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処刑から始まる神殺しの起源  作者: イズシロ
第3章 「断面の再構築」
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アセンブリーの欠片

 オウレンの案内から2件目の宿で目当ての宿を見つけ出すことができた。

 入室する前に一悶着あったことは忘れた方がいいのだろう。というのもシオンの声に胸のすく思いでドアを開けたユイネの目の前に厳めしい顔つきの大男――もといオウレンが立っていれば悲鳴を上げても仕方のないことだろう。



 こんなやり取りは些細な茶番であって欲しいと思ったのはシオンとオウレンだけで、当のユイネは膨れっ面でへそを曲げている。



「本当に追手かと思って心臓が止まると思ったんですからね」

「悪い悪い……」



 シオンは空元気を装うようなユイネに訝しんで歩み寄った。

 指で前髪を掬い、手の甲で額に触れてみるとペタッと張り付く。



「また体調が悪いのか、結構汗も掻いてるな」



 さも当たり前のように女性の発汗具合を確認するシオンにユイネは顔を真っ赤に染めてパクパクと口を開いた。



 見れば昨日のように顔色も優れない。汗は掻いているものの乾きつつある。

 昨日は一時だけのことだったが、ユイネに何かあってはいけない。



「いえ、少し気分が優れない程度なので、すぐに回復します」

「譲ちゃん、回復薬でも飲んどくか?」

「ありがとうござます。でも傷とかではないので意味がないかと」

「ちげぇねぇ」



 回復薬は主に外的要因によって負傷したダメージを癒すためのものだ。例えば頭痛や疲労は回復させることができない。同様に老化などにも効果はない。



 苦い顔で心配するシオンに顔色が戻りつつあるユイネが「こちらの方は?」と当然の疑問を発した。

 シオンも気を逸してしまい紹介するのが遅れたのだ。

 だが、その前に……。



「一先ずユイネは湯浴みでもしてこい。話はそれからだ」

「えっ!! でも……」



 チラリと細められた目が何を意味しているのかはシオンもわかる。

 この宿は【フィンテル】にある中でも一般的な宿だが、ユイネが取った2人部屋には簡素な風呂釜がある。正しくは水が大量に入った桶があるだけだが。

 一応ドアもあり仕切りが立てられる。部屋内部とは言え完全に視界を塞ぐこともできるぐらいには遮断できる仕組みにはなっていた。



 それでも質素な安宿だ。桶があるだけマシというもので遮音できるほど完璧な仕切りなどない。同じ部屋内の隅に取って付けたようにあるぐらいなのだから。

 ユイネも見たところ年頃の女性だ。男が居る中でのうのうと水浴びができるはずもない。



「俺らは部屋の外で待っているから終わったら呼んでくれ。紹介も話もそれからだな」

「そういうわけだ。嬢ちゃんゆっくりするといい」

「え、あ、はい。終わったらすぐに呼ぶから、それまでは入らない、でね」



 恥じらうように目を伏せるが、血色が悪いせいかやはり儚さを感じる。



「安心しろ。おっさんが不埒な真似をしたら紹介がなくなるだけだ」

「馬鹿いうな、女には困ってねぇよ」

「…………出るか」

「そう、だな」



 微妙な空気の中、ユイネは二人の背中を見送った。



 シオンとオウレンは壁に凭れかかりながら口を閉ざす。壁が薄いせいもあり、衣擦れの小気味良い音。しばらくするとドア越しに水が床を弾く音も聞こえ始めた。

 場所も浴室とドアが近いのが原因だろう。



 シオンは眉間を摘まむ。

 欲情を紛らわす克己心では決してない。そう、ただユイネが心配なだけだ。

 何も異常がなければ良いが。



「まぁ心配すんな、深刻なほどじゃない」

「――!! わかるのか」

「見た感じだけどな、前からなのか?」

「あぁ、とは言え逃げてからそんなに経ってないからな。昨日も苦痛に顔を歪めていたよ」

