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第三十話 約束 後編





──シフィアトの木の元で交わされた約束は、永遠となる。




 ミミズクを連れ立ってから、随分と深い森の奥まで来た感覚がある。この場所がグラム王都の中と言うことを考えれば、いずれは森を突き抜けて外に出そうなものであるが、予期していた事は起こらず、森の深遠に近付いているとリバックは感じていた。


 確かに外とは勝手が違い、神聖さは感じる。だがそれ以上に、森自体が何らかの意思を持って生きているように感じられて、得体の知れなさが残る。


 暗闇に僅かな人数で取り残されているという恐怖もあるのだろうが、別の何かが影響していて、それは今もなおリバックの本能に訴えかけていた。


 一行の先頭に目を向ければ、ミミズクとベルの二人が足取りを軽く、迷いを見せずに歩を進めている。やはり歩きなれているのだろう。それでもリバックの目から見た時、不自然に感じる事があった。


 ミミズク達は目の前に見えている場所に辿り着くのにも、道を外れ迂回しながら大地を踏みしめている。何か決まり事でもあるのか。


 考え事をしていたせいか、シイナの手を無意識に強く握りすぎた事に気付いて、リバックは慌てて力を緩めた。


 掌にあるのは温もり。

 リバックはミミズクに言われた事を忠実に守っていた。

 そんなリバックを気にする素振りもなく、シイナは口を開く。


「兄様、ベル達の動きを見ていると、この森の中では何か手順のようなものがあるのでしょうか」

 シイナも前を歩く二人の行動の不自然さに気付いていたようだ。

 こっそりと、リバックにだけ聞こえる声で話し掛けてくる。


「そうかもしれない。まぁ、あの様子ではなぜか、という所までは教えてくれないだろうな」

「っ、……そう、ですね」

 まるで遠く離れたシイナの小声ですら聞こえていると言わんばかりに、前を歩いていたミミズクが唐突に振り返ると、シイナを見て面白そうに肩を揺らす。

 シイナの息を呑む音が聞こえる。


 どうやらシイナはミミズクが苦手なようで、時折ミミズクが振り返るたびに同じように身体を硬直させていた。

 軽々と森を往くミミズクから半歩遅れるように、ベルは真剣な表情のままにミミズクの後をついていた。手に持ったランプは揺ら揺らと幻のように、人の姿を朧げに映す。


「リバック坊ちゃん、絶対に道を外れないで下さいね。少しでもずれたらシフィアトのある場所に辿り着く前に、外に出てしまいますから」

「分かった!」

 ベルの忠告に、リバックは再度気を張る。

 横にいるシイナを見ようとしたその時、シイナと繋いでいた左手に僅かに力が加えられる。


「シイナ?」

「兄様、あれ……」

 そこには少しだけ強張ったシイナの顔があった。瞳はただ一点を捉えて離さない。シイナに促されて視線を戻すと、ぼんやりと青く光る空間へと、呑み込まれるようにミミズクとベルの姿が消えてゆく所であった。地に映る影すらも吸い込むように、何もかもが青と同化する。


「シフィアトの木……」





 * * *





──全てを正解か不正解かで判断するとしよう。もし、シイナが行きたいと願った先が、どこかの誰かに決められた不正解であるとしたら、シイナはその先に行くのをやめるのかい?





