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【文庫化】信長と征く 転生商人の天下取り  作者: 入月英一@書籍化
三章

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天覧競売会 一

 ――帝が、競売会をご覧になりたいと仰せらしい。


 囁くような声音であったにもかかわらず、雷鳴よりも衝撃をもって室内に響いた。

 天正株式組合の大株主たちが、海千山千の商人たちが、完全に度肝を抜かれてしまった。

 

 ある者は目を瞠り、ある者は口をあんぐりと開け、ある者は落ち着かなげに左右に視線を走らせる。

 俺とて例外ではない。頬に汗が伝い落ちる。


 帝、帝だと……。


 冗談じゃない!

 さしずめ、頻りに噂される競売会に興味を持ち、『楽しそうだ、是非見てみたい』などと本人は気軽に口にしたのだろうが。


 帝の何気ない言動一つで、何人もの運命を狂わせる事すらできるのだ。

 その辺を、きちんと弁えてもらいたい。

 帝本人はもとより、周囲の公達たちには特に。……そうだ、帝の周囲は何と言っているのか。


「村井様、帝の御意向は分かりました。我々の競売会をご覧になりたいとの御言葉、大変名誉なことに存じますが。……帝の周囲の方々は如何思し召しなのでしょうか?」


 勿論反対しているよね! そんな副音声と共に期待の視線を貞勝に送るが、視線を受ける貞勝の顔は優れない。ばかりか、首を横に振りやがった!


「関白殿下が、それとなく翻意を促されたそうじゃが……聞く耳を持たれぬらしい」


 関白……足利義昭の追放と共に、義昭と懇意だった二条晴良も関白職を追われ、今の関白は近衛前久だ。

 近衛前久といえば、戦国史の中ではもっとも有名な関白だろう――猿木藤を除けばだが――有能な男だと聞く。彼でも説得能わないのか……。


「その、帝は何故、それ程までに……」


 貞勝の目付きが鋭くなる。


「大山、お主のせいでもあるのだぞ」

「は?」

「先の京での御馬揃えよ。お主の提案で、あれを帝に天覧頂いたわけだが、すっかりお気に召されたらしくてな。宮中で『右大将の催しは実に愉快』と、口癖のように仰せだったそうだ。そこに、今回の競売会の噂じゃ。皆まで言わずとも分かるであろう?」


 ……成る程。はあ、子供かよ。

 いや、宮中での堅苦しさや、変わり映えのしない日々に、飽き飽きされてそうなのは何となく察せられるし。同情もしなくはない。

 そんな日々に、新しい風が吹けば、是非体感したくなるのも分かる。分かるんだがなあ。


 難しい、極めて難しい。


 帝に競売会を天覧頂く。大層名誉なことだし、この天覧競売会が上手くいけば、どれ程のリターンがあるか。

 途方もないリターンだ。間違いない。が、なればリスクはどうか?


 京都御馬揃えはいい。あれの主催者は、信長だ。

 多少の不始末があっても、信長がどうこうなることはない。


 天下人に最も近い実力者であるし、何より、日頃から宮中にせっせと献金しては、天皇家や公家の台所を支えている大黒柱だ。

 信長の献金のお陰で、宮中の財政は劇的に改善されている。


 一体、信長を誰が罰せられるというのか?


 しかし、名物競売会はどうだ?


 信長の許しを得て、我ら天正株式組合の名の下主催されている事業だ。

 天覧競売会で、もしも途方もない不始末を仕出かせば?

 株主たちの首が飛んでもおかしくない。無論、物理的にだ。


 皆仲良く、三条河原辺りで晒し首になっている絵面が脳裏を過る。

 縁起でもないので、慌てて嫌な想像を追い払った。


 ああ……断りたい。今すぐ断りたい。絶対に断りたい。が、断れないことくらい分かっている。

 雲上人に『やれ』と言われれば、我々下々の返事は一つしかない。


「天覧競売会……避けては通れませんか」

「うむ。そして、失敗は許されぬ」

「承知しました」


 やると決まったならば……!


 俺はハッタリの笑みを浮かべ、胸をドンと叩く。


「お任せ下さい! 手前、これまで様々な無理難題に応えてまいりました! 此度も、必ずやご期待以上の成果をご覧に入れましょう!」


 気炎を吐く。

 ハッタリだ。まごうことなきハッタリだ。しかし、引き受けると決まったのなら、嫌々引き受けた所を見せられない。貞勝にも、株主たちにも、決して。

 彼らを不安にさせてしまう。その後の士気にかかわる。俺の用意する舟は泥船ではない、大船なのだと思わせなければ。


 俺は、貞勝に一つ頷いて見せると、周囲の株主たちの顔をぐるりと見回す。


「皆様! この天覧競売会、必ずや後世に語り継がれるものとなるでしょう! 否、我々の手でそうするのです! 何卒! 何卒お力添え下さい!」


「応とも!」「そうだ!」「やってやりましょう、浅田屋さん!」


 場の熱が高まる。皆、腹を括った顔をしている。

 誰ともなしに、杯を掲げ出す。


「天覧競売会の大成功を祈って!」


 俺はそう口にすると、杯の中身を一息に飲み干した。

 周囲の株主たちも、一思いに飲み干していく。よし、皆の士気も高い!


「大山」


 活気だった中、貞勝が囁く。俺に手招きした。

 はて? 不思議に思いながら顔を近づける。貞勝が俺にだけ聞こえるように耳打ちする。


「……帝は、ご覧になりたいだけでなく、何らかの形で参加もされたいそうじゃ。何とか知恵を絞ってくれ」



 ………………は?

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― 新着の感想 ―
[一言] 参加したいって…… 帝が参加してる競りに、どこの誰が声出すの……
[一言] 宸筆書いてもらって、それを困窮する方に寄付という形を取ればいいですよ。買う方も名誉だろうし
[一言] 正倉院から勝手に持ち出して出品なんてしちゃ駄目ですよ、そんなことをやった日にはよほど上手く捌かないと後世に歴史研究家からボロクソに言われるレベルでとんでもない悪名が残ってしまう。
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