「ふむ、俺も医者じゃねぇからなんとも言えないが本人が心配ないというならあんまり深く聞いてやらんことだ」



 その意味有りげな言葉にシオンは横で壁に寄りかかるオウレンを睨むように視線を向ける。

 やはりこれは恩人対する認識の違いなのだろう。ただ命を救われたというのであれば想像に難くない。しかし、シオンの場合は数えきれない程の死の淵から助けて貰ったのだ。

 一つの命を助けることと同意なわけがなかった。



「そう睨むな、確証があるわけじゃないが思い当たらんでもない。珍しいから俺も一回ぐらいしか見たことねぇがな」



 オウレンは面白くなさそうに苦い顔をする。

 こういうことは他人がペラペラとしゃべって良い場合とそうでない場合があるのだ。

 しかし、シオンの必死な形相。もとい殺さんする瞳に仕方ないとばかりに一瞬周りに視線を走らせた。



 誰もいないことを直に確認するとオウレンは重い口を開く。



「言っとくが可能性の話だからな……ありゃ【呪い】の類かもしれない。専門じゃないからなんとも言えんがな。まぁ呼び方は様々だな」



 一重に言っても魔法具による付与効果として中には半永久的に対象者を特定の条件の元縛る物がある。これを【呪い】などと呼ぶことがある。

 もう一つは神罰による断罪。これは背信行為者に対して下される裁きだ。だがこちらの場合は本人が背信を悔いることが前提になっている。

 自ら背負う罪【神禊しんけい】と呼ばれこちらのほうが稀有な事例だ。これを行える人物が数少ないことにも起因している。



 外見から察するに【呪い】を受けるような修羅場を潜って来たように思えない。

 【神禊】は自らの不浄を取り除くために乞う。

 どちらにしてもオウレンには容易く踏み入るべきでないと思わせた。



「稀なことだ。普通に持病を抱えているということも考えられるからな、手に負えなくなったら【解呪師】にでも見て貰うしかない。もう一つの【神禊】については俺も敬虔な信者じゃないからな詳しいことは何もわからん」

「そうか……」



 重苦しい空気が蔓延している中でオウレンはチラリとシオンを見る。背の高さから丁度頭上が見えた。

 あれほど狂人に見えた男の唯一見せる人間らしさ。これは以前のシオンになかった感情だ。誰かを労り案ずる心。

 オウレンはシオンという男を探っていた。それはシオンの下に付くことと反比例しない。彼の癖とでもいうのだろうか。相手の考えを察するというのは信頼や自分を律する糧になる。

 判断ではない。値踏みでもない。

 理解しようと試みているのだ。狂人の中において人間が宿るのか。だとするならばそれが何なのか、何の役目を持っているのか。



 ユイネという女がシオンにとってどういう意味を持つのかを。



 ここまで考えてオウレンは頭を掻いた。

 以前の延長であるかのように考えている自分を自重すべきだろう。これからはまったく別の未来が待っているのだ。信頼も信用も培っていくには一からやり直さなければならない。

 これはオウレンに限った教訓でもあるのだ。

 紛い鳴りも元傭兵。その辺の賊と同じではないのだから。



 シオンが処刑されるに至った時に彼の懸念を察することができたならば違う結果になっただろう。

 オウレンは容易く裏切ったが仕事はこなす。彼が捕まればそこまでだったが、捕まる前に自分が傍にいれば裏切るという選択はない。

 要は組織として瓦解し、シオンの救出に賛同する者が誰一人いなかったため諦めたにすぎないのだ。そこまでだった。



 元々やり方が気に喰わなかったこともあり悩むほどの事でもない。

 だが、今回はそれではダメな予感がしていた。シオンの言う神殺しなんて不可能に近い夢物語りでも、現実に成そうとすれば国すら敵対するだろう。

 今までのようにやり方云々で着いていける覚悟ではない。だからオウレンは見極める、自分の進む道を……着いていてくには運命共同体でなければならないと直感が告げていた。



 


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