第三十二話 深淵を歩くもの 後編
「入るぞ。ん、なんだ。雨雲が掛かったかと思うほどに、どんよりとした部屋だな。あぁ、そうか、君たちがグリークの子供たちか。俺はエミリオ・ワーズワースだ、よろしく。……と、いきなり言われてもまあ困るよな」
エミリオ・ワーズワースは、多くの騎士たちが詰めている宿舎内のとある一室に出向いていた。新生魔導兵団特務隊の総指揮官であるリーン・フェイに打診されて、指揮する予定となる部隊を編成する為、各部屋へ出向いて人材の下見を行う予定であった。だが一部屋目から当たりを引いたようだ。
「エミリオ……さん?」
「ああ、君たちが所属する部隊の隊長というやつだ。そうかしこまらなくていい。少し前まではグリークとも良く交流を持たせてもらっていた。君がユリスだね」
言ってしまってから、エミリオはその場の思い付きで部隊の編制について喋ってしまった事を焦るが、それを気取られぬように、自信に満ちた表情を顔に張り付けたまま、室内にいた二人に目を向ける。
一人は、騎士にしては少しばかり頼りなさげな少年、ユリス・エド。もう一人は現在進行形で冷ややかな視線をエミリオへと向けている女性、シルバス・エドであった。
「父さんの事を知ってるんですか?」
「うむ。親しい、とまで言ってしまうと怒られるかもしれんが、それなりにな。縁あってというわけでもないが、うちの部隊にどうかと思ってな、決めさせてもらった」
「はぁ……」
「……部隊とは?」
ユリスが勢いに呑まれている様子を見て、それまで口をつぐんでいたシルバスが、エミリオに問いかける。
「うむ! ルノウムとの国境線、廃墟サリアの近くにあるケルオテ大断層で、今現在多数の魔獣の侵攻が確認されている。魔導兵団特務隊は新たな組織として、それらの原因究明と、問題解決の責務を担う事となった」
「新しい特務隊……」
ユリスは口の中でその意味を考える。
シルバスはそんな様子のユリスを見つめながら、ただじっと、答えを待つ。
「姉さん、……行こう。たぶん僕たちが行かないといけない。そんな気がするんだ」
* * *
獣のような表情で剥き出しの歯を食いしばるのは、第十八組に所属する四人目の男、レイン・フレデリックであった。
顔は赤く高揚し、瞳は焦点が合ぬまま四方に忙しなく動く。
稲穂のように揺れる黄金の髪は煌めきを見せ、レイン・フレデリックという存在を証明するかの如く暗闇に鮮明な光を残す。
「シルバス! レインが暴走してる。無理矢理でいい、あいつを怪物の前から引っ張ってくれ」
エミリオはレイン・フレデリックの尋常でない姿を見て、即座にシルバスに指令を飛ばす。
「揺れて、揺れて、永久に。揺りかごは眠りを紡いで、安息をもたらす……銀鎖瀑布」
エミリオの言葉が終わる前に、淀みなく魔導を紡ぐシルバス。
銀色の魔導は粒子となって宙に鎖を造り上げると、一直線にレイン・フレデリックの身体に巻き付いて、一瞬で怪物の視界より攫う。
レイン・フレデリックは剥き出しの口から涎を垂らしながら、訳も分からぬままに宙を飛んだ。
シルバスの魔導の鎖に引っ張られてなすがままになっていたレインの身体であったが、その身体は唐突に中空で静止する。
レイン・フレデリックは抵抗する。
魔導に対して、ただただ純粋な力で。
力が拮抗したのち、レインの身体は緩やかに地に落ちた。
脚が地に着いた瞬間、力任せにレインの震脚が放たれる。
めり込むように地面に穴が開き、大地が震動する。
只の人間が、怪物を前にして理性の箍が外れたように振る舞う。
「意識が飛んでる」
エミリオは焦燥に駆られる。
レインの持つ特異能力を事前に知っていたとはいえ、怪物相手とは想定外であった。
──ガ
眼前にあるレインを視認して後に、放たれる怪物の言霊。
──ああああああああああああああああああああああああああああああ
喉が焼き切れるのではないかと思うほどのレインの絶叫。
人体を破壊する怪物の言霊は、ただの音に相殺される。
レイン・フレデリックは己に敵意を向けた存在を見つけると、地を駆ける。
五十歩もあった怪物とレインとの彼我の距離は三歩で零となる。
焦点の合わぬレインの瞳は、怪物の邪眼すらも超越する。
大上段に振り上げられる鉄の塊。
それが、頑強であるはずの怪物の頭蓋に振り下ろされる。
一切の抵抗を許さない純粋なる暴力。
組み伏せられるように地に叩きつけられる怪物の頭。
怪物は、この時初めて、目の前にあるものが己と同じ存在である事を知った。
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次回更新は金曜日夜の予定となります。
『魔導の果てにて、君を待つ 第三十三話 狂戦士 前編』
乞うご期待!




