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第十一話 予感 前編





「グリーク、行くのであるか?」


「あぁ、ネイを救う為に魔導門を進み、王の眠る最も深き場所まで行く」


「お主の親父殿が許さぬであろう。それに、予言の時が近い。王の目覚めまで、待てはせぬか?」


「聖女に連なる予言の力が宿った者は皆、短命であるという事を教えてくれたのはお前だろうヤン。ネイを救う為に俺がやれることは、全てやる。なに、俺の力はお前が一番良く知っているだろう?」


「それはそうであるが……」


「見ていろ、ヤン。俺は王のもとへ参り、大災害の予言をくつがえす為に、大いなる魔導の果てへと至る。そして、ネイを救ってみせる」





「──あぁ、だがグリーク、お主はそれがどういう事か分かっているのか。全ては混沌をもたらす大災害こそが元凶。苦難という言葉では表しきれぬ、千辛万苦せんしんばんくの道。グリーク、お主はそれでもその道をくというのであるか」





 * * *





 ルード帝国皇帝、アルケス・ヴァン・ミドナは、大災害を受けて、それがもたらす被害に頭を悩ませていた。


 帝都アレハンメルにある、クラニエ城の大軍議室にて、帝国騎士団のシグニール将軍、魔導兵団のグリーク団長、催事を司るラハエ宰相が一同に介し、対策の為の話し合いをしていた。


「ルノウムのルオル王は約定やくじょうの日を前に、内患ないかんを肥大化させ、その命を落とすか」

 最も奥に座するのは、ルード帝国の若き皇帝アルケス・ヴァン・ミドナ。


 黄金色の髪に、白銀の瞳。年の頃は三十に迫るくらいではあるが、帝位を受け継ぐべくして在るように、その存在は、帝国における武威の最高峰であるシグニール将軍を前にしても、一つとして輝きが霞むことはない。


「先行している者の情報によれば、既にルノウムの国土は病のように魔の災害に侵食され、死の大地と化しているとのこと。敵の数は計り知れぬほど。かといって魔導兵団の第一大隊をそこに割けば、いざという時に次なる大災害の波に対応する事も難しくなる」

 グリークは情報を並べながら、帝国が取る方針を見定めるように、整理をしていく。


「問題は積もりに積もり、既に薄氷を踏むが如し状況ではあります。結局の所、王国が大災害の第一と第二の波をこのまま抑えてくれるのを願う事になりますな。シグニール将軍と騎士団は、王国と連携が取れるよう展開して、機を伺いつつ第二の波の余波に対処するのが宜しいかと」

 白髪の老人、ラハエ宰相が皇帝を見ながら己の見解を述べる。


「うむ。しかし敵は空を飛ぶという。騎士団で大丈夫なのか?」

 思案しながら先を促すアルケス。


「数は多いようだが、所詮は有象無象の害鳥。工房の開発した弓を使えば苦もなく対処は可能かと」

 目を瞑るように座していた男が言葉を発する。濃灰色のうかいしょくの髪を頭の頂点で無造作に結んでいて、その身は、長き年月を掛けて鍛え上げられた筋肉に覆われている。座っていても分かる程巨大なる偉丈夫。帝国が誇る武神、シグニール将軍であった。


「そうか、ではノールの方はどうだ」


「砦には私が出向きましょう」

 グリークは真っ直ぐに皇帝アルケスと目を合わせる。


「グリーク。帝都を離れるのか?」


「ルノウムの波が荒波となり帝都に至る前に、私の魔導を持って併呑へいどんしてみせましょう。第一大隊の運用はシグニール将軍にお願いしたい」


「わかった」

 シグニールは言葉少なげにグリークの要請を了承する。


 皇帝アルケスは、グリークの瞳の奥に微かな揺らぎを見たが、それを言葉に出して問うことはしなかった。


「予言にある決戦の時は近い。大災害は何としてでも食い止める。皆の者、頼むぞ」

 皇帝アルケスの言葉を受けて、一同は動き始める。


 変革の時代が何処へ向かうのか。

 吹き荒れる大嵐を前に、人の身に出来ることは少なかった。


 望む望まざるにかかわらず、船は進みゆく。自らの意思で降りることもかなわぬままに。





 * * *





 ルノウム側の国境より押し寄せる魔獣は、四足を用いて駆ける、より獣に近い姿をしていた。その中には、王国で噂になっているという一つ眼の人型緋眼魔獣もいるのだが、ルノウムから湧いてくる魔獣は獣型が圧倒的に多かった。魔獣特有の性質なのか、人型も獣型も総じて巨体であり、その異様を持ちて恐怖を振りまいている。


