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処刑から始まる神殺しの起源  作者: イズシロ
第2章 「物語る素性」
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 「は?」という頓狂な声を上げたオウレン。

 彼の問いがそれで解消できたわけではない。逆に混乱するほどの衝撃をもたらす。



 あまりにも奇妙な話だ。記憶を失くして自分に匹敵――いや、凌駕する力を手に入れたなどと信じることはできなかった。



「記憶を…………だとしてもお前が俺の能力を知っているのはおかしい」

「と言われてもな」



 困ったように頬を掻くシオン。

 一方的な質問権を握っているのはシオンであってオウレンではない。それをわからせるために一つの問いを解消させるべきだろうと周は先ほどの問いに対する答えを促した。



「で、知っているのか」



 肝を冷やすような声音にオウレンは自分の立場を弁え、コクリと一つ頷く。



「俺がお前の下に付いていたのは2年程度のことだがな」

「それで十分だ」



 周はシオンという身体に付いて情報を仕入れる機会を得たことに胸を撫で下ろした。まだ気を抜くのは早い。彼の口からどんな事実が発せられるか、それによってこの力の正体が掴めるのだから。

 だが、こんな所で長々話している暇はない。街に残して来たユイネも心配ではあるのだ。



 その前にシオンは旧友というこのオウレンに付いて考えていた。



(こいつは強いのか?)



「オウレン、お前はどれくらい強い」

「はっ、俺に勝てる奴はそうはいねぇ」

「俺は勝ったけどな、それに見たところBランクだぞ」



 オウレンはあぐらを掻いて毅然と腕に巻かれるプレートを一瞥する。そして鼻で笑う。



「こんなもんに興味はねぇ。俺は強い奴とやれりゃあそれだけでいい」



 シオンの中にいる周はほくそ笑む。

 この世界のことについてももっと知っておくべきだろうし、何よりシオンを知るこの男は役に立つ。

 だが弱い奴を引き連れているなんてまっぴらご免だった。



「俺は記憶を失くしているからよくわからないが、他のBランク冒険者はカスも良い所だ。オウレンで大体どれぐらいの実力がある?」

「さぁなSSランクの冒険者には合ったことはないがSランクも中々歯ごたえがありそうだったな」



 近くに刀が転がっていても拾う気配はなくオウレンに抵抗する意思がないのが窺える。

 両者とも今の今まで死闘を繰り広げていたとは思えないあっさりとしたやり取りだった。

 気の合う者同士が談笑しているようにも見えるほどに、ただ周囲に漂う濃い血臭ばかりは拭えないのだが。



 オウレンはこの後シオンが殺さないと発したことに随分食い下がってきた。

 死ぬというのにこれほど怒られるのも可笑しな話だが、当人曰くプライドがあるようだ。彼は死に対して何も思わなくもない。自分のしてきたことを正当化するわけでもない。

 ただ時の流れのように強い奴に敗北して死んでいくのだとそう決めていた。

 そうなるべきなのだと。



 強敵を超えて越えられて行く研鑽の中でそれまでの人間だったと以前から言い聞かせてきたのだ。だからこそ前線で生き抜いてこれた。



 そこまで聞いたシオンは断固として拒絶した。その代わりに。



「また俺の下に付け。以前の俺がどうだったか知らないが、今の俺はお前を退屈させないぞ」



 差し出される腕にオウレンは訝しみの視線を向ける。

 だが、逆にプライドが高いのが裏目に出たのかはわからないが、オウレンは渋々言葉を発した。



「どうせ死んだ命だ。使いたきゃ使え……だがまたつまらないことをするなら俺は俺の道を行く」

「それで構わない」



 手を掴むオウレンはやはり合点がいかないように顔を顰めた。

 それはあれほどの強さを誇っていても彼の知る以前のか弱い手をしていたからだ。剣を握るためではなく屈強な拳をつくる為でもない。卓上で計算する手だ。



 オウレンは立ち上り様、キリッ視線を向けた。



「で、お前の目的は? また以前みたいに慈善活動でもすんのか? それとも捕まった腹いせに喧嘩でも売るか?」



 その言葉にシオンは大口を開けて笑った。

 そんなもの決まっている。今更口に出すまでもないことだ。死を免れてから何も変わらず、これからも変わらないたった一つの信念――誓いだ。



 オウレンはそんなシオンに奇怪な物を見るような視線へと変えた。



「目的は最初から決まっている。神を殺す、それだけだ」

「はっ!?」



 あんぐりと口を開け放ったオウレンは一拍置いて釣り上げるように口を歪める。

 彼の中で何かが決断された瞬間だ。



(確かに以前のシオンじゃねぇな)



