19.
右手の細剣と左手の曲刀を振るい飛来する闇槍を斬り払う。
彼女があれを一度に同時に射出できる数は不明だ。先ほどの全天射出とは違い、自分へとある程度狙いをつける必要がある現在では今のところ最大で九つまで確認できている。
彼女の周囲に漂う闇の衣から千切れた闇が球状になり、それが引き伸ばされて槍となる。そしてそれを任意のタイミングで射出。
確実に斬り払えるのは一刀に付き二本。だから、危険度の高い四本を斬り払う。残りの五本は甘んじてその身に受けながらも痛みに耐え、自分の身体に突き刺さるそれのタイミングを丁寧に計る。
〈闇を纏う少女〉が矛先を自分に向けてから一分と少し。
柳千のヒットポイントは残り半分を割っている。
一分で半分のヒットポイントを消費したと言うのならば単純計算で二分しか持たない。そう判断した自分の見立ては間違っていなかったことに呆れる。
だからといってそれが足を止める理由にはならない。
「……ふっ!」
回避と移動を併せ持つステップで駆けながら、彼女に悟られないようにトール達から離れていく。
〈闇を纏う少女〉と自分の距離は三メートル。
自分がそれ以上踏み込もうとすれば、彼女はその距離を保つために後退し、自分がその距離から離れようとすれば、彼女はその距離を保つために追ってくる。
つまりはこの距離が彼女にとって最も適した間合いであり、彼女が堅持したい間合いなのだろう。
だから、容易く柳千の誘いに乗ってしまう。
その事から柳千は、彼女に戦闘経験はほぼ無い、と判断する。
確かに自らの得意な間合いというものは誰にでも存在する。が、実戦においてそれに拘るというのは下策にも劣る事だ。なぜなら、戦場は常に流動しているものであるからだ。最善の答えは存在しても、絶対の答えは存在しない。それを彼女が理解できていない以上はまだこの戦いは自分の優位だ。
そして飛来する闇槍を弾く回数が多くなるほどに〈因果応報〉へと近づく。〈因果応報〉に手が届けば五分の時間稼ぎは簡単だ。単純に選択肢がひとつ増えるだけで優位は揺るがなくなる。
だが、問題は〈因果応報〉に手が届くまでこの足が動いているか、だ。
足を動かさせるのは残り半分を切ったヒットポイント。〈施療術師〉である春猫娘による回復は見込めない。
それは彼女の腕が悪いからとかではなく、すでに彼女との距離が二十メートルという魔法の届く範囲を超えているからだ。
春猫娘と黒兎の助けが届かないように現在進行形で動いているのは自分だ。だから、これは自分の責任で、自分の決断だ。
柄じゃない。
――本当に、柄じゃない。
〈飛剣隊〉時代でもこんな敵のボスクラスと一対一で時間稼ぎなんてやるようなキャラではなかった。
レイドボスの前に誰のバックアップも無しに一人で躍り出ればその攻撃力の前に数秒で蒸発するのは必至だ。
死ぬのは嫌だ。
〈貧狼小鬼〉に為す術も無く惨殺された時の記憶は今も鮮明に残っている。戦えなくなった元〈飛剣隊〉のメンバーの気持ちもよくわかる。
それでも戦う事を選択したのはトールに出会ったからだ。あっけらかんとした表情で、それがまるで普通で当然かのように春猫娘を連れて『大都』へと訪れたその姿。それは大神殿で復活したあと、ただ呆然と恐怖に凍えていた自分を溶かすには十分過ぎる姿だった。
だからこそ。
そのトールに頼まれた事ぐらいは、こなしてみせる。
『三分時間を稼いでくれ』と頼まれた時間稼ぎを『五分持たせる』と口にしたのは他ならぬ自分だ。
死ぬのは嫌だが、自分の死が単なる消費にならずにトールの為に使えるのなら、構わない。
――斬り払う。
――突き刺さる。
――――斬り払う。
――――突き刺さる。
――――――斬り払う。
――――――突き刺さる。
■
うつ伏せのまま手を動かし〈魔法の鞄〉からポーションを取り出す。
そのポーションはHPとMPを同時に回復するかなり稀少なアイテムだ。
生産が可能なアイテムではあるものの、それに必要な各種の稀少な素材と膨大な手間を考えればギルドに属さないソロプレイヤーからすればどうにも使用に躊躇いが出るものでもあるし、同時に常日頃そういうタイプのアイテムを勿体無いとゲームクリアまで残してしまう貧乏性な自分の性格に感謝し、それを緩慢な動きで飲み干す。
