『南の魔女』 06 —彼女の役割—
莉奈は旋回しながらビオラを連れ、状況をはかりかねている誠司達の元へ降り立つ。急激に彼女の体重が莉奈の腕にのしかかった。
莉奈は彼女が倒れない様、必死に支える。
「ごめん、ヘザー、この人魔力切れ! 魔力回復薬ある?」
「ああ、なるほど。少々お待ち下さい」
ヘザーはそう言い、バッグの中から魔力回復薬を取り出す。そして、それをビオラに手渡した。
「魔力回復薬です。飲めますか?」
「……ゴメンなさい……ありがと」
ビオラは魔力回復薬を受け取り、一気に飲み干す。するとすぐに効果が現れたのか、彼女の顔色はみるみる内に良くなっていった。
そして彼女は口を腕で拭い——突然、莉奈に土下座をする。
「リナさん——いえ、師匠! 高名な魔術師とお見受けしましたっ! 私に飛ぶ技術を教えて下さいませっ!!」
「はっ!?」
顔を上げ目を輝かせる彼女の瞳は、美しい。
って、いやいやいや、見惚れている場合ではない。莉奈は慌てて否定をする。
「待って、ビオラさん! 私のって魔法じゃないの! ほら、魔力を感じなかったでしょっ!?」
「またまた、ご冗談を。魔力を抑える秘訣があるのですね?」
「もうっ! 誠司さぁん!」
莉奈はほとほと困り果てた声で誠司に助けを求める。その様子を楽しそうに眺めていた誠司が、ビオラに声をかけた。
「初めまして、ビオラさん。私が手紙を出した誠司だ。君は、ナーディアさんから聞いていないかな? 私が不思議な力を持っている事を」
「あら、初めまして、セイジさん。ええ、聞いているわ。お婆様からあなたの話は」
ビオラは立ち上がり、マントの裾を持って誠司に一礼する。
礼儀正しい。礼儀正しいのだが、何か癖のありそうな娘だな、というのが誠司の印象である。
「うん、なら話が早い。私が不思議な力を持っている様に、そこの莉奈も不思議な力を持っている。それが彼女の場合、『飛ぶ力』っていう訳なんだよ」
「そう、なの? にわかには信じられないけど……」
ビオラは首を傾げながら莉奈を眺める。莉奈は全力で首を縦に振って、ビオラに言い訳をする。
「うんうん、そうなんです。だから私は魔法に関してはへっぽこ。何もビオラさんに教えてあげられる事なんて——」
「——師匠!」
莉奈の言葉をビオラが遮った。まだ何かあるのか、と莉奈は固まる。
「師匠の飛ぶ力が魔法の力ではない、という事はとりあえず信じましょう。けど、そんなのは些末な問題。アタシは言ったはずです。『飛ぶ技術』を教えて欲しいと。先程の師匠の技術、感服いたしました」
——そっちかあ!
莉奈は頭を抱える。
ただ、『南の魔女』と呼ばれる人物、それに初めての『飛び仲間』のお願いだ。とてもじゃないが、無下には出来ない。
「分かった、分かりましたから、教えてあげますからその師匠っていうの止めて下さい! 言葉遣いも!」
「あら……そう。じゃあ、リナ、あなたもね。アタシ達、歳近そうだし」
「そ、そうだね。改めてよろしく、ビオラ。私はこの前二十歳になったばかり」
「アタシは十八歳。それではお姉様——」
「り、な!」
「うふふ。リナ、よろしくね」
「では、どうぞ。入って」
ビオラの案内で、誠司達は館の中へと入る。館の中も、清掃が行き届いている様だ。
そして、客間に通された三人は驚愕をする——。
「いらっしゃい。ようこそ、『魔女の館』へ。あなた達を歓迎するわ」
客間のテーブルの上には色とりどりのお菓子が並べられ、部屋全体に誕生日パーティーさながらの飾り付け、壁には『ようこそ! 西の魔女御一行様!』と書かれた垂れ幕がぶら下げられている。
そして、誠司達が座ると思われる椅子の上には三角帽子が乗っかっていた。まさか、コレをかぶれという事か。
もしかしたら、彼女は人を気まずくさせる天才なのかも知れない——三人は同じ気持ちで声を詰まらせる。
そんな状況の中で、誠司がやっとの思いで声を絞り出した。
「……ビオラさん、一体これは……」
「ビオラでいいわよ、セイジさん。ふふ、驚いたでしょ? 久しぶりのお客様だもの、少し張り切ってしまったわ。さあ、座ってちょうだい」
「……まあ、ね。驚いたよ」
ビオラの思惑とは別の意味だが、確かに驚かされた。誠司達は椅子に腰掛ける。