 どこまでも現実主義のシオンはそんな夢物語を決して語らない性格だ。これだけ信仰が根強いこの世界で神に反旗を翻すなんてことは誰もしない。

 蛇の道は蛇。

 いや、それを超えて行くイカれっぷりだ。

 いつの間にか肩口を裂かれた傷は痛みを消失させて血を止めていた。



「いいじゃねぇか。楽しめそうだ」

「あぁ、最高に楽しいとも」



 バサッとマントを翻したシオンは天を仰ぐ。そして高まった高揚を一瞬で鎮火させると。



「怖気づくなよ。血の雨が彩る混沌とした世界に」

「ハンッ、くだらねぇ、お前こそ途中で止めますじゃすまさねぇからな」

「あぁ、済まされねぇ~よ」



 オウレンは神がいるとは信じていない。それでもこれから滾る戦いの戦火に巻き込まれていくことに対して首を横に振ることはなかった。



 シオンはこれまでの事を詳細に語って聞かせる。

 それに対しての返答は「そんなことになったんだったら俺もいきゃあよかった」というつくづく期待を裏切らない男に満足していた。

 思いのほか早く雑木林を抜けたのはそれだけ話すことが多かったからだ。僅かな間だったが建設的な話ができた。予想外だったのはオウレンがただの脳筋ではないということだろう。一つの収穫ではある。



 その中でやはり気になる言葉をオウレンは発した。



「記憶を失くしたってことはだ、ついに真相はわからないままか」

「何がだ」

「お前が馬鹿……いや、以前のお前が馬鹿みたいに人数を集めて盗賊やら権勢を振るっていた権力者に盾付いていたことだ」

「そんなことはただの善人で馬鹿だっただけじゃないか?」

「あんなぁ、仮にもお前だぞ」

「前は前だ。今とは別だろ。だからお前が付いてきている」

「いや、そうなんだけどよ」



 おかしなことになったとオウレンも理解している。同じ者に仕えているのにまったくの別人を相手にしているような違和感があるのだ。



「前のお前は義賊まがいな活動していたんだよ。本当なら討伐隊が組まれたりしてすぐに壊滅するんだが……そうはならなかった。お前の頭脳は常人の域を超えていた。いつも命の掛かった頭脳戦じゃ負け知らずだったからな。その辺は誰もが認めていたさ。だからこそ解せん」



 往事を追懐するように剃ったばかりの顎を擦り。



「あれだけの頭を持っていながら集めてくるのは賊や冒険者崩れ、俺みたいな傭兵もかなりいたしな。そうなれば必然的に内部分裂が起きる。血の気の多い奴はすぐに牙を剥く。剣も碌に握ったことがないような奴がすることじゃねぇ。でかくなればなるほど裏切る奴が出てくる。だからこんな目に合うんだぞ」



 窘めるように言うが、今のシオンには身に覚えもないことだ。

 それがわかっているのかオウレンの言葉も弱々しい。



「で、お前はその真相を聞けずにいたと」

「いや、真相じゃないが聞いた。だがお前は決まってはぐらかす。これでいいと言ってな」



 シオンは考えに耽っていた。

 確かに不自然だ。そんな連中を集めれば力のないトップはいずれ失墜する。それがわかった上で集めたのはそうすることでしか戦力を確保できなかったとも言えるが、オウレンが言うようにずば抜けた頭脳を持っていたならやりようはいくらでもあったはずだ。



 しかし、今となってはその真相も闇の中なのだが。



「俺がお前に教えた護身用の技術も結局は自分を守るためだと言いやがる。どうなってんだか。そんな力を隠していたってんならわからなくもないが、訓練どころか2年の間垣間見ることは一度としてなかった。正真正銘お前は弱い……弱かったはずだ」


 

 断言するオウレンの腕前は見たばかりだ。

 そんな者が言い切るのだ、御世辞にも褒められた物ではなかったのだろう。

 だとすると今のシオンは異常としか言えない。



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