『厄災』にまともな気持ちがある事すら考えた事もなかった。
当時の奴らは、ただ楽しそうに破壊や殺戮を繰り返していたのだから。
「……それで、君らを『厄災』にした黒幕は、誰だ?」
「魔法国だよ。そこがわたし達の故郷なの」
「魔法国……だと? あそこは『厄災』によって滅んだんだぞ……?」
「えっ……そう、なんだ……。じゃあきっと、わたし達の力をコントロール出来なかったんだね……」
莉奈は妖精王とルネディとのやり取りでその事を知っていたが、ひたすらに口を噤む。
妖精王が『厄災』誕生に何かしら関係している可能性がある以上、ここでは何も言えない。憶測で語っていい様な内容ではないのだから。
「なら……今、君達を生き返らせているのは誰だ?」
誠司は半ば自問する様に呟く。その言葉に、メルコレディは当然反応した。
「……君達……?」
「そうだな……君の事は一旦信用しよう。だから、話す。先月……一か月半程前か。君の仲間、ルネディが生き返った」
「……!!」
誠司の言葉に顔を輝かせるメルコレディ。だが、一つの可能性に思い至り、その表情を一転して曇らせた。
「……殺しちゃった……のかな?」
「——いや。今、私達にはエリスがいない。当時のドメーニカとの戦いで、な。だから、ルネディとは戦って撃退こそはしたんだが……今頃はどこかでピンピンしているだろうさ」
「……そっか、あの強い女の人、もういないんだね。ごめんなさい……」
「……君が謝るな」
てっきりルネディの生存を喜ぶかと思っていた誠司は、肩透かしを食らう。自分を殺した相手に謝罪するなんて、どこまでお人好しなんだ。
「そこで聞きたい。理性があるルネディはどんな人かね?『厄災』の力を振りかざす様な人物かな? 正直に答えてくれ」
その誠司の質問に、メルコレディはゆっくりと首を振った。
「ルネディはね、少し怒りっぽい所があるけど、とっても優しいの。いつもわたし達を心配してたし、守ろうとしてくれた。わたし達のお姉さんなの。だから好きこのんで『厄災』の力を振りかざす事なんてしないと思う」
「あのルネディが……か」
誠司は思い返す、ルネディとのやり取りを。
メルコレディの言葉を額面通りに受け取る訳にはいかないが、確かにルネディを悪と定め、聞く耳を持たずに喧嘩をふっかけたのは誠司の方だ。今回の様に。
「ちなみに、他の『厄災』はどうだ。君が現れた事で、他の『厄災』達も再び現れる可能性が高くなった。理性があった時の、人となりを知っておきたいんだが」
「うん。マルティはね、臆病さんなの。でも、ルネディと一緒で優しい娘。あとは……ごめんなさい、他の三人の事は分からない。絡んだ事がないから。たださっきも言ったけど、自分から望んで『厄災』になった様な人達なの。だから、もしかしたら……」
「そうか……」
彼女の言葉を信じるなら、マルテディが復活したとしても問題はないかも知れない。
しかし、他の『厄災』が復活した場合、戦闘は避けられなさそうだ。やはり対抗手段が必要になる。
「では、もう一度聞く。本当に、君が生き返った理由は分からないんだね?」
「うん。気がついたら砂浜に倒れていて、リナちゃんに助け起こしてもらったの」
「え、ちょっと待って。記憶があるのって、そこからなの?」
莉奈は堪らず二人の会話に割り込んだ。確か、あの時は——。
「どういう事かね」
「うん。私達、小屋の中でご飯食べてたの。そしたらレザリアが、向かって来る人影に気づいて——」
莉奈はそこまで言って、レザリアに目配せをする。レザリアが頷き、あとを引き継いだ。
「——はい。私達エルフ族は視力に自信があります。それに『遠くを見る魔法』を掛けておりましたので——」
「え? 何で掛けてたの?」
「——それはリナを……コホン、それに関しては今はどうでもいいでしょう……。それで、私が一番最初に彼女に気が付きました。彼女は虚ろな目でこちらを真っ直ぐ見ながら歩いてきました。リナを呼んでその様子を一緒に見ていたら、突然彼女が倒れて……」
「……ウソ……わたしが最初に覚えているのは、リナちゃんとレザリアちゃんの声で……」
「本当かね? 一体、どういう事だ……」
メルコレディと誠司が、顔を合わせる。沈黙。しばらくして、誠司が重たい口を開いた。
「……君はもしかして、未だに操られている可能性が……」
「誠司さん……」
莉奈は反論しようとしたが、言葉が続かない。
そう、その場にいる全員が、同じ考えを抱いてしまったのだ。否定出来るだけの材料が、ない。
誰も口を開けない。
その沈黙にメルコレディはうつむいてしまったが、やがて顔を上げ、その決意を口にした。
「お願いがあるの。セイジちゃん」
「……なんだ」
「わたしを殺して」
「メル!」
莉奈が叫ぶ。そんな莉奈を、メルは優しい目で見つめた。
「大丈夫だよ、リナちゃん。わたしはね、もう二度とあんな事したくないの。もし、そうなるぐらいだったら、ここで死んだ方がいいと思う」
「何を言ってるの!」
「リナちゃん、聞いて。わたしは一度滅んだ身なの。だけどこうして理性を取り戻せて、最期にリナちゃん達に会わせてくれた。神様って本当にいるんだね」
「やめて! そんな事言わないで! ねえ、誠司さん、なんとかならないの!?」
莉奈は涙を零しながら誠司に訴えかける。誠司は莉奈の視線を避ける様に、目を閉じ、悩む。深く、深く——。
そして——「分かった」と誠司は短く呟いた。
「誠司さん!」
「……落ち着きなさい、莉奈。分かった、というのは彼女の覚悟の事だ」
「……どういうこと……?」
莉奈はぐずつきながら誠司に尋ねる。
皆の視線が集まる中、誠司は自分の感情と向き合うかの様にポツリポツリと語り出した。
「……私は……可能性の話を言ったまでだ。操られてないのかも……しれない」
誠司はそう切り出して、複雑そうな視線をメルコレディに送る。
「……君にはライラを助けてもらった恩もある。だから……なんというか……そうだな、人気のない場所に行きなさい。君がもし操られていて……『厄災』の力を使う時があれば……その時、私が君を消滅させに行く。すまない、こんな結論で。私もまだ、色々と割り切れてないんだ……」
「……セイジちゃん……いいの?」
「分からない……これが正しい事なのかどうなのか。私は今でも『厄災』は憎い。だが、君の事は信じてみたい。うん……『敵を見失わないで』と莉奈は言ってたね……なら、もし君を操っている奴がいるとするのであれば、敵はそいつだ。今の君ではない。それに……そもそも今の私達に君を消滅させる力はないしな……」
「セイジちゃん……ごめんね、ありがとね、ごめんね……」
「だから、君が謝るな……」
風が吹く。皆のやり切れない思いを乗せて。
彼女が未だに操られているのかどうかは分からない。
だが、この場にいる者達は共通した祈りを彼女に捧げる。
——どうかこの優しすぎる『厄災』が、これ以上不幸な目に遭いません様に、と——。