身体を巡るように活力が戻り闇槍に貫かれた痛みが引いていく。
ただ、瞬間的に回復するものではなく使用時に最大値の五十パーセントを回復し、残りの五十パーセントを十分割して十秒毎に回復していくという〈森呪遣い〉の「持続型回復呪文」に近い性能を持つ。完全に回復するまでに要する時間は百秒。ただ、残存ヒットポイントから見れば七十秒で回復は終了する。
逸る気持ちを抑えるため、トールは深呼吸を〈闇を纏う少女〉に気取られぬように静かに行う。
一度。
二度。
三度。
(……李天は、死んだ、よな)
三度の深呼吸で自身を落ち着かせると、今の状況が見えてくる。
その瞬間を見てはいないが、パーティメニューには確かに李天の名前の脇に『死亡』と表記されている。〈大地人〉でも〈冒険者〉と同じ様に扱われるんだな、と当たり前のことを思った。
〈冒険者〉は〈大地人〉から見れば異質で異常で異端な存在だろう。けれど〈冒険者〉から見た〈大地人〉も同じだ。実際問題として〈魔法の鞄〉や〈馬の召喚笛〉を始めとするシステムに影響を及ぼす類のマジックアイテムの製法は彼らの独自技術だし、もっと言えば街中の〈衛兵〉もそうだ。
だからパーティ内に組み込まれた〈大地人〉が死んでも――オフラインRPGでのゲスト参戦キャラのように強制転移する事で生存する術を持っているのではないか、と淡い期待を抱いていたりもした。――が、そんな事は無かった。
『死亡』という表記はそこまでに重い現実だ。
だが、その文字を見ても悲しいだとかいう気持ちはなかった。今までの経緯から〈大地人〉にも意思があり、この世界で生きている、というのは認識していたがやはりどこか自分たちとは違う存在だと思っていたのだろう。案外、冷めているな、とも思う。だからこそ、でもある。
〈闇を纏う少女〉にダメージを与える手段を李天の矢に頼るしかなかったというのに、その李天を失った。状況はどう見ても最悪に一歩踏み込んだ。だが、誰を責める事が出来るだろうか。自分とて、つい先程思い至ったのだ。攻撃が効かないのではなく、行動が効かないのだと。
このままでは自分たちは負け、殺される。殺されても李天のように死ぬのではなく、『大都』の大神殿で復活をするだけだ。
だから自分も死を許容する。
そんなことが許される訳が無い。
首を動かし〈闇を纏う少女〉の猛攻を受け続ける柳千へと視線を動かす。
先程、闇槍を受けて地面に転がりながら柳千に〈念話〉で頼んだ時間稼ぎは三分。彼は二分しか持たないと言った上で五分持たせる、と口にした。
自ら彼女へと向かっていく事で主導権を握り、自分から遠ざかるように戦場を移していった結果、今ではその距離は四十メートル程度だろうか。細部までは認識できないが突剣と曲刀を振るい、至近距離から放たれる闇槍を弾く姿は頼もしく映る。
既に二分は経過した。
これから先の時間は、柳千が自分で弾いた見積を超えた時間だ。勿論、トールも柳千の限界を超える形で『三分間の時間稼ぎ』を頼んだ。その稼いでもらっている三分間で自分がやろうとしていることの説明まではできていない。それでも、『五分持たせる』と応じた仲間を裏切る訳にはいかない。
そもそもが彼ら三人は自分の『ヤマトに行けばなんとかなる』という確証の一切無い言葉を信じてパーティを組んでいるのだ。
だから、改めてトールは先程辿り着いた答えに手を伸ばす。
一つの呪文を詠唱しながら〈月の鱗刀〉を右手で杖代わりに体重を預け、立ち上がる。
サブ職業〈料理人〉が手動で料理を行えばちゃんとした料理が出来る。ただし〈料理人〉のレベルやプレイヤーそのものの料理の腕前によってその成否の判定が発生する。
それはつまり、その現象がプレイヤーの知識・経験に準じるということだ。
特技システムに設定された事項以外に介入の余地がないはずのモノに介入できると言う事実。
空の左手を前に差し出し、詠唱を完了させる。
「〈神祇官〉風情ガ何ヲシタトコロデモ徒労デスヨ?」
魔力の流れを感知したのか、柳千へ暴威を止めた〈闇を纏う少女〉がチラリと視線を向け嘲るよう言葉を漏らす。四十メートル近くも距離が離れているというのに、嫌に頭に響く声だ。
射出を待つ闇槍を周囲に展開し、その穂先をこちらへと向ける。だが、撃ち出しはしない。
侮られている。