莉奈は渋々三角帽子を頭につけたが、誠司とヘザーは邪魔にならない位置に避けて置いた。莉奈の視線が痛い。
「それにしてもビオラ君。歓迎してくれるのは嬉しいが……これは一体、どういう事だい?」
「それはね、お婆様——先代南の魔女、ナーディアに言われていたの。もしあなた達が来る様な事があったら、力になってあげなさい、ちゃんと歓迎するんだよって。だから手紙を貰った時は震えたわ。ああ、ついにこの時が来たんだって」
なるほど。彼女はナーディアの『歓迎』という言葉の意味を、額面通り受け取ったという訳だ。ビオラは続ける。
「それでね、今日辺り伺うって手紙が昨日届いたから、急いで準備したの。ホントはもっとちゃんとした歓迎をしたかったんだけど」
その言葉に誠司達の顔が引きつる。この程度ですんで、幸運だったのかもしれない。
「いやいや、すまないね。サランディアから早馬で手紙を飛ばしたんだが、さすがに急過ぎたね」
「いいの、いいの。お婆様はよくエリスさんとセイジさんの事を話していたわ。そんな人に頼られて、アタシも光栄だから。さ、アタシ、お茶を淹れてくるから遠慮せずに食べててね」
ビオラは微笑み、スキップをしながら部屋を出て行く。その隙に莉奈は立ち上がり、誠司の背後に回った。
「さあっ、誠司さんも三角帽子っ、かぶるんだよっ」
「いや……私は」
誠司が困った顔でヘザーの方を見ると、彼女は澄ました顔で三角帽子をかぶっていた。この裏切り者め——。
「セイジ。彼女に悪意はありません。少しぐらい付き合ってあげたらどうですか?」
「……ぐっ」
しばらくして、ビオラは戻って来た。
「お待たせ……あら、皆様かぶってくれたのね。嬉しいわ!」
用意した三角帽子をかぶってくれた三人の姿を見たビオラは、心から嬉しそうな声を上げる。
そんな反応を見せられたら、先程までムスッとしていた誠司も苦笑するしかない。
全員にお茶が行き渡った所で、誠司は本題を切り出した。
「さて、ビオラ君。単刀直入に聞こう。君はどんな魔法が使えるんだい?」
その言葉に、今まで楽しそうにしていたビオラの表情に、初めて陰りが差した。
しばらく口ごもっていたが、やがて観念したかの様に彼女はポツリポツリと話し始める。
「あの……基本的な生活魔法と……空を飛ぶ魔法と……ええと……」
おかしい。継承とはいえ、魔女の名を継ぐ者だ。それだけしか使えないという事はないはずだ。
「……他には?」
「後は……お婆様に教えられた魔法が……二つだけ……」
先程までの自信に満ち溢れていた彼女からは想像出来ない程、彼女は自信なさげな——今にも泣き出しそうな顔をする。
莉奈はそんなビオラの様子を見て、誠司の事を睨む。誠司に悪気はないのだが、気まずい。
だが、先程得意気に『空を飛ぶ魔法』を披露した理由が分かった気がする。その魔法を使える事が、彼女の心の拠り所なのだ。
「そ、そうか。いや、気にするな。その若さで『空を飛ぶ魔法』を使えるだけでも大したものだよ」
「そう……?」
「ああ、勿論だとも。頑張ったんだね。それで、ナーディアさんから教えて貰った魔法ってなんなんだい?」
誠司は必死にフォローを入れる。居た堪れない。だが、ビオラは励まされて少し元気が出たのか、顔を上げて誠司に答える。
「アタシが教えられたのは『凍てつく氷の魔法』に『凍てつく時の結界魔法』。この二つだけを教えられたの。他の魔法はどうでもいいから、これだけは絶対に覚えろって」
そのビオラの言葉を聞いた誠司が固まる。
——『凍てつく氷の魔法』に『凍てつく時の結界魔法』か——。
誠司は理解してしまった。先代南の魔女ナーディアが、他の魔法を差し置いてでもその二つの魔法をビオラに覚えさせた理由、そして、彼女が南の魔女の名を継承した理由を。
「そうか、だからナーディアさんは君を南の魔女に——」
「うん、そういう事だと思うの」
「ちょっと待って。そういう事ってどういう事よ?」
話しの流れについていけず、思わず口を挟んでしまった莉奈に、誠司は暗い目で語る。
「莉奈。恐らくナーディアさんは危惧していたんだ。最強にして最悪の『厄災』ドメーニカの復活を。エリスの命を持ってしても封じ込める事しか出来なかった、奴への対策をね」




