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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第二部 第七章
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氷上の妖精達 06 —氷上の妖精達②—






 ライラの存在に気付いた海竜の爪が、彼女に向かって振り下ろされる。


 その爪をヒラリとくぐり抜けながら、ライラは海竜の首元へと近づいていった。


(——えっと、どこだろ)


 ライラは海竜の首を観察しながら杖の先端のカバーを外し、鋭く尖った杖先をあらわにする。


 この杖はこうする事により、ちょっとした槍や細剣みたいな使い方も出来るのだ。


 動き回る海竜を追っかけながら、ライラは首元に張り付く。


 どこだどこだどこだ——。


 海竜の爪を次々とかわしながら、ライラは逆鱗を探す。そんないくら払っても払っても首元をまるで羽虫の様にまとわりつくライラに苛つき、海竜は吠えた。


 その一瞬、海竜の意識がライラに向いた隙に、レザリアは竜の残りの目を狙う為に右側へと回り込もうとした。


 だがその動きに気づいた竜は、そちらを警戒する為にクルリとライラに背を向けてしまう。


「ああ、もう! すぐ動いちゃうんだから!」


 激しくビタンビタンと撃ちつけられる尻尾をかわしながら、ライラは悪態をついた。せっかく首の近くまで行けたのに——。


 その時、ライラにピコーンと名案が思い浮かぶ。


 ライラは海竜の尻尾にピョンと飛び乗り、軽業師さながらの動きでピョンピョンピョンとその背中へ飛び移った。


(ここからなら、確実に首元までいけるよね!)


 うねる海竜の背中を駆け出そうとした、その時だった。莉奈から通信が入る。


『——みんな、離れて! 魔法、いくよ!』


『——はい!』


『——わたしは大丈夫!』


 レザリアとシャーロンが了解の返事をする。しかしライラは莉奈に、とあるお願いをした。


「——リナ! 一応魔法かけ直すから、十秒待ってて! そしたら私ごとやっちゃっていいから!」


 莉奈はわずかな時間、考える。そして——。


『——オーケー、ライラ。十秒後に撃つから、よろしく!』


「——どんとこい、だよ!」


 信頼している姉に返事を終えたライラは、自分の身を守る祈りを捧げる——。





 そして十秒後。


「——『凍てつく氷の魔法』!」


 海竜に向かって、ビオラの魔法が降りそそいだ。周囲の空気が刺すように凍りつく。


 渦巻く白い世界。三度みたび、海竜自身の身体も凍りつき、一段と動きが鈍くなる。ゆっくりと上がる叫び声。



 そしてライラはというと——


「うー、さむっ!」


 ——自身の腕を軽くさすりながら、少女はパタパタと頭部へと向かい駆けていくのだった。


 

 頭部付近までたどり着いたライラは、海竜の首元にしがみ付き、その喉元を覗き込む。


(……逆鱗、逆鱗……ん、あれかな?)


