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第二十九話 家族 後編





 夜の帳が降りた頃、眠りについていたリバックはふいに目を覚ました。

 部屋の入り口が僅かに開いて、リバックの睡魔をさらってゆくように、ひゅるりひゅるりと冷たい風がのぞき込む。


 暖かい毛布を脱ぐと、すぐさま冷気が身体にまとわりついて、リバックの身体を重く縛り付けた。


 真っ暗闇の中、僅かに見えている視界を頼りに、ゆっくりとベッドから腰をおろす。

 カツ、カツと、床を踏みしめるたびに室内に乾いた音が反響する。

 それはまるで、何もない暗闇の中にあっても、自らの存在を証明しているようでもあった。


 己が発する音をなんとなしに聞きながら、リバックは部屋の戸にゆっくりと手を掛ける。

 開いた隙間から廊下を見渡しても、見えるのはただ真っ暗な闇だけで、何かがそこにあるわけでもない。


 最初に思った通り、そのまま戸を閉じてしまえばいい。

 それだけで冷たい空気は遮られ、穏やかな眠りが約束される。ただそれだけのこと。

 だというのに、暗闇の奥に何か──、何かがあるようでリバックの手が止まる。


 頭がボーっとしている。

 寒さに目が冴えたわけでも、特に何のらか理由があったわけでもないが、リバックは傍らにあったランプに火を灯す。


 朧げな形を維持するように、炎はめらめらと揺れ、じじじと音を鳴らす。

 照らし出されるように、少しずつ暗闇の世界は拓かれてゆく。


──兄様、あっち。


「そういえば、前にもあった、な」

 声に出してみて初めて、リバックは思い出す。

 それはまだクロードが生きていた頃の話。シイナは一度だけ、皆の寝静まった夜中に館の外に抜け出した。


 在りし日の思い出に導かれるように、リバックはそのまま部屋を出ることにした。


 シイナが夜中に家を抜け出すなんてことは、その時限りであった。

 リバックはその時も、今と同じように手にランプを持って、シイナを探していた。


 館の外でシイナを見つけた時、彼女はリバックに懇願する。

 シイナが自分から何かをやりたいと言い出すことなんてなかったから、リバックはそのことについ了承してしまった。


 朝になって館に戻った時、二人してユーリに怒られたのを覚えている。

 クロードは静かに微笑んでいたが、今にして思えばそれは安堵をしていたようにも思えた。

 シイナは何も言わずにリバックの後ろで涙をこらえていたが、耐えきれずに零れた涙で背中は濡れていた。


 幼い頃のリバックとシイナは常に一緒に行動し、様々なものに興味を持って、毎日探検をしていた。


 木々があれば、豊かな葉の一枚一枚に目を向けて。

 花があればそのひとひらに色と世界を重ね。

 人があれば表情を見て想像力を働かせた。


 子供にとって物理的な世界は狭いのだろうが、一度得た好奇心という羽は、その身体をどこまでも軽くして彼方までも運んでくれた。


 いつからだろう。

 この身体が重みを持ち、大地に縛られていったのは。


 そういえば──

 記憶をたどるように廊下を歩いてゆくと、窓から外に人影が見えた。


「シイナ?」

 月は雲の後ろに隠れ、人の形しか映しはしなかったが、リバックにはそれがシイナである事が分かった。


 泣いているのか。

 考え事をしているのか。

 この位置からでは彼女の心は暗がりに隠れて見えはしない。


 リバックは、当時と同じようにシイナの元へと歩いた。

 リバックの足音を聞いて、一瞬シイナの肩がビクリとはねる。


──シイナ、帰ろう?


 それは昔、リバックがシイナを見つけた時に言った言葉。

 返ってきた言葉は──


 シイナは振り返ると、少しだけ驚いた表情をしている。

 だがそれもほんの一瞬だけで、すぐに感情は隠れてゆく。

「兄様……シフィアトの木を探しに行きませんか?」


 シイナの言葉をリバックは受け止める。

 頼まれ事をしたのは、あの時以来か。


「シフィアトか……そうだな。それは楽しそうだ」

 リバックは少し笑って、シイナに言葉を返す。


 シフィアト。それは、千年以上の時を紡ぎ、今も生きているとされる。


 約束の木、シフィアト。

 かつて幼いシイナが目指し、見つけられなかった伝説の木の名前。





いつも本作を御愛読頂きましてありがとうございます!

皆様に最大限の感謝を。


次回更新は来週の月曜日夜の予定となります。

『魔導の果てにて、君を待つ 第三十話 約束 前編』

乞うご期待!

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