時歩足る拠点
【フォレスト・ベール】、以前のシオンがそう名付けた天然の要塞。
決して当時のシオンが単身切り抜けられるような生易しい防壁ではない。
しかし、オウレンは背後で上から、真横からと縦横無尽に凄まじい速度で向かってくる枝を軽快なステップで回避するシオンに、ついついため息が零れる。嬉しい誤算なのは確かだ。
エンピリアツリーの攻撃に対して避けるのが面倒になったのか、シオンは素手で防ぐ。いや、腕を振り上げ、払いのけるようにして枝を粉砕していった。
こんな光景を決意の後に見せられてはオウレンでなくとも釈然としないだろう。
ユイネが背中にいることを考えても最小限の衝撃で済ませることができる強靭な肉体と卓越した戦闘技術故だ。
無論、彼女は最初悲鳴を上げていたがあまりにうるさいため、シオンが目を伏せてろという言葉に今現在彼女は背中に顔を埋めていた。
正直走り抜けなくともいいのではないかとさえ思えてくる。それこそ凱旋するように意気揚々と歩いていてもどうにかなるのでは、と思えてくる。
走ること数分、オウレンは先を見据え見慣れた景色に以前の記憶を呼び起こした。
エンピリアツリーは同じ場所にじっとしていることがなく、少しずつ移動するため木々の配置や距離から方角を計ることができないのだが、無事に目的地に着くことが出来たようだ。
先の開けた平地が僅かに見えたため、オウレンは近いと感じる。
この陽の光さえも遮ってしまう大森林の中において、アジトがあるこの一区画だけは何も陽を遮るものがない。
緑の絨毯が敷き詰められ、そこに佇むアジト。
「結構立派だな」
「見た目だけじゃないぜ、ここは地下があるからな」
まさに古城と呼ぶに相応しい荘厳な佇まいだ。
森林の中にあるのだから巨大ということはないが実に頑丈そうな石作りになっている。そこそこ大きめの城、形状的には屋敷と呼べなくもないが。
ここが災害級に危険地帯でなければ避暑地と見えなくもなかった。
3階分ほどの高さがあり、それも周囲から見つからないように作られているため木々の背を超えない。
シオンはユイネをそっと降ろすが、地面に足を着くなり彼女は目が眩んだかのようにふらついた。
相当参っているのだろう。大丈夫だとはわかっていても、当たれば重傷級の枝の嵐を掻い潜ってきたのだ。
ふと、古城の内部から石畳を叩く足音が無数に響き、わかったかのようにオウレンは喜々として袖を捲った。
「こっからだな、さっさと片しちまうか」
「あぁ、ここの連中には早々に引き取ってもらう。ユイネには悪いけど駄々をこねるなら……」
「はい。きっと避けられないことなんだと、思います」
覚束ない足でユイネは疲労とは違った悲壮感を表情に含ませた。
シオン自身ここの連中を殺したからと言って復讐の一助にすらならないと思っている。だが、邪魔をするのならば……恐らく小虫を潰すように何も感じはしないだろう。
直後、ぞろぞろと様々な武器を持った、まさに賊のような風貌の男たちが出てきた。
それを嗜虐的に見るシオンと楽しそうに頬を上げるオウレン。
「見ない顔もあるが、まぁいいか。うし、じゃあちゃっちゃと掃除するか」
「俺はユイネを守りながら排除していくから先陣は任せた」
「了解ボス! ハロルドは貰っても良いんだよな」
「くれてやる。だが、確実に仕留めろよ。せっかく戻って来たのに居場所が割れたんじゃ意味がない」
出てきた賊の理解不能な言を馬耳東風の如き、無視していると何人かは驚愕に顔を張り付かせ。
「シオン、生きてやがったのか」
「ノコノコと、取り返しにきたってところか」
聞き慣れた台詞にシオンでなくオウレンが応対する。
「悪いが退居してもらうぞ、でなくとも一人も生かしておくつもりはねぇが」
「オウレン……」
「なんでてめぇがシオンに付いてやがる」
「気が変わっただけだ。ハロルドはいるんだろ?」
「頭が出るまでもねぇ、お前の力は知ってるがこれだけの人数なら怖かねぇさ」
「そうかい」
ざっと見ただけでも20人はいるだろう。
