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処刑から始まる神殺しの起源  作者: イズシロ
第3章 「断面の再構築」
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アセンブリーの欠片Ⅲ

 オウレンが語る以前のシオンが処刑されるまでの経緯。

 これに衝撃を受けたのはユイネであった。当のシオンはというとこれと言って感慨深いものは何一つない。

 それもそのはず、中身は以前のシオン・フリードではなく遠見周という平凡で不遇なだけの人間なのだから。



 何かを変えたいと思ったことも何者になりたいと思ったこともない。ただ一つ願っただけなのだ。誰からも咎められるような願いではない――在り来たりで当たり前の願いを。



 そんな過去があるということすら今の周には及ばない考えだ。何もかも、それこそ記憶さえもあの混沌とした暗闇の中で文字通り捨てたのだから。



 周がシオンになるまでの彼の経緯はこうだ。

 義賊として組織を纏め上げていたシオンはどこからか仕入れた情報を元に次に狙いを定めて行く。

 地形を調べ、見取り図を作り、標的の周囲にいると思われる戦力を計算する。そういった諸々を引き算しどれほどの戦力をぶつけるべきかを試算するのだ。




 もちろん盤上の計算は現場の予想を上回ることができない。それでも対処できるだけの人員を配置させるのがシオンのやり方だった。

 組織の幹部――もとい最高戦力の一角にオウレンが居たのは事実である。

 その時はいつものように難しい仕事ではなかった。奴隷解放と言えば聞こえはいいがそう言った非人道的な取引がされているのは日常茶飯事だ。

 それはシオンも理解していたが何もしないよりも一つずつ確実に葬ったほうが建設的だと判断したまで。



 王国や法国、はたまた帝国にまで乗り込んだこともある。民を虐げる高官、盾付いただけで処刑されることも珍しいことではなかった。村一帯が焼け野原となるようなことも間々ある。

 それがたとえ法国内であろうと広大な国土の全てを見通せる者などいないのだから。



 権力者の屋敷に忍び込み隠し部屋で行われる非合法の人身売買を潰す。もちろん粗暴な連中を仲間にしているのだその後の窃盗や殺害は目を瞑るしかなかった。

 時には賊の根城を徹底的に壊滅させたことさえあった。



 しかし、作戦決行直前になって事態は急変することとなる。

 幹部の一人が持ち帰った情報によれば数カ所で同時刻に人身売買によるオークションが行われるとのことだった。



 当時のシオンにオウレンは不可解さを抱いていた。それは異様な焦りとも取れる。普段のシオンならば早計な決断はしないはずだった。幹部が持ち込んだ情報が判断を急かしたのかもしれない。

 拉致されていた貴族の娘、はたまたそういった高位の息女が多い場所があるとのこと。片や平民の女子供。

 無論両者を天秤に掛けるような男ではなかった。



 シオンは人員を分散せざるを得なかったのだ。その一つを指揮したのがオウレンであり、この時シオンとは別の会場を襲撃することになった。

 幹部の中でも情報を持ち帰った山賊崩れの男がシオンの身辺警護に回り、4人の幹部の内もう2人はそれぞれ別の場所。

 最低でも3箇所が襲撃場所に追加されたことになる。



 しかし、蓋を開けて見れば追加された襲撃場所はフェイク――もぬけの殻だった。いや、そこに待ち構えていたのは非合法な人身売買をする権力者たちではなく国の兵だったのだ。

 そしてシオンは捕まり、組織は一夜にして9割近い死傷者を出した。

 生き残った者は捕縛されていく。

 幹部の一人には唯一の女性もいたがシオン同様に捕まっている。



 そしてアジトに帰還したオウレンが見た物は。



 シオンの書斎で机に両足を乗っけて組んでいた男の姿だった。

 その男は作戦の直前になってシオンに新たな情報をもたらした幹部の一人だ。



 残った者達を先導し、シオンの地位に挿げ替っていた。

 オウレンは真相を聞くまでもなく察する。この男こそがブラフの情報を流しまんまと罠に嵌めた張本人であると。



 いつかはこうなる予感がしていたのだ。それが早いか遅いかの違いでしかなく、オウレンは新たなリーダーを迎えた組織の勧誘を断り去った。

 無論、その際に何人かを斬り殺す必要はあったが。



「ハロルド。奴がお前を嵌めたことは疑いようがねぇ」



 この話を聞いてもシオンは特に思うところがない。如いて言うならば処刑場から逃げる時に見えた女性はその場だけの処刑仲間ではなく、確かに仲間だったのか、程度のことだった。



