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処刑から始まる神殺しの起源  作者: イズシロ
第1章 「芽吹きの狂花」
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世界の理

 周はユイネを担ぎ2時間ほど歩いていた。後数時間もすれば夜が明けるだろう。

 ここまでをずっと二人は――特に周にとっては知識を蓄えるのに十分な会話を交わしていた。驚くことに知らないことがないのか、と思うほど質問に対してある程度明確な答えが返って来た時には随分と訝しんだものだ。



 本格的な勉強をする前に仕入れられる知識としては満足のいくものだった。ただ……周は――いや、シオンなのかもしれないが、どれも初めて聞く内容だったのに関わらず記憶を掘り起こされているような感覚に見舞われていた。

 どこかで聞いたことのあるような。

 何よりもこの世界では魔法なる物があることにそれほど驚きがなかった。それだけじゃない。魔法が魔法具を用いない限り使用できないことを既知として知っていたのだ。

 魔法具を用いず使えるのは経験に基づいて得られるアビリティによることも連想するように思い出す。



 ユイネはそれほど驚いていなかったが、これはシオンという人間がこの世界で生きていたことを彼女が知っているからで、記憶が無くなろうとも全てでないことを知っているからだ。

 そうでなければ言語も通用しないだろう。

 周はこれまでの処刑で会話が成立していることから特に疑問にも思わなかったことだが。



 周は自分が自分でない、そんな焦燥感に駆られたが復讐を成すために遠回りはないと言い聞かせるしかなかった。

 やはり早急に調べるべきはシオンの身体なのかもしれない。ほぼ丸一日活動して眠気もないというのは些か不安になってくるというものだ。



(参ったな、身体は完全に馴染んだがこいつ本当に人間か?)



「シオンさん?」

「あ、ごめん。なんだっけ?」

「シオンさんが聞きたいって言ったんですからね」



 剥れながら窘める姿はどこか遠い記憶をも呼び起こしそうになる。

 そして、すぐに表情に出てしまうユイネを見ていると何故か心が洗われるような気になるのだから不思議な女性だ。



 周は横目でチラリと見ながら「悪かった」と告げた。彼女は数分前に自分で歩くと言い出し顔色も良くなっていたので今は足元に気を付けながら横を歩いている。



「ふ~ん、シオンさんは悪かったで済むことと済まないことを覚えるべきです!」



 こんな冗談めかしたことを言うが、周は以外に根に持つタイプか、と今後言動には気を付けようと思うのだった。

 そしてユイネは軽く目を伏せて片手で肘を抑えながら指を一本立てる。



「それでですね。人類史では300余年前の種族間抗争で頂点に立ったわけなんですよ。ですので人類の生存域はかなりと言っていいほど広く、他種族は今も小さな領土を維持しているんです。ただこれは昔の話で、現在は種族間による差別を撤廃する方向になっています。それでもたった300年ほどですから確執は早々消えるものでもありません。今も友好的とは言えませんね」

「そういうものか……」

「えぇ、残念なことです」



 本当にそう思っているのだろう。ユイネの顔は悲壮を湛えていた。

 純粋な心を持つ彼女だからこそ周は恩人ということを抜きにしても警戒なく話せているのかもしれない。



「で、でもですね。でもですよ。少数ですが人間と共に生きている他種族もいるにはいるんです。国は認めていませんが、彼らを掬い上げるシステムがあるんですよ……それが冒険者なんです」

「冒険者? ――!!」



 そう問うのと同時、周はユイネの前を手で遮った。

 敵意のような感覚を気配で察知した周は落ちついた様子で前方の暗がり、更に奥へと目を凝らす。



「シオンさん?」

「何か来るな……」



 人間のような感じじゃない、鼓膜を微かに振動させる軽い足音、それが無数に地面を叩いている。それなりの速度……次第に息遣いすら聞こえてくるようだ。



(獣か……完全にこっちに向かって来てるな)



 周はユイネをひょいっと抱え上げて木の枝に向かって跳躍した。こんな薄暗い中で何かが来るという恐怖にユイネは幹にしがみ付いて周を見た。



「何が来るんですか?」

「さぁな、でも俺らを狙ってきてるのは確かなようだ」

「ちょ、シオンさん!!」



 枝から飛び降りた周はタンッと軽やかに降り立つ。風を切るような音が群れとなって唸り声と共にこちらに向かってくる。

 


 そして木の間を器用に走ってきた何かはそのまま周の周りを通り過ぎ旋回、その流れのまま一体が跳びかかって来た。

 狼のような体躯に黒い毛並み、獰猛なまなこ、地面に食い込むほどの長い爪、そして唾液を撒き散らした口には不揃いの犬歯がびっしりと並んでいる。



「バトルウルフッ!!!」



 そんな言葉が頭上から降ってくるが周は今まさに飛びかかられているのだ。聞いてはいたが返事を返す間はなかった。

 それでも微動だにしないシオンにユイネが危殆を乗せた悲鳴を発するより早く――空気を裂くようなヒュンッと聞き慣れない音が鳴った。



 上体を横に傾けたシオンの足がバトルウルフの首を吹き飛ばす。



 つい反射的に蹴ったため力加減が出来なかった周はまた彼女の前で同じことを繰り返した。ユイネができるだけ楽にして上げてと言ったのは何も人間に限った話ではない。

 要は残酷なことをするなということなのだろう。



 周としても力加減は学んでおいて損はない。やはり振り回されるのはこの身体だ。厄介なのは咄嗟の判断だろう。これは対人に限った戦闘向けの思考じゃなかったというのは収穫だが、シオンの脳は相手を殺す最前の方法を瞬時に弾きだす。

 それを選択するのは周だが力加減と相まって中々に難しい。



 ざっと見ただけでも15匹はいるだろう。



(練習にはちょうどいい)



 今度もまた頭上から心配する声が投げ掛けられた。



「だ、大丈夫ですかシオンさん」

「問題ない、それよりあまり見ない方がいいぞ。できるだけ楽に殺してやりたいが力加減が上手くいかない」



 ユイネは殺すのは確定なんだと少し悲痛に顔を歪めたが、外で魔物、モンスターと遭遇して逃げようとすれば背後から攻撃される。そんな命の駆け引きを彼女は知らない。

 ただの村娘に理解しろというのも無理な話だ。



 周自身も身体がそう判断するのだから理解という意味では現在進行形で学んでいるということになる。

 狩る側と狩られる側、それを決める力量差は圧倒的だ。無論力だけが命の駆け引きではないが。



 それを本能的に理解したバトルウルフはやはり野生の感が冴えているのだろうか。引く気配がないことからも所詮は獣なのだが。



 ユイネは言われた通り幹にしがみ付いて顔を背けていた。しかし、ただ顔を背けるだけで終わらないのは彼女だからなのか。



「それにしてもこんな近郊に出没するなんて……」

「知らんが荷馬車で検問所を通った時もそんなことを言っていたな、オーク? なんてのも出るらしいぞ」

「――――!! そんな所を歩いていたなんて」



 無警戒にもほどがあると言いたいのだろうが、バトルウルフの接近に気付いたように周はそれほど気に掛けてはいなかった。

 シオンの身体では全ての感覚が常人を遥かに凌駕するのだから、気付かないことはないと踏んでいたし、今のように遭遇してもどうということはない。

 それぐらいの確信を持っても不思議ではないのだ。この身体でできないことが想像も付かないように。




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