 * * *





 奇麗だ。

 たまらず口から出てきたのはそんな言葉だった。


 そこからは、くっきりと切り取ったように、ただ一つの空が見えた。

 厚い雲間から覗き込む月明り。

 照らされた先には、青い光を放ち悠然と佇む大木があった。

 外皮を覆うように、きらびやかな燐光が踊っている。

 まるでそれが特別なものであると、見せつけるように。知らしめるように。


「凄いな、これがシフィアトの木なのか?」

「兄様……」

 シイナが震えている。

 心なしか、握る手に加わる力が強くなっている。


「どうした? 大丈夫か」

「奇麗……でも、怖い」


「怖い?」

 リバックはシイナが言った言葉の真意を知ろうと、二の句を待つ。


「とても強く、激しい想いが、集まってる」

「想い……か」

 シイナにそう言われて、リバックは再度シフィアトに目を向ける。

 数多の光が、星々の煌めきのようにシフィアトの周りで輝いては、消えてゆく。


「これは、この森に集まっている魂の結晶なのか?」

「……願いを叶えるシフィアトの木」


「伝説が本当か嘘かはわからぬが、現実としてシフィアトの木は存在している、か」

「兄様……私はこの木の元で、あの時出来なかった話をしたかったのです」


「話?」

「兄様は覚えていますか? あの日の事を」





 * * *





──たとえば、シイナはそれを前に歩いていると理解しているのに、周りはそれを後退や停滞だという。さて、シイナはどうする?





 * * *





──ホー、ホー。




「見えている、ものが違う……?」

「シイナ、気付いたのか」

 リバックが覗き込むように心配そうにシイナの顔を見つめている。

 シイナは少し気怠い身体を起こすと、自分が今まで眠っていたことを知る。

 そして、空が白み始めていることも。


「兄様? シフィアトの木は……」

「あぁ。シイナが眠ってしまってからしばらく経つと、幻のように消えてしまったよ。まるで最初から何もなかったかのように。とても幻想的で、不思議な木だった」


「消えた……じゃあここは」

「森の中のどこかみたいだ。少しずつ光が射し込んできているから、陽が昇っているのだろう」

 リバックは少しだけ晴れやかな顔をしている。

 シフィアトを見れたという事が、満足へと繋がっているのかもしれない。


 シイナ自身も、願いは叶った。

 兄と一緒にシフィアトの木を見たいという願いが。


 だけれど、何かを忘れている気がしてしまうのは、何故だろう。

 風に舞う葉のひとひらのように。

 地に芽吹く草木の匂いのように。

 シイナは少しだけ重い頭で一生懸命に記憶を探るが、答えは見つからなかった。


「そろそろ帰ろう、母上が心配しているかもしれない」

 リバックがシイナの手を握る。


──約束。


「……約束」

「約束?」

 口に出してから、何故そんな言葉が出たのか、シイナは不思議だった。


「いえ、何でもないです。……兄様と一緒にシフィアトの木を見れて良かったです」

「……あぁ。俺もあの時見つけられなかったシフィアトの木をシイナと見れて良かった」


「兄様は帰ったらもう旅立つ準備をされるのですね」

「あぁ……、それなんだがな。なんというか、気が変わった」


「気が変わった?」

「そうだ。俺はフィテスとしての使命を忘れていた。聖堂騎士団がいない今、王都を守る人間は必要となる。俺はフィテスとして王都に残ることに決めた。大災害の波がいつ何時ここに到達しないとも限らないからな。シイナも、マークも、王都の皆も、全て俺が守る」


「……兄様?」

 リバックの口から放たれた言葉の全てが、シイナが求めていたものであった。だからこそ、違和感が拭えない。


「一度死にかけて生き長らえたというのに、また大切なものを見誤ってしまう所だった」

「大切なもの? 私達が兄様にとって……」


「あぁ、そうだ。それ以外に何がある?」

 照れくさそうにこぼれ出る言葉は、愛おしい。

 だからこそシイナはリバックの目を見続ける。

 リバック自身の精神を映し出す、熱く滾る、力強い瞳を。


「それが、兄様の出した答え?」




 * * *





──シイナが夢を追うのならば、俺はいつ如何なるときでもそれを全力で応援するさ。今は言えなくてもいい。だけれど楽しみだな。シイナの夢がどんな色を付けてゆくのか。俺はあまり頼りにならないだろうが、そこは目を瞑っておくれ。