 ラルザは魔導により強化された肉体を存分に駆使しながら、手慣れたように大剣を振るう。

 その一振りが、獣をいとも容易く切り裂き、魔獣の巨体を真っ二つにしていく。これが何体目になるのかを、ラルザはもう数えていない。魔獣の数は最初の接敵時より減ってはいるが、それでも終わりは見えそうになかった。


「帝都よりの連絡が届いた」


 戦の最中さなか、隣で戦っていたハイネルの言葉に反応して、ラルザは空を見た。紅塵こうじんの舞う大地を見上げれば、ハイネルが魔導で使役している大鷹が彼方に見えた。

 まだまだ距離は遠いが、既にハイネルの魔導により思念は鷹と繋がっているのであろう。


 魔導兵団は、それがノールに到着してより三度目となる魔獣との交戦であった。


 ルノウム軍によるノール砦への侵攻時、ルノウム軍を壊滅させた第一波。国境より魔獣達が漏れ出て、小規模な魔獣群が散発的に攻撃を仕掛けてきた第二波。そして今対応しているのは、人型と獣型が群れを成して襲い来る、第三波となる。


 魔導兵団の面々は最初、ノール砦を利用しながら対処していた。だが、砦が近すぎては、環境を変化させる程の大規模魔導がみだりに扱えない。物量に押し負けるという後の不都合を鑑みた時、第三波に対しては、魔導兵団が先行し、ルノウム国土の奥地へと入り込むように戦闘を行うこととなった。魔獣を出来るだけ多く、短時間で一掃する為に。


「第一大隊が来るのか?」


「いや、団長が来るようだ」

 ハイネルは矢を放つ。素早く動く獣型の魔獣であっても、ハイネルの弓からは逃れられない。ハイネルは目についた魔獣を仕留めながら、知り得た情報をラルザに伝える。


「なんだと」

 ラルザはハイネルの言葉に唸る。


──ドゴオオオオォォォォッ


 その時、爆炎が起こり、緋眼魔獣の居た魔獣群の中心部分が大きく吹き飛ぶ。

 爆音の発生源へとハイネルが目を向ければ、魔導兵団副団長であるルディ・ナザクが、魔獣を相手にその武威を知らしめるように、力を振るっていた。


 赫赫あかあかと輝く赤色魔導が、大気を歪めその場の景色を塗り変えている。

 その強大な力を目にしても、魔獣の群れは恐怖を忘れたように、ルディを襲うことを止めない。それは魔獣達にとって、一番危険な存在を喰らおうという、一つの意志を感じさせた。


 そんな魔獣の群れであったが、一匹たりとてルディの元に辿り着くことはできなかった。


 ルディの眼前を、地から上空へ吹き上げるように砂塵嵐さじんあらしが巻き起こると、獣の足を地から離す。


 宙に浮かされ、必死に身体をよじる魔獣の群れは、魔導兵数名により生み出された木火風もくかふうの戦略級大規模合成魔導により、激しく焼かれ、為す術も無くその姿を焼失していく。


 幾度となく繰り返される蹂躙に、魔獣側も沈黙しはじめる。


「やるねぇ」

 ハイネルはその光景を見て、陽気に口笛を吹く。

 意外だったのは、シルバスという女魔導士が、素直に手を貸してくれているということだ。

 ユリスを助ける為ではあるのだろうが、今の状況では少しでも多く、強者の力を借りられる事が、生命線を繋ぐことにもなった。


 砦の戦力は、駐屯していた帝国騎士を筆頭に、魔導兵団にしても未だ健在ではある。

 だが、日毎ひごとにルノウムから現れる魔獣の数は増えていた。

 帝都からの増援が来る前に消耗戦になるのは、砦の兵達にも悪い結末を想起させてしまう。


 それでなくとも砦にはルノウムから逃げてきた難民が数多くいる。

 物資は有限であるし、それらに関わる人間達を近隣に逃がそうにも、人員が圧倒的に足りないのでそれも難しい。現状取れる手段が少ないというのは、それ自体が最も大きな悩みの種にもなっていた。


