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処刑から始まる神殺しの起源  作者: イズシロ
第2章 「物語る素性」
23/38

誰何

 シオンが鷹揚とそんな言葉を発した。

 今、オウレンとの間で戦闘が行われているはずだ。しかしシオンはまだ死闘の舞台にすら立っていない。

 それは圧倒的優位を裏付ける。



 以前のシオンを知るオウレンは、まったくの別人を相手にしている。そう感じさせ一瞬の油断さえ命を落としかねない状況だと言い聞かせるように気を引き締めた。

 それでもこれだけは口から零れてしまう。



「お前、本当にシオンか」

「クククッ……どうだろうな。俺がシオンか、そうだとも違うとも言えるな。以前の俺が誰だろうと今お前の眼の前にいる俺は、俺だ。不服か?」



 オウレンは刀を真正面に構えた。流れる一筋の冷や汗、この緊張感を待ち望んだというように微笑む。



「いいや満足だ」

「何よりだ」



 シオンは今度はこちらの番とばかりに間合いを一瞬で詰める。

 それはオウレンの刀の間合いへ踏み入ったことをも意味した。



 反射的に振り下ろす刀は初動からして全力の速度が発揮される。振り被る動作を省略する技術はオウレンの十八番と言える技だ。

 オウレンはこの技を【瞬光】と名付けている。

 一瞬の刹那全てを置き去りにする速度。波紋が瞬いた時には何もかもが遅い。



 遅いはずだ。

 だが意図も容易く紙一重でかわされる。オウレンもこれを予想していた。

 縦の振り下ろしに対してシオンは半歩分横にずれている。



 オウレンの刀は地面をも粉砕する勢いだったが、地面に触れる直前刀が翻り【レ】の字になって振り上げられた。

 同じ速度。物理法則を超えた領域、一切の減速なく刃がシオンに向かう。



 ここまではオウレンも想定していた。しかしこれはさすがに避けられまいとそう確信を持つ――その刹那。



「――!!」



 振り上げるための腕が意志に反して真横に引っ張られる。

 それももの凄い衝撃が刀から握る手を痺れさせるほどに。



 しかし、何があったかの確認よりも優先すべきことがあった。命危機、そう直感させられる。

 眼の前ではシオンが長髪をふわりと舞わせながら手刀を形作った腕を引いていたのだ。無手であろうと第一線に身を置いてきたオウレンの嗅覚が、あれはやばいと必死に覚らせる。

 刀は弾かれたように無防備、今から【瞬光】で戻してもあれを受け切れるのかがわからなかった。

 そうわからなかったのだ。



 死闘においてわからないは致命的な危機感の欠如。オウレンはそれを実戦で嫌というほど味わってきたし味あわせてきた。

 だから歯を食いしばる。受けるためではなく躱ために。



「チッ!! 【不動流】!!」



 自分を中心に最大5メートルまでの時間をコンマ数秒遅らせる。

 たったそれだけのことだったが生き死にが掛かった戦いでは何よりも重大なミスになる。

 ここで重要視すべきはコンマ数秒ではなく、遅らせるということにあるのだ。それこそが勝敗を決する刹那では致命的な損害となる。



 オウレンはこれを使うことを封じてきた。いや、正確にはこれすら使う必要がなかったというだけの話なのだが。

 しかし【不動流】はオウレンが勝つための必勝アビリティだ。もちろんこれを生かすために剣の道を究めたのだ。結果は言わずも【不動流】がなくとも無敗。

 今までに使ったことは数回。これにも欠点があり同じ相手に多用し過ぎると効力が弱くなる。

 だが、どんな状況だろうとオウレンは回避するために使ったことは生涯で初めてのことだった。



 オウレンを除いた全ての時間が一瞬遅延される。

 言葉を発した直後にはシオンの手刀はオウレンの左肩に触れるまで接近していた。

 やはり、そう思わせる人間を超えた動き。使わなければ左腕をごっそり持っていかれただろう。



 時間が動き出した時オウレンは真横に飛び退っていた。

 左肩はぱっくりと裂かれたような傷ができている。



「何かしたな」



 シオンは面白そうに顔だけをオウレンに向けた。

 時間の遅延。それそのものに気付けただけでも相当な使い手だ。本来ならば遅れたことにも気付かない。しかし、今相手の表情は確信を持っての感想だ。



 オウレンは左肩の傷を労らず、開閉させて動くことだけを確認した。

 【不動流】を使っても完全な回避をすることができなかったのだ。その結果に対する衝撃は大きかった。

 と同時にオウレンに躊躇いはなくなったとも言える。寧ろこの反則に近い能力アビリティを使っても問題はないということだ。


 

 それはシオンに攻撃されたことに起因している。彼を強敵と判断せしめたのだ。

 オウレンの【瞬光】による斬り返しを弾くという体験したこともない衝撃。脳内をフル回転させて考える。

 【瞬光】による二段構えの斬り返しは一切のタイムラグを生じない。どのタイミングで刀の横合いを叩くことができたのか。

 すでに常人では到底不可能な現象なのだが、それしか思い付かなかったのだ。



 仮に……万が一できたとしてもどのタイミングで斬り上げるかが分からなければ絶対に刀を捉えることはできないと断言できる。

 できるとすれば……。



(刃を返した瞬間か……)



 タイミングを計るとするならば【レ】の字に斬り上げる瞬間、手首を返し一瞬で刃先と背を入れ替える。

 わかっていても……見えていたとしてもできる芸当ではない。

 その瞬間を狙って足で弾いたのだろう。



(こりゃすげぇ)



 ここまで全力を出せる相手は数少ない。しかも相手は無手。身体能力だけという異常な事態でもオウレンは冷静に、確実に殺すことだけを考える。

 シオンに何があったのかはわからないが、自分に匹敵する強さを隠していたことを素直に喜んだ。



 腰を落とし切っ先を足元へと落とす。

 一瞬の隙も与えず全力で迎え撃つ。全てを出し切ってこその戦いだ。力は同じ、いやオウレンのほうが分が悪いか。



 ならば尚更全てを出し切るべきだろう。



 いらない力を全て抜く。自然体とも言うべき極致。刀を走らせるために最適化された状態へとなる。

 関節からの連結。しならせるような一瞬の爆発を脳内でイメージした。

 鞭の先端は力の集約する点として音速を超える。それに近いことがオウレンの身体でも起こせるのだ。





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