「奴は法国の重鎮と繋がってやがった。その時の標的がオルベオン公だったか」



 オルベオン公は法国内でも神官や司教とは別に領地を任されている。

 【公爵】とは法国が今の体制以前の名残だ。故に正しくはオルベオン教区司祭、または牧師と呼ばれていた。領地、つまり教区における管轄も任されている。



 法国では聖職者の位階が高い者はほとんどが首都に集められ、最高神官長が清浄される聖域の下で仕事――ミサや典礼――を行う。稀に流布のため国内を巡礼することもある。

 街を治めるのは領主であって聖職者でもあるということだ。

 


 それまで黙って聞いていたユイネが歯を食いしばるように口を引き結んでいた。

 いろいろと感化されやすそうな彼女のことだ。他人事として聞き流すことはできなかったのだろう。



「酷い! やりきれないですね」



 哀愁を込めた声音でシオンへと向けるが、当人は腕を組んでケロッとしている。

 ユイネの言葉に答えたのは説明していたオウレンだ。



「それは違うぜ嬢ちゃん。シオンはわかっていたはずだ、いずれ裏切られるとな。だから腑に落ちん」

「だとしても苦楽を共にした仲間だったんですよね」



 美しい物を見ようと――そうあるべき姿を幻視するようにユイネは縋る思いで言葉を紡ぎ出す。

 オウレンも感じたはずだ。

 ユイネという純粋過ぎる人間は何を言っても無駄なのだと――汚い物にまで綺麗な物を見ようとする。



 諸手を上げるように首を振ってシオンへと救援を求めるが、結局「ユイネは正しいさ」と含むような声が返ってきただけだった。



 そうユイネは正しい。真っ白な正義だ。世界の綺麗な部分は必ずあると信じている。

 これが何も知らないだけならば鼻にも掛けない所だ。しかし、彼女は辛い経験を経ても変わらない信念を持っている。



 だからそれはきっと正しい。正すべきではないし、諭すべきでもない。世界はそうあるべきなのだろう、とシオンも思う。

 だが、現実は違う。正しい物だけを見て生きていけるはずなどない。寧ろ汚い物を直視していかなければならないほど……この世もあのも残酷だ。

 


 オウレンは軽く鼻から息を吐きだす。



「こんなこと嬢ちゃんに言っても仕方ないが、ありゃ仲間じゃねぇ。だろシオン」

「今の俺に訊くのか?」

「確かにな」

「でも…………でも……」



 こんな他愛もない会話で彼女を追い詰めるのは得策ではないだろう。

 シオンはパンッと手を合わせて空気を一新させる。



「正しさは一つじゃない。不毛な話はここまでだ」

「だな……」



 まだユイネは納得がいっていないように翳りを覗かせている。

 彼女とシオンたちではあまりに懸け離れ過ぎている。物の考え方……いや、見え方すら違うのだろう。



 恩人にこんな顔をさせてしまうのはシオンとしても不本意だった。



「なに、きっとユイネが信じるモノはあるさ」



(俺には見ることすらできないモノだが)



 内心ではオウレンの主張こそがこの世界の摂理だと感じている。

 綺麗なだけのモノなんて見たいとも思わない。シオンが見る世界は汚く汚物にまみれていなければならない。そうでなければ視野をぼやけさせる――曇らせるだろう。



「そうですよね。きっとシオンさんの目の前にも広がる未来だと思います」

「…………あぁ」



 中身のともなっていない相槌。空返事だけを発した。

 前髪の奥に潜む瞳はそれを拒むようにどんよりと黒点の如き闇を見せている。何も映さず投影されることのない黒――染まることを許さない闇を宿らせていた。



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