「団長が帝都から離れるという事は、ここが一番危ないということか」

 ラルザは顔付きを渋くする。


「滅多な事で帝都を離れぬ団長が、いよいよ足を運ぶということは、どうやらそういうことらしい」

 ハイネルは魔導を繋ぎながら、鷹で周囲を探り続ける。


「ルノウムでの魔獣の増え方を見れば、それでも過剰というわけではないか。団長の大魔導がルノウムの国土までも吹き飛ばしてしまわねば良いのだが。……そう言えばユリスは大丈夫なのか?」

 強い砂嵐を受けて、ラルザはかぶりを振りながらハイネルに聞く。

 最近はルディかシルバスのどちらかがユリスの側にいる事が多いのだが、この防衛戦において、かの少年は後方待機となっている。


「ああ、経過を見たが、身体に問題ない。だが、精神的な所に問題がある以上、戦線に復帰するのはまだ難しいだろう」

 戦場は終局へ差し掛かっていた。魔獣達は極小数の生き残りが這々の体でルノウムの奥へ奥へと引き返している。


「早く良くなるといいのだがな。積もり積もった心労もあるのだろう。気を掛けておくか」


「──待て……ラルザ、見ろ。砦の様子が変だ」

 ハイネルは鷹を通して見ていたが、ルード砦のある方向を見た時、大地が歪んで見えた。

 人の目以上に敏感な、鷹の目を通してしか気付けぬ色彩の異変。

 それは、放っておいていいたぐいのものではないと、ハイネルの本能が告げていた。


「なんだと!」

 ハイネルに告げられたラルザは、即座に示された方角を見る。

 魔導を目に循環させ、注意深く探る。

 見た目はいつも通りなのに、ハイネルに言われてみて初めて解る、微かな歪み。

 嫌な汗が流れ、乾燥した空気がラルザの口腔を渇かす。


「行こう、あれは少々まずい気がする」

 部隊の面々と顔を見合わせ、ハイネルは言葉少なめに、戦場に背を向け、ルード砦への帰りを急ぐ。





 * * *





「魔獣達も退くか」

 ルディは剣を収め、戦場の最前線を見渡す。

 一面に広がるのは、死屍累々たる魔獣の屍。

 少し離れた場所で銀髪の女性、シルバス・エドが魔導を持って魔獣の残党を仕留めていた。

 見事なまでに精緻に練られた魔導。エドの系譜を体現しているのであろうそのわざは、ルディの目を奪う程に美しい。


 大地を砂が舞い、千の針と成す。

 全身にその攻撃を受け、獰猛な獣は姿を無残に散らしていく。


「どうしたの?」

 シルバスは、彼方を見ていた視線をルディへと向ける。


「いや、見事な魔導だと思ってな」


「そう、……貴方は何故ここに居るのか、聞いてもいいのかしら?」


「──あぁ」

 シルバスの紫紺の瞳に見つめられて、ルディは緊張を高めていく。


「フィテスの一族が王都を離れることはそうないはず、貴方は……」


──瞬間、耳鳴りがする。

 次いで風が吹き、衝撃が走る。


「なんだ!」

 ルディが振り返る。シルバスも硬い表情のまま、異様な気配の先を見る。


「……そんな、早すぎる!」

 ルディは悲鳴にも似た声を上げる。


 ルディとシルバス、魔導兵団の団員達が見た先。

 時刻はまだ昼だというのに、砦のある方角が真っ暗な雲に覆われようとしていた。

 それは空を埋め尽くすように少しずつ広がっていく。

 雨雲が猛烈に発達していくように。


 その形はまるで、空という大海を泳ぐ、竜の形をしていた。





 * * *





 雨音が激しくなる。


 きりのように白く微睡まどろむ街中を、一人の男が足早に進む。

 黒い髪を雨に濡らしながら、石畳を踏みしめて。

 身を冷たくする驟雨しゅううでさえ、男の感情を揺るがすことはない。


 グリーク・エドは、歩みを止めない。


 魔導の真髄に至り、大いなる魔導王の一端にも触れた。

 それでも最愛の者を救えなかった。


 であればこそ、

 であるからこそ。


 グリークが振り返ることはなく、迷うこともない。

 一歩ずつ、確実に、望む場所を目指して。


──たとえその結末がどうなろうとも。





いつもお読み頂きまして、ありがとうございます。


次回投稿予定日は5月24日月曜日となります。

『魔導の果てにて、君を待つ 第十一話 予感 中編』

乞うご期待!


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