死を彩る抵抗
「ゴホッ…………」
口から大量の吐血。
魔法で身体を防護し【相殺】でどんな攻撃だろうと防ぎ弾けるはずだった。しかし、シオンの腕は盾を貫き的確に男の胸を刺していたのだ。
「馬鹿な!!」
リーダーも彼がガーディアンとして仲間を守る技を熟知している。今までも物理攻撃であれば全てを文字通り相殺してきたのだ。
技を凌駕するのは並みの人間では不可能だと断言できる。技と技であれば練度と威力、そういった卓越した境地での優劣は存在するが……今、相手をしているのは生身の武器も持たない人間だ。
リーダーは一瞬の間にもしかするとこれがシオンのアビリティなのかもしれないと推察するが。
「本当にすごいなこの身体は……」
「なっ……」
言葉の意味まではわからなかったが、身体能力だけで盾を突破し胸を貫いたということに愕然と喘ぎをもらした。
その間にシオンは胸に刺さった腕を引き抜く、虫の息だろう男が倒れるころにはリーダーの眼前へと一瞬で移動していた。
「――!!」
勝てる訳がない。
リーダーは背中を向けて走り出してしまった。
今まで化け物という化け物と戦ってきたが、その中のどれにも勝る化け物だと直感してしまう。頭で考えるよりも身体は正直だった。
後方で魔法を使おうと手を突き出す仲間。魔法は魔法師としての適性もあるが基本的に魔法具を使用し、魔法具に含まれる固有魔法だけを使用できる。彼のように指輪型の魔法具は用途として防御系が多い。
仲間に逃げるよう合図を出さなければ……そう思うが、紡ぎ出す前に新たな魔法がリーダーの身体を包む。
「【魔法耐性防護:マジック・レジスト・プロテクト】【魔法効果軽減:マジック・エフェクト・ライト】」
「ち、違う! 魔法じゃ――!!」
間近で見聞きした彼にだけわかる。あれは魔法を併用したから起きた事象ではない。そう思いたくなるのもわかるが……言葉を発し終える前に圧迫感に襲われた。
以前にも似た経験をしたことが彼にはある。魔物との戦いの際に油断して死に掛けた時、それとまったく同じ感覚に、弾かれるようにして振り返ると。
目の前に振る被られた両拳があった。互いにがっちりと組み合わされ、それが頭上に持ち上げられている。
仲間の盾が貫かれた所さえ見なければ、悪くても気絶程度で済むだろうと軽視することができるが、今の彼では到底楽観することなどできなかった。
それどころか殺されると冒険者としての予感が宣告として大音量で警鐘を鳴らす。
「いっ――」
瞬間――爆発音じみた打撃音が起き、落石にでもあったように全身が潰れる。
地面に埋まり人間としての原型は留めていなかった。大型の魔物にでも踏まれたような一撃。
――そんな惨状を見た魔法師が喉から捻り出すようにして呻く。
「ヒッ――!! なんで魔法が……」
周は意に介さず改めて自分の身体について意見を述べる。
「半分ぐらいの力でもこれか……逆に怖いな、別にいいけど」
腕試しというには余りにも懸絶した実力差だ。相変わらず戦うための全てが集約されているような肉体だった。
生身で武器を持った相手に立ち向かってもなんてことはない。負けるなんて微塵も考えなかった。
寧ろどう躱か、どう反撃するか、そういった思考が多すぎて、考え過ぎたため僅かな時間でも可能な武器を壊すという選択を取ったまで。
その後の展開など嗜好次第といった所だろうか。せっかくなんで殺しても構わない連中を相手にいろいろと試してみたわけだ。
結果は言わずも碌に試すことができなかったのだが。
そして最後に一人いることに気が付く。
「そうだった。まだいたいた。もう一つは試せれるな。しかし一つか、制限されると何を試すか悩みどころか……そうか、そうだ君が頑張ってくれればいいんだよ。一回でも長生きしてくれよ。かわしても構わない」
周は無邪気な笑みを浮かべる。
それは死が確定した戯れ程度の実験。
そう魔法師の男に思わせた。