所詮〈神祇官〉。戦士職でもなく、武器攻撃職でもなく、魔法攻撃職でもない。攻撃もある程度こなせるといった程度の回復職に何ができる、と。
その認識は正しい。
「だめーじヲ遮断シタトコロデ、わたくしヘノ攻撃ガデキナイノデアレバ――」
ダメージ遮断は確かに厄介だが防御の術である以上、戦局をひっくり返す事が出来る訳ではないという嘲り。
その認識も正しい。
だが、それを。
「――〈口寄せ:生口〉」
〈闇を纏う少女〉の言葉を無視し、静かに呟かれたその言葉は確かな力強さを伴い、周囲に響く。
差し出したままの左手の前にはその呪文に応えるように淡く、それでいて煌々と光を放つ球体が出現する。暖かな光だった。
絶対不破の呪文ではなく、完全回復の呪文でもなく、見敵必殺の呪文でもない。
そもそも、戦闘用の呪文ですらない。
それは、フィールドでのクエスト攻略における補助用の特技の一つ。最後に会話した〈大地人〉の台詞を聞き返すことが出来るという、ゲーム時代であればメモを取るなり攻略サイトなりで代用が可能でもあるその特技。
そしてトールは知る良しもないが〈大災害〉以降、一部の街では非人道的だとまで言われている呪文の一つ。
なぜなら、その方法が最後に会話した〈大地人〉の魂を強制的に召喚し、その魂から台詞を聞きだすというものだからだ。〈大地人〉を道具と同一のものとして扱う呪文。それこそが〈口寄せ:生口〉という呪文だ。
この〈エルダー・テイル〉での死の原理をトールは正確に知らない。だが、様々な特技やアイテムのフレーバーテキストから推察するに魂というものは存在する。そう設定されている事はわかる。
HPがゼロになるということは肉体と魂の結合を断つという事で、肉体との結合を断たれた魂は消滅する。――それが『死』なのではないだろうか。
春猫娘の蘇生呪文を唱えているのは聞こえていた。が、それが効かなかった李天は既に『死』んでいるのだろう。蘇生呪文とは結合が完全に断たれる前にその結びつきを補強し、解れた糸を直すというものなのかもしれない。
ならば魂が消えてしまった肉体に蘇生呪文はもはや意味が無い。
走らなくなったからと言って幾ら修理を施したところでガソリンの無い車は走らない。失ったものは直すものではなく補うものなのだから。
〈口寄せ:生口〉に記されている最後に会話した〈大地人〉の魂を強制的に召喚するというテキストをもってその身体にガソリンを入れる。
左手の前で光を放つ球体は強制的に召喚した最後に会話した〈大地人〉の魂。それは、即ち李天の消滅してしまった筈の魂に他ならない。
あとはこれを未だ残る李天の肉体へと戻せば蘇生するかもしれない。いや、おそらくするだろう。そして、それは〈闇を纏う少女〉への攻撃手段を再び手に入れると言うことだ。形勢は一気に傾く、とまでは行かないにせよ多少好転するのは事実だ。
だが、上手く蘇生に成功したところで〈闇を纏う少女〉の接近を防ぐ術を持たない以上ただの徒労であり、李天にまた死の痛苦を味わわせるだけに過ぎない。さすがにトールもそこまで非道ではない。
だから〈口寄せ:生口〉の目的は李天の蘇生などという簡単な打開策ではないのだ。
目を閉じ、続けてさらにもう一つの呪文を想起する。自分以外の何かを体内に取り込む感覚を呼び覚ますと同時に左手の李天の魂を自らの胸の中心に押し付ける。
『〈大地人〉の攻撃しか当たらないのならば〈大地人〉になればいい』
『〈大地人〉の攻撃が弱いのならば〈冒険者〉の力を与えればいい』
〈秘伝〉クラスにまで高めてある自分にとって馴染み深い特技のさわりの部分を再現し、周囲に漂う戦士の魄を集めて自らに取り込むのではなく、自らへと重ねたたった一つ魂を取り込む。
その発想は瞬時であり、容易だった。
そもそもトールは漫画やゲーム、小説などの他人の作り出した世界を読み込むことが好きだ。だからこういう漫画もかつて読んだことがあるし、そういう妄想をしたことがある。知識と経験が特技システムに介入できると言うのならば。
妄想とは知識と経験が織り成す物語だ。
だから。
「――〈降霊術:李天招来〉」
宣言する。
この身体はたった一人の〈大地人〉の御魂を受け入れるのだ、と。
そして、その宣言と同時に自らの身体が強烈な違和を訴える。強烈な負荷がその身を襲う。