それでもオウレンが慎重になることはない。それどころか一歩踏み出す、そして彼の実力を知る者は一歩後ずさった。
「情けねぇなおい! 男の子だろ」
小馬鹿にするオウレンは鼻で一笑する。
挑発に乗った賊の二人が一斉に走り出しオウレンに振り被った。
瞬間――。
オウレンを置き去りに振り下ろされない剣を振り被ったまま数歩進み、胸から鮮血を撒き散らす。
無言のままゴトッと地に伏した賊。
何をしたのか見えた者はこの場にシオンと……もう一人。
「オウレン、やっと仲間になる気になったのか?」
鷹揚な声音が3階部から突き出るベランダから鳴った。それは仲間を殺された怒りとはほど遠い。旧友に会うような気安さが窺える声音である。
見下ろす男は、精悍な顔つきではあったが不釣り合いなほどその眼は醜悪さが覗いている。整えられた髭に薄汚れたような黒い髪は波打ちながら顎下まで伸びていた。
男は肘を手すりに掛けながら半身になって俯瞰する。
見慣れた下衆の顔に、オウレンは振り仰ぎながらニッと笑む。
「ハロルドか、残念だがシオンがお前を殺していいって言うからな。こんな楽しいことはないだろ?」
「ハッ、戦闘馬鹿が」
失笑を漏らしたハロルドは視線を動かして、思い出したように仰々しく両手を広げた。
「これはこれは、元統領殿。おや、ここにいるということは獄中生活は堪えましたかな」
ハハハッと笑いだすハロルドにシオンは不機嫌さよりも気に掛ける面倒くささを感じる。
「お前がハロルドか」
「ん? つまらないことを、会話を楽しめないあなたではないと思ったが……まぁ忘れてしまうのも仕方がない」
「貴様よくもぬけぬけと」
「なんだというのだオウレン。あんな茶番に付き合うのは私も皆も限界だった。上の首が下の者と変わるのは世の常だろう」
その言葉にオウレンも一部理解できた。
ハロルドのやり方そのものは気に喰わないとはいえ、シオンが馬鹿だったとしか言えないのも事実。
だが……シオンはその理屈に乗る。
「だろうな。問題ない、じゃあお前がここで死んでも何も問題ないだろ? 今更命乞いはなしだぞ」
このシオンの言葉にハロルドは唸るように眉根を寄せた。
「おかしいな」
「お前も気付いたか」
「どういうことだ?」
「なんてことはない、お前がシオンを嵌めたおかげで頭のネジがいくつか吹っ飛んじまっただけだ」
「おい!」
ハロルドは手で額を抑えて大声で狂ったように笑い出した。
「ハハハハッハ、そりゃ傑作だ」
「だから俺が今のシオンについているわけだ」
「落ちたなオウレン、そんな雑魚を上に据えるか」
「雑魚のままなら、俺が付くことはなかっただろうな」
「戯言だな、玉座は下を従える力を示さなければならない」
「もう王様気取りか、随分小さな王様もあったものだ」
ハロルドの顔に浮き上がった筋が走った。続いて一転した賊っぽい罵声が顔を覗かせる。
「てめぇは相変わらず気にいらねぇ野郎だ」
「お前の髭もな」
おちょくるオウレンは内心で短気は治ってないなと思う。
もちろんハロルドは元賊の頭をしていた男だ。誰よりも狡猾で残忍なことをオウレンも理解していた。
女だろうと子供だろうと容赦しない。それこそハロルドはオウレンとは違い殺しに快楽を感じるのだ。その点では今のシオンと似ていなくもない。
だが、ハロルドは嬲り殺すように死ぬまでを楽しむ趣向がある。子供は奴隷として売り、女は使えるまで使う。慰み者となった女性は数知れず、そして使い物にならないとわかるとあっさり殺すのだ。
その話しを楽しそうに語った時のハロルドを思い出すだけでもオウレンは吐き気を催す。
シオンが纏めていた時でさえ彼の横暴は目に余った。
「だが、シオンが生きていたのはこっちとしても助かった」
彼が何を言い出すのかシオンは耳を傾ける。一応ハロルドも以前のシオンを知る者の一人だ。
先を促すように聞き返す。
「どういうことだ」
「【ヘルズファイン】をどこに隠しやがった」
少し休載します。




