力と技術
オウレンは屋外から聞こえる阿鼻叫喚に内心で「さぞ面喰ってるだろうな」と不気味な笑みを浮かべていた。
以前のシオンだと思って臨めば痛い目にあうことは必至だ。それも同一人物であろうなど、誰が信じるか、というレベルの変質。変化ではなく、中身の変質である。
見た目通り、野党まがいの連中が常套句として使う、命乞いと見せかけた騙し打ちが通用するはずもない。
そもそもシオンには生かすという思考が限りなくゼロに近いのだ。身を以て体感したからこそ、わかる白か黒かの二択しかない。半殺しなんて選択肢が彼の中はまったくないのだ。命乞いすらさせて貰えないだろう。
オウレンは勝手知ったる建物内部の階段を駆け上がった。
所々に傷を残す螺旋状の階段も懐かしい。
内部も石作りになっており外観ほど広くはない。それでも通路は多少広く作られていた。それも擦れ違えないほど狭いのではいざという時に動きづらいだろう。
それでも襲撃に備えて一度に何十人も攻め込まれないような構造にはなっているのだ。
元はその名の通り古城を流用したようなものだ。
内部で戦おうともオウレン一人ならば問題はないだろう。しかし、彼はわざわざハロルドの土俵に乗ってやる覚悟を持っていた。
そうでもしなければ、狡猾なハロウドが一対一などと間違っても受けやしない。そういう肝っ玉の小さい男であり、だからこそ今日まで生きてこられたのだ。染み付いた癖、無意識に働く勝算次第で行動を決定する。
オウレンは左右の石壁をチラリと見る。
自分のような巨躯では満足に刀を振るえない、そうハロルドも考えているはず。
だからこそ誘いを掛けたのだろう。
だからこそ、誘いに乗った。
階段を上り2階へと踏み入れた直後のことだ。
オウレンは鞘ごと持ち上げて横合いからの突きを防ぐ。
「どうせそんなことだろうと思ったぜ」
視線の先にはハロルドが剣を戻し、ピッとしなやかな刀身を見せる剣を一閃させる。
オウレンは自分が不利な状況下で戦うことになるだろうと確信を抱いていた。
2階にあるここは主に各自の部屋があるだけで実際廊下はかなり狭い。
オウレンは鞘から刀を抜くが上手いこと長刀では振り回すことができないのだ。
相手の土俵で倒してこそ面白いというもの――寧ろ興が乗ってきていた。
「いいぜ、この姑息感がお前の持ち味だったな」
「心外だな、確実に勝ってこその殺し合い、誰も死にたくはないだろ?」
つくづく相容れない。そう思いオウレンは口を閉ざした。
勝つためならばなんでもするのは間違っていないのだろう。しかし、オウレンは剣の道に生き、極めんとする人種。
いや、きっとこれも一つの戦いの形なのだろう。
何も一対一で正々堂々などチャンバラも良い所だ。命の掛かる殺し合いの中において複数を相手にすることもあれば卑怯な手を使う者もいるというだけだ。
それで勝敗が左右されるわけではない。最後に立っていた者がいて地面に倒れた者がいれば、それが結果として全てを肯定する。
だからオウレンは黙して状況を正確に分析した。
この狭い場所では圧倒的に有利なのはハロルドだ。
レイピアのような刺突武器は相手との直線距離さえ確保できれば問題ない。
それに加えて……。
「俺はこれでもお前を評価していたのだがな、真正面から斬り合ってお前に勝てる奴は指の数ほどもいないだろう」
「そうかい。そこの窓から飛び降りれば今からでも許してやるよ」
「笑えない冗談だな。主なくしては城とは言わんだろう? ……俺も全力で戦わせてもらう、お前が良からぬことを考え付く前にな」
ハロルドはシオンを裏切る前、もっとも警戒していたのがオウレンだった。
戦闘馬鹿と言いたくなるほどの戦闘狂だけならばどうとでも対処できる。だが、一度戦いが始まればどんな状況だろうと刀一本で必ず切り抜けることがオウレンにはできた。
強靭な精神や冴え渡る戦闘中の思考。
その予想を上回る力は仲間ならばいいが、万が一自分の敵に回った時最も厄介だと考えていたのだ。
自身を顧みない戦いをハロルドは恐れる。計算を大きく越えてくる敵は、もはや害悪以外の何者でもないのだ。傷の一つでも負うものなら、腹立たしいばかりで殺したりなくなってしまう。
つまり、瞬時の判断で仮に腕を一本落とす状況になったとする。大抵の人間は腕を守るが、オウレンは腕を犠牲にする代わりに確実にこちらの首を取りに来るのだ。
結果的に相手を殺したとしても彼は戦いと言う場において死力を尽くし勝ちにこだわる。
だからハロルドは確実に勝てる場に誘った。必ず誘いに乗ってくるという確信を持って。