〈降霊術〉は周囲に漂う複数の魂の欠片を無作為に体内に取り込むことだ、とトールは身体で理解していた。取り込んでも自意識を保てていた理由は、その魂の欠片は意思がないモノであり、自分が主導権を握れていたからだ。
しかし、今、使ったモノは違う。
完全な一つの魂を、魂そのものを自らの身体に取り込んだ。
一つの身体に二つの魂。
エルダー・テイルに存在しない〈降霊術〉の新たなバリエーション。
付与されるステータスは低レベルの〈大地人〉一人の代物であり、バフとしての意味はほぼ皆無に近い。現にトールのステータスなど一パーセントも上昇していない。だが、自らのステータス画面にたった一つの文言が刻まれる。
―――ステータス異常:〈大地人/狩人〉―――
その文言を認識した途端、がちり、と歯車が噛み合う様な感覚と共に文言が淡く輝く燐光となり自らの視界の左半分を埋め尽くす。左眼から溢れ出した燐光はトールの全身を覆うように頭の先から手足の末端にまで行き渡る。燐光が広がっていくにつれて違和と負荷が熱へと変換されていき今までにない昂揚感に包まれる。
「――アレ、バ……」
視線を上げる。
ステータス上はさほど上昇していないはずだが、目測で四十メートル程度と認識していた彼女との距離を三十七メートル五十センチという明確な数字で認識する。それに、視力も上昇しているようで呆然とした〈闇を纏う少女〉の表情までしっかりと捉えることができている。
一瞬だけ戸惑いが頭に走るが、〈神祇官〉〈剣客〉以外のスキルデータが流れ込んできている事に気付き納得する。彼我の距離を正確に把握するなど〈狩人〉にとっては当たり前だ。そして、この距離から射れば命中させることも可能だ、との判断も自然に浮かんでくる。弓系統の装備も可能な〈神祇官〉ではあるものの、特殊な弓である〈オールスリング〉以外は新人時代以外には装備した事のない自分には下せない判断だ。ならば、それは李天の持つ経験によるもの。つまり、彼の歩んできた歴史そのもの。
固有の〈大地人〉の経験と知識を自らに取り込むする全く新しい魔法。
〈月の鱗刀〉を握る右手に力を込める。自分以外の誰かがその右手に手を添えている感覚が返ってくる。
だから。
その相手に言葉を返し。
「さぁ、行くぞ李天。――ありったけで終わらせる」
左手に〈オールスリング〉を構えて〈月の鱗刀〉を番えた。
■
そして、黒兎は一つの終わりを見た。
■
トールには時間があった。
幼い頃からそれは身近なものであり、父親がかなり重度のゲーマーだったということもありそれと共に成長するのは自然のことだった。
初めてゲームに触れたのは覚えていない。
五歳のときに始めて魔王を倒して世界を救った。
八歳では農業を経験し、結婚をした。
九歳で野球選手になり、同時にサッカーチームの監督にもなった。
十歳の時に父親がプレイしていた〈エルダー・テイル〉に興味を持った。
それから十二年。
最初の一年はレベルをカンストさせて、立ち回りを覚えるのに費やした。
二年目にはギルドに所属してみたり、ギルドを作ってみたり、ギルドを解散させてしまったり。野良レイドを組んでレイドコンテンツに参加してみたりもした。
三年目ぐらいには日本サーバでは最上位ではないけれどもトップクラスの位置でレイドコンテンツを駆け抜け続けた。成功の数十倍以上の失敗をした。それでも進み続けた。日本から海外サーバへと遠征し、現地のプレイヤーにPKされた事もあった。仕返しをした事もあった。それでもログインし続けて、遊び倒した。やる事は尽きなかった。
四年前に家庭の事情でアメリカに移住する事になっても〈エルダー・テイル〉を止める事は出来なかった。拠点こそ北米サーバへと移したが、そこでも結局は仲間を募りレイドコンテンツに参加し続けた。
レイドクエストに十二人で突撃した事もある。
フルレイドクエストで三十二時間休憩無しで戦い続けた事もある。
テストサーバーでも遊び倒した。
普段のサーバーを超えて、多様な考えに触れた。その考えを破壊した。破壊された。
少なくとも北米に移動してからの一日のログイン時間は二十四時間、実稼働時間は一日平均で十五時間。
それを四年間だ。
その結果が他人が羨むほどのゲーム内の資産。
強くて当たり前だ。
それだけの時間を彼は費やしたのだ。
稀少なサブ職業への転職を可能とする幾多もの〈証〉。
