蛮勇再び
「これが魔法具ってやつか」
男の首から紐を通しただけの指輪を引き千切る。
これで逃げることはできないはず。シオンは指輪をしげしげと見つめるとそれを一端ポケットへと収めた。
「握力もハンパないな、というか本当にこいつらBランクなのか」
腕に付いているプレートを疑わしそうに見つめるが翠色のヒスイがちゃんと付いているのだから疑いようもないのだろう。
まだ魔法師の男は死んでいない。骨は複数箇所折れているだろうからそう長くはないのかもしれないが。
「本当に脆いな、さて次は何をしようか」
そう考えても案外試すことは少ないのかもしれない。
もっといろいろと試すことはあるのだが、腕力に握力、敏捷力、身体的な性能はこれ以上測りようがない。それだけでできないことがないと想像できてしまう。
「どうせだから脚力も試してみるか、ほら立てるか?」
ぐぅとかあぁぁと言った苦鳴しか返ってこず周はなら仕方がないと頬を掻いた。
そして男の背中の上で高々と足を上げる。
ドンッと地響きが雑木林全体を揺らしたと思わせた。木々がハラハラと葉を落とす。
やはりこの程度では腕試しにもならないようだ。良かったのか悪かったのか、さすがにこの身体能力に勝る者はいないと思うが。
それでもこの世界のことについて何も知らないと下手を打って復讐前に死んでもおかしくはない。
「それにしても魔法か……」
何故だろうという疑問は先ほど男が放った空気弾にある。
躱こともできたのにわざわざ受けたのはその魔法がどういう物か知っていたからだ。その上でこの身体なら耐えられると理解していたからだった。
解せないが指に嵌められている指輪を見た時になんとなく頭の中で起きる現象が映像化されたのだ。シオンの記憶が混濁して周と混ざっているのか。
周は身体能力については粗方把握できたため、次に取り掛かるのはやはり内側だろうと唸るように決めた。
「ただ内側って言ったってどうすりゃいいんだ?」
そんな一人言を呟いていると、シオンの感覚でもう一人こちらに向かってくることに気が付く。
「また待つのか……」
どうせやるなら一斉に消しておきたかったが中々うまくいかないものだと、遠くを見つめるようにため息を吐く。どの道目撃者はいないほうがいい。
しかし、周の予想通りにはならなかった。
予想以上に近くまで来ていたようだ。周が驚いたのはもっと遠くから察知できるはずなのに気が付いたのは雑木林に入った辺りだった。ここからでも城門付近を未だ多くの人間が往来しているとわかる。
その者は時々止まってはゆっくりと近づく。そんな来るような来ないような気配だった。
それに先ほどの連中からした獣じみた殺気をまるで感じない。
死体でも物色しているのか、それとも周が待っていることを知った上で余裕を見せているのか。
ただわかることは。
(明らかにこいつらより強いんじゃないか?)
木々の合間から男が姿を見せたのはそれからすぐのことだった。
「おうおう、ハハッ随分派手にやれてやんの、情けねぇ奴らだぜ。こりゃ髭を剃ってる場合じゃなかったか。いや身嗜みも大事だしな」
ふ~むと綺麗に剃られた顎を擦るが本当に後悔しているようには見えなかった。
事実――。
「まぁ、こいつらが下手を打ったってことだな」
男はかつての仲間だった死体を見ても眉を上げる程度で済ませた。それは感慨ではなくその死に様が不可解だったからだろう。
魔法とは違う。まるで人間の身体よりも遥かに巨大で凶悪な力の持ち主。だが、この場に立っている人間を見れば「それはないな」と自嘲気味鼻で笑う。
腰に下げられている無骨な剣、それを周は僅かに湾曲していることから刀だと推察する。
男は冒険者というにはゴロツキのような格好だった。胸当てもなくシャツを着込んだだけの街行きの装いだ。
シャツの胸元が開いておりそこから引き締まった胸板が覗く。
無駄な筋肉がなく鉄板のような引き締まり方をしており、逆立てたような灰色がかった短髪は少し老けて見えた。
男は仲間に向けていた視線をシオンへと上げてやれやれと言った具合で肩を竦めた。
「本当に生きてやがったとはな。お前のことだ、てっきり雲隠れしてると思ったがノコノコ出てきたんだ狙われるのは当然だわな。で、こいつらに何をした」