 * * *




「違う。そんなことない……」

「一体どうしたんだ、シイナ。夜風が寒くて身体が冷えたから、少し熱が出たのかもしれないな」

 リバックは戸惑ったようにシイナを見つめてくる。

 身体は近くにある。吐息すらも伝わる距離。

 握る手に続く感触。

 温もりは確かに感じるのに、何かが違う。


「兄様、私は家を出て、ルードで学びを得たいと思っています」

「……シイナ?」

 それは口に出して外気に触れたとき、はじめて意味を持つ言葉。


「私はフィテスである前に、シイナとして生きたいと思いました。我儘な事を言っているのは分かっています。だけど兄様も、もう自分以外の何かにとらわれ続けるのをおやめになって下さい」

 繋いだ手はあたたかい。

 だけれど、いつまでもその庇護のもと生きることは叶わない。


 理解しているからこそ、手放し難い。

 だけれども、シイナはこうも思っていた。

 リバックの手も、シイナの手も。

 多くの人の手を通じることで、想いを繋ぐ力を持つのだと。


「初代様は、王様と一緒にグラム王国を建国しました。だけれど、それまではずっと旅をして、世界の形をその目で見たと言います。フィテスの夢はエイリーク様の夢と重なっている。だけれど、私の夢はここにはなかった」

 シフィアトの木の元で交わされた約束は、永遠となる。

 それは、エイリーク・フィテスが魔導王と約束を交わした場所。


──それがたとえ千年であろうと、二千年であろうと、君が戻るまでここを守り続けるよ。


「シイナ……フィテスの名は重いか?」

 リバックがつぐんでいた口を開く。


「とても重いです。だけど優しくて、あたたかくて、大切なものです」

「そうか……」


「フィテス名はとても大きな人々の希望。だけれどそれは、時に人の心に突き刺さる夢の刃。私は、私の夢のある場所を求めて歩いていきたいと思います」

 シイナは自らの強い意志を形として世界に生み出した。

 それは覚悟を伴って色と成す。


 シイナはずっと繋がれていたリバックの手を離した。


 ふいに、ふっと笑う声が聞こえる。

 それはシイナがいつか聞いた事のある、楽し気な声だった。





 * * *




 薄明はくめい、薄っすらと白みがかった朝は、陽をゆるやかに大地に浴びせて、その輪郭をなぞる。

 それは光に包まれた世界。

 木々がざわめき、動物たちが思い思いの歌を歌っている。


「眩しい……」

「見えたかいシイナちゃん」


「ミミズク……ちゃん?」

「……未来ちゅうもんにゃあ前や後ろなんちなくて、前後左右、果ては天から大地に至るまで、己を中心として常に全方位に広がっちょる。それを理解してからが本当の人生の始まり、ちゅうことじゃがな。かっか、これでもう大人の仲間入りじゃのう」


 少しずつ視界が開けてゆく。相変わらず長い髪に隠れて顔は見えないというのに、シイナはミミズクが笑っているように見えた。ベルは自分の腕を抱えながら、なぜかおいおいと泣いている。


「最初に聞いたときには迷ったのだがな。親心というものも過ぎれば過保護というやつか」

 光の中、リバックが安堵の表情で立っていた。腰をかがめて寝ているシイナにそっと手を伸ばす。

「怖さを見せないと説得力が失せるじゃろ? ミミズクちゃんは演技が上手じゃからのぅ」

 笑いながらミミズクが喋る。どうやら、シイナは気付かぬうちにシフィアトの生み出す幻想世界に引き込まれていたようだ。眼の前にいるリバックは、シイナがずっと見てきた優しい瞳を湛えている。


 シイナは恐る恐る手を伸ばす。それを見て、リバックは笑いながら力強く引き起こす。


「もう一人でも大丈夫、だろ?」

「兄様……はい!」





 * * *





「シイナは大きくなったら、何になりたい?」

「兄様には内緒」

「内緒か。それはまいったな。だけれど、話せるようになったら聞かせてくれるかい?」

「いつか、きっとね」

「ふっ、約束だな」

「うん。約束」





いつも本作を御愛読頂きましてありがとうございます。

次回更新は今週の金曜日夜の予定となります。

※いつもと一日ずれています。

『魔導の果てにて、君を待つ 第三十一話』

乞うご期待!

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