様々な特技の〈奥伝〉への巻物。
高位〈製作級〉のアイテム。
〈秘宝級〉の装備。
〈幻想級〉の装備。
トールの〈魔法鞄〉の中にはそういった資産価値の高い、本来なら貸金庫にある筈のアイテムが全てが収められている。北米サーバのハイエンドコンテンツで得る素材アイテムを大量に用いる事で〈大地人〉が作成するソレは貸金庫の中と繋がっているという〈鷲獅子〉にも劣らないレアアイテムだ。デメリットがあるとすれば一日当たり金貨四百枚を消費するというところだが、そこは十二年という歳月をもって溜め込んだ潤沢の金貨の前では無いに等しい。
ありったけだ。
そう口にした。
番えられた〈月の鱗刀〉はその始まり。
轟音を置去りにして〈闇を纏う少女〉目掛けて飛んでいった流星の着弾を確認する間もなく次の武器を番えるために〈魔法鞄〉へと手を突っ込む。
中国人やアメリカ人なら解らないかも知れないが、日本人のゲーマーにとってエクスカリバーは投げるものであり、投げたら二度と返ってこないものだ。
だから、ありったけだ。
十二年間で貯め込んだ資産を全て吐き出す勢いで武器を番えて射出する。
〈トネリコの樹杖〉。〈ディライトスライサー〉。〈グランブレイドハルバード〉。〈EX・サジタリウス〉。〈アヴィス・リッパー〉。〈天球儀を戴く杓杖〉。〈ブレイド・オブ・ピーチキング〉〈ディライトスライサー〉〈クリスタルロッド〉〈ディメンション〉〈荒野を薙ぐ戦斧〉〈アックス・オブ・フォーチュン〉。
放たれる武器は千差万別雨霰。
〈神祇官〉や〈剣客〉として有用な武器も、そうでない武器も。トールの持ちうる全ての力を撃ち放つ。
〈オールスリング〉で武器を飛ばしたときのダメージ算出はその武器の攻撃力に比例する。
北米サーバでのとあるレイドクエストでサブ〈攻城槌〉の〈守護戦士〉がクリックミスで〈秘宝級〉の剣を撃ち出しているのを笑った事があるが、レイドボス相手に一万近いダメージを叩き出していたのを覚えている。勿論その後でその〈守護戦士〉が大いに嘆いていたのはお約束だ。
しかし、それは同時に〈守護戦士〉が〈暗殺者〉のアサシネイトに比肩する瞬間ダメージを叩き出す事が可能という事を示唆した。もっとも、勇気ある者達の検証の結果として〈攻城槌〉のサブ職の補正による効果が大きかったということで結論がつき、費用対効果が割に合わない(秘宝級の武器を一回限りの使い捨てにするよりもそのまま殴った方が強い)ということで無かった事になった話でもある。
だが、今必要なのは瞬間最大風速で駆け抜け続ける事。
武器を放つ度に、李天の持つ特技を乗せる。〈ダメージ遮断〉を乗せる。
「――ガ、」
風穴を開けていく。
李天の〈狩人〉によって上乗せされた命中は違える事無く的を射ぬいていく。
その身体に孔を穿つ。
放たれた武器は流星の如くに光を放ち、影を晴らす。
ありったけだ。
あぁ、ありったけだ。
腕は軋みを上げる。
構うものか。
カウンター気味に闇槍が腹を貫く。
痛みを訴える身体があるだけマシだ。
防御は六の次。
回復なんて置き去り。
攻撃こそが全て。
MPがみるみる減っていき、頭痛までしてくる。
だが。
だが。
だが。
――李天の痛みはこんなものでは無いだろう。
意思で身体の中枢から末端まで統べて、痛みを全て捩じ伏せる。
「――あぁ、そうだな」
〈ブラック・サムライ・ハットリソードZ号〉を番える。
李天の意思を込める。
自らの意思を込める。
ここにいる仲間の全てを込める。
「釣りは三途の川守にでも払っとけバッキャロー!」
■
少女は自らの消滅を悟る。
自らの悉くを貫いた有象無象の武器の所為ではない。
最後の流星。
漆黒の流星に貫かれた身体は既にその原形を留めていない。
「ゲ、ヒ――」
呪いの言葉を吐き出そうにも、言葉を発する機能が失われている。
なんて、面倒くさい身体だ。
少女の眼に映るものなど無い。
自らの漆黒の闇を剥ぎとる極光。
その眩しさに、相手を直視する事すら出来ない。
イレギュラー。
なるほど、確かにイレギュラーだ。
〈大地人〉でもある〈冒険者〉などイレギュラーにも程がある。
この私には改善の余地がある、と分かっただけでも是とする他はない。
わずかに、口端を歪ませ、少女は塵へと還っていった。