 海竜の喉元には、確かに一つ逆さに生えている鱗があった。だが、この位置からでは届きそうにない。


 ライラはレザリアに向けて通信魔法を飛ばした。


「——レザリア! ここの逆鱗、狙える?」


 ライラはレザリアに話しかけながら、チョンチョンと杖で逆鱗の位置を指し示した。


 今度こそ海竜の右目を射ぬかんと海竜の前面に回り込んでいたレザリアは、ライラの指し示した位置を目を細めて見つめる。


『——いけます。そこを撃てばいいんですね』


「——うん! じゃあ代わりに私が右目狙うね。せーのでいくよ!」


『——分かりました。気をつけて下さいね』


 その時、莉奈からも通信魔法が入る。


『——もう一発、魔法いくよ! 撃っても大丈夫!?』


「——おー、いいタイミング! 今のうちに撃っちゃって!」


『——オーケー! ビオラ、いっちゃって!』


 その言葉を合図に、四度目の魔法が放たれる。



「——『凍てつく氷の魔法』!」




 ——凍りつく、凍りつく、凍りつく。


   大気が、砂浜が、海竜が——




 先代ナーディアから受け継いだビオラのとっておきの魔法は、四度目にして海竜の動きを完全に封じ込めた。


 ライラは海竜の頭によじ登り、レザリアに合図を送る。


「——じゃあ、いくよレザリア! せーの!」


 合図と共にライラの杖が海竜の右目に突き刺さる。同時に、三本の矢が海竜の逆鱗を穿つ。


 その場にいる誰もが固唾を飲んで見守る。果たして海竜は——



「ギィヤオオォォーーッッ!!」



 ——まるで狂ったかの様に暴れ出した。



 確かに逆鱗の部分は海竜の弱点だ。現に海竜は今、もがき苦しんでいる。


 だが、それと同時に青味がかった海竜の身体は赤く変色していた。怒りのあまり熱を帯びているのだ。それはまるで、命の残り火を燃やしているかの様に。


 その熱により海竜の凍り付いた身体は瞬時にして溶け、動きを取り戻す。海竜は必死に頭を振った。


「わっ! わっ!」


 ライラは右目に突き刺した杖を離さない様に、必死に握っている。


 その様子を見た莉奈はたまらずライラの近くまで飛び、大声を上げた。


「ライラ! 手を離して!」


「だめっ! だめなのっ! これは大事な……お母さんの杖なのっ!」




 ライラの持っている白い杖は、彼女の母、エリスが使っていた物である。


 莉奈が初めて異世界に来た日、ライラに尋ねた事がある。



「——ライラは産んでくれたお母さんの事はどう思っているの?」



 その問いにライラはこう答えた。



「——わかんないや!」



 その時はそう思っていた。何よりライラのそばにはヘザーがいたのだ。産みの母親と言われても、実感が湧かなかった。



 その時にこんな話もした。



「——ねえ、リナはリナのお母さん好き?」



「——私は……お父さんもお母さんも、いないんだ」



「——そうなんだ。じゃあ私と一緒だね」



 なんて失礼な事を言ってしまったんだろうと、今では後悔している。


 四年間一緒に過ごす内に、莉奈の育ってきた境遇は言葉の端々から感じ取れていた。


 いないから、いない親。


 いるのに、いない親。


 その点に関してだけ言えば、莉奈とライラの境遇は一緒だ。


 だが、ライラにはヘザーがいる。会う事こそ叶わないが、自分の事を愛してくれている父がいる。


 そして、莉奈から聞いた。ビオラから聞いた。レザリアから、エルフ達から聞いた。


 ライラには——世界を救う為に戦った、立派な母がいた事を。


 どんな人だったのかは今でも分からない。ただ、あれから四年経った今、はっきりと言える。


 母を誇りに思うと。


 だから、母の形見のこの杖だけは——絶対に手放せない。




「ライラ!」


 莉奈が叫ぶ。ライラの身体が振り回される。やがて海竜は大きく頭を下げ、振り上げた。その勢いで、海竜の右目から杖がようやく——


「——抜けたっ!」


 しかし、振られた勢いで、ライラの身体が勢いよく飛ばされる。ライラは杖をしっかりと抱きしめた。絶対に、絶対に離さないんだから。


「ライラッ!」


 莉奈の声が遠ざかっていく。ライラはもの凄い速さで飛ばされていた。


 でも、大丈夫だよ、私は落ちても大丈夫だから——。


 

「えっ?」



 ライラは気付く。自分の飛ばされている方向に。そこが、沖である事に。



 ——そう、ライラは、泳げない。



「リナぁぁ!」


 ライラは悲痛な叫び声を上げる。


 莉奈は全速力でライラを追いかけるが、彼女が海に落ちるまでに間に合わないのは明白であった。それでも莉奈は、懸命にライラを追いかける。


 そんな莉奈の泣き出しそうな顔を置き去りにして——ライラは激しい音を立てて、海へと沈んでいったのだった。





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