仲間が全員死に、彼もまた命の危機に晒されている。後衛としてチームに組み込まれた彼には接近戦など向き不向き以前に経験事態が浅い。
助けを求めるように周囲を窺うが、閑散と静けさだけが不気味に漂う。
考えるように歩み寄るシオンに男は震える。心底震えだす。こんな足では逃げることもままならないだろう。
しかし、後衛として彼には一つの撤退するだけの魔法がある。それが唯一心の支えだった。
「ん? 無抵抗か?」
あと一歩でも近づけば手が触れられる距離。
魔法師の男は俯いて機を待つ。逃げることは逃げられるだろう。仲間にも教えていない魔法だがこれぐらいの保険は各自で持っているものだ。
しかし、仲間がやられ何も感じないわけではない。だから最後の最後で一矢報いる。そう男は決意していた。
そして――。
指を一本突き出す。第一関節にはしっかりと斑模様の指輪が付いている。
そして指先から放たれる圧縮弾。ドンッと鉛玉の如く空気の塊が射出された。
甲冑のような硬質な物に当たれば衝撃だけだが、生身の部分に当てれることができれば軽く骨を砕く。この魔法の欠点は貫通性がないことだ。その代わり触れた直後に圧縮された空気が爆発的に衝撃となって奔流する。当たり所が悪ければ人間であれば殺せるだろう。
「死ね! 【空気弾:エア・ショット】」
そう男の指先は顔面に向けられていた。
刹那の着弾。空気弾だけあり視覚では捉えにくい。
シオンの首が跳ね上がり真上に向けられた。やったと確信するにはまだ早い。それでも男は内心で「一矢報いたぞ」と咆哮を上げていた。
後は仲間の剣を借りて止めをさせばいい。最終手段として考えていた逃走用の魔法は使う必要がなかった。そう思っていた。
「結構、結構……」
「――――!!」
上空に向けて発せられた言葉に男は一歩後ずさる。人間が空気弾を受けてダメージを受けないなんてことはありえない。確かに威力的には弱い魔法ではあるがそれは魔物を想定して言われているだけで、人間相手ならば十分凶器だ。
「それでこそこっちも徹底的に殺してやれるというものだ」グンッと巻き戻されたように首が真正面へと戻った。
殺すどころか、気絶すらしていなかったのだ。
軽く顎を擦っていても赤くすらなっていない。
「ば、化け物がっ!!」
そんな悪態しか吐くことができなかった。まるで種族が違う。身体能力が高い種族は確かにいる、だがこのシオンという男は処刑場から逃げてきた紛れもない人間だ。
男は内心で自分に警告を発した。
(まずい、まずい、なんだこいつ。ダメだ早く逃げるしかない!)
普段から指に付けているわけではないため、指輪型の魔法具は首に下げられている。慌てて首から露出させると魔法名を叫んだ。
「り、り、【離脱:リーヴ】ぅぅぅう!!!」
方向さえ決めてしまえばそこへ向けて吹き飛ぶという危険極まりない代物だが、その速度や必要性から考えてもしもの時に大枚叩いて買っておいたのだ。
着地の際は慣性制御が働くため大怪我をすることはない。ただ突発的に身体に掛かる負荷に耐えられればだが。
男の身体が地面から離れた直後木の上を超えるように弧を描きながら弾け飛ぶ。彼は飛ぶ方向だけを見据えていた。
これで逃げられる。一先ずは安心だと。
しかし、過ぎていくはずの景色は止まっており、一向に木の上にでない。確かに浮いているはずなのにその場で止まってしまっていた。
そして振り返ると。
「おい、どこに行くんだ?」
「放せえぇぇぇ!!」
足首をがっちりと掴まれていた。魔法は発動しているにも関わらず対象者以外からの異常なまでの力が加わり微動だにしない。
次第に握力が強まり、男の細い足首は容易く折られた。
「ぐああああぁぁ!!!」
「逃がさない」
「やめろぅ、放せ!」
もう片方の足で蹴り出そうとするが、直前に身体を引っ張られそのまま地面へと叩きつけられた。
顔面から地面に打ち付けられ、鼻が折れる。肺が圧壊するように呼吸ができずに男は悶えた。