手首を上下に揺らし、レイピアをしならせたハロルド。
それを視界に収めていたオウレンは刀身さえも波打ち始めたの見る。実際にその通りの現象が起きているのだ。
「王宝クラスの魔法具だったか」
「その通り……反り返れ【ペイジクライム】」
レイピアの刀身は床に向かって振り子のように揺れていたが、名を告げた直後――刀身が鞭のようにしなり壁面にぶつかった。
そして刀身は縦横に、壁に弾かれながらオウレンへと走る。
刃先を眼で追うオウレンは腰を屈めて軽く居合の構えを取った。
壁から跳ね返った刃先はオウレンの斜め上方から襲う。
眼にも止まらぬ速さで刀を抜き放つオウレンは振り抜けないことを知っているため軌道に刀の背を割り込ませて弾く。
ハロルドはその時を罠に掛かった餌のように見ていた。
「――!!」
オウレンが弾いた刃先は更に速度を増して壁面にぶつかり今度は真横から頭を貫かんばかりに跳ね返ってくる。
咄嗟に身を屈めて回避、しかし更に反対の壁面にぶつかった刃先は意思を持っているかのように、向きを変えてオウレンを追尾し跳ね返った。
一気に階段を通り越して後退する。
その際に頬を切ったのか、一筋の線が走った。
「思った以上に厄介な武器だな」
切れた頬を気にした様子はなく、打開するのが嬉しくて堪らないという高揚がオウレンに湧き上がってくる。
【ペイジクライム】は多関節、伸縮自在の魔法具だ。いや、多関節ということはないはずだ、刀身には間接部にあたる亀裂がないのだから。まさに魔法具故の能力といったところだろう。
その持ち味は無機物に対して跳ね返るという性質を持っている。そして跳ね返る方向すらも使用者の練度で変化させることができる。
だから、オウレンが刀で弾いたのに真横に逃げて行ったのもそういう理由からだ。しかも弾いた威力にともなって速度も増す。
「どうしたオウレン、勝てないと思って俺の軍門に下るか?」
「やっと楽しくなってきたところに水を差すんじゃねぇよ」
「ふん、やはりお前は戦うことしか考えていないか」
刀身を戻したハロルドは最初から断れるとわかっていたのだろう。嘆息するように大仰に「やれやれ」と肩を竦めた。
「じゃあ死ね!」
先ほどよりも速度が増す。
通路は跳ね返る【ペイジクライム】によって刃の防壁が構築されていき、刃先は少しずつオウレンを追い詰めるように近づいてくる。
仮に刃先を回避したところで走った刀身のせいで人一人通ることができないだろう。
四方を走る刃先を確実に捉えることができても後が続かない。
目の前で必要以上に縦横の壁を跳ね返る刃先は足元で方向を変え彼の足を串刺しにするように低空で上がってくる。
「チッ!!」
足を上げバランスを崩す、背後で二回聞こえる金属質な音は真後ろに迫っているとわかる。
「もらった!!」
「あめぇよ」
後頭部を狙った刃先は直前に頭を下げたオウレンの頭上を通った。
片足を軸に身体を反転させると刀を【ペイジクライム】の刀身に当て強引に壁に叩き付ける。その衝撃が刃先に伝わり跳ね返るべき刃先はあらぬ方向に伸ばす。
「結局はこの程度か……」
落胆すような声音にハロルドは筋を立てて剣を引き戻した。
結局は剣筋が単調過ぎる。ハロルドの性格が如実に表れていると言えた。【ペイジクライム】の能力によって実際は縦横無尽に走っているように見えるが、殺す為の決定的一打は確実に本心が表れる。先に足を狙ったのは確実に仕留められる頭を狙うための布石。実にわかり易く、実戦経験の浅さが窺えた。
自分の命を掛けた殺し合いの経験が浅い。おそらくハロルドは確実に優位な状況での殺し合いしかしたことがない。
温度を上昇させていたオウレンの血液は一気に冷却されていく。もうダメだ、これ以上血が滾ることはない。それどころか冷え切ってしまった。
盗賊としては一流なのだろう、しかし、殺し合いとなれば二流以下。オウレンに遠く及ばないことがわかってしまったのだ。
なんて中途半端な技術だろうか。全てを魔法具に託して自分は射程圏外からの攻撃は実力不足を証明しているようだった。
わざわざ不利な状況で戦ってやるというのに肩透かしも良い所だ。
魔法具に頼ってるくせに満足に使いこなせていない。
「なんだと!」
「殺し合いをしたことがない甘チャンだったとはな」
「俺が殺し合いをしたことがないだと、い、いいだろう。見せてやるよぉ」
身体を怒りに震わせながら一度【ペイジクライム】を鞭のようにしならせる。
「アビリティ【万天軽量】【不砕硬化】」
その名を聞いたオウレンは冷ややかに見て、告げた。
「お似合いの能力だな」
「だ、黙れぇぇ!!!」