「さぁな、お前が確かめてみたらどうだ?」
周のその言葉に男は目を見開いて鼻で笑う。
「お前がそんな冗談を言うなんてな、てめぇのクソみてぇな実力で良く言うぜ。とは言え確かに俺も今は冒険者だ。最近は魔物ばっかでつまらなかったが、まぁかつての仲間を手に掛けるのも悪かねぇ」
(かつての仲間? そうかこいつ……)
思いもしない収穫に周の頬が上がった。
「お前には聞きたいことができた。殺さないように手加減してやるが、間違って死んでも恨むなよ」
この男の腕にもBランクを示す【ヒスイ】のプレートがある。だが、そんな単純な評価で一括りにできないのはすぐにわかった。
さっきの連中が束になってもこの男に適わないんじゃないかとさえ思える程の実力が見ただけ伝わってくるようだ。
「てめぇがそんなに死にたがりだったとは知らなかった。素直に処刑されていればよかったものを。ご自慢のお頭までおしゃかになってやがったか」
腰を落とし刀に手を添える。
周はこの感覚にゾクリと背筋に緊張感が走った。これから殺し合おうというのにまるで殺意がない。というより内に留めている。
そのせいなのか周囲は静けさがおり、時間すらも緩慢に動いているような錯覚が起きた。
自然と湧きたつ高揚。
周は戦闘が始まる前に、と軽快に口を開いた。
「そうだ、殺した時に誰だかわからないのも面倒だな。おっさんの名前を教えてくれ」
この質問に怒りは逆に鎮火したように見せた。まるで不思議な物でも見るかのようだ。それもそのはず、以前は結構な付き合いだったのだ。シオンの元で偽善者の真似事をしていた時には。
いくら頭がおかしくなっても名前すら覚えていないとは、逆に哀れになってくる。
あれほどの知才が……と男は考えシオンの顔を見る。
ならばこの惨状は何をどうすればこうなったとさえ思えてきた。男の知るシオンならば準備さえできれば生き残る選択を優先するし、Bランクでも運がよければ勝てるだろう。もちろん手練手管を用いてだ、シオンの力だけでは100%打開することはできないと言い切れる。
だからシオンが真っ正面から対峙するとは思えない。
本当に同一人物かと男は思ったが、シオンは元々目を付けられていた。それで捕まったのだから処刑前に相当手ひどくやられたのだろう。
「どうせ死ぬんだ。いいぜ、最後に殺した相手の名前ぐらい知っておきたいだろう。俺はオウレン、オウレン・アミクロウス。お前には何回言ったか忘れたが俺はおっさんなんて歳じゃねぇ」
「オウレンか」
周は無視して口にしてみるがやはり聞き覚えのない名前だ。そもそもこの身体になってから1日しか経っていないことを考えれば、聞き覚えがあるというのもおかしな話なのだが、シオンという男がこのオウレンと関わりがあるのは確かなようだ。
正直言えば復讐するのにどうでもいいことだった。しかし、自分の状態を知るためには必要な情報だろう。シオンの過去の情報は知っておくべきなのだ。
だが、周はそう思っても殺してしまったらそれはそれでいいとさえ思っている。
「相変わらずイライラさせる奴だ」
オウレンはそう悪態を吐きつつも刀を添える手は柔らかい。
「もういいだろ。てめぇの茶番に付き合ってる暇はねぇんだよこっちは。お前の首にはそれなりの懸賞金が掛かってるからな。金に興味はないがあって困るようなものじゃねぇ」
「いいぞ、俺は手ぶらだ。いつでもどうぞ」
鷹揚に隙を見せるシオンにオウレンはピクッと眉を上げ内心で「そうかよ、だったら死ね」と言って一歩踏み込んだ。
刀が僅かに刀身を見せ、一歩で周の眼前まで一気に迫る。
そこでオウレンは姿勢を低くして身体の捻りに合わせて刀を抜き放った。ただの居合だがこの速度で初撃を受けれた者は指の数ほどもいない。それほどに剣技には自信がある。
しかし、オウレンは確信を持って刀を抜いた瞬間――。
真下へと向けられたシオンの眼と合う。
(――!! こいつが俺の速度を視認できるわけが……)
背筋を不吉が走ったが、もう動きだした一閃を止めることはできない。オウレンは鍛錬を重ねた動作で真横に振り抜いた。触れれば甲冑を着けていようとも真っ二つだ。
そんな不吉と一緒に放たれた一撃でも万全な状態となんら遜色ない速度で鞘から滑るように走る。
ただ結果は不吉が告げた通りになってしまう。




