第二十九話 導火線
僕は今しがた倒した弁慶と名乗る男と、大きく目を見開き、やや動揺したような眞城くんを交互に見る。
(……そうだよ、弁慶が家来になるのは、知盛じゃなくて義経じゃないか)
歴史では、弁慶が橋で挑むのも、負けてお供になるのも、義経だ。そうして生涯義経に付き従い、義経自刃の際も義経を最期まで守り抜かんと、全身に矢を射られながらも、立ったまま討死した……はず。
この弁慶……何を考えている? そもそも挑む相手を間違えた……?
いや、挑む相手が刀を持つ者であれば誰でもよかったとして、お供になるのも自分を負かす相手であれば誰でも良いのだろうか。だって……僕の前世は平家の人間で、源氏の敵なのに。あの最期の戦の時だって、義経のお供として傍にいたはずなのだ。
改めて弁慶と名乗る男を見遣るも、その真意はつかめない。
対する眞城くんは、信じられないという様子のまま弁慶を凝視する。
「この騒ぎ……弁慶と名乗る者が、出た、と……聞いて、……。」
そう言う眞城くんは、うまく言葉が続かない。あのポーカーフェイスな眞城くんは、大きな瞳をさらに大きく見開き、弁慶を見ている。正直、ここまで動揺するのも意外だと思った。
眞城くんは弁慶をじっと見ながら問いかける。
「本当に、弁慶……?」
「いかにも」
「なんで違う橋に……僕、いつも《《五条大橋》》の方で探していたんだよ……! ねぇ、僕のこと、覚えて、ない?」
「……さぁ」
「……」
「行きましょう伊月殿」
僕の手を引いて行こうとする弁慶。その様子を見る眞城くんは、受け入れられないとでも言うように、愕然とした表情のまま動かない。
いや……本当にこの人が本物の弁慶だったら、そういう反応になるんだろうか。
……だけど。
「いや、行きましょうと言われても……僕、備後に帰るんじゃが」
「備後?」
こんな大事になってしまったけれど、本当にもうそろそろ帰らないと遅くなってしまうし早く京を出たい。日はだんだんと傾きかけ、茜色に輝く太陽は、そろそろ夕刻時を告げている。どうしたらええのか。
「待って、伊月くん」
その声に顔を上げると、先程とは打って変わって、今までに見たこともないくらいに殺気立つ眞城くんが、腰に佩刀した太刀……薄緑に手をかけているところだった。先ほどの動揺した様子からは一転、目には鋭さが増し、言葉尻にも怒りが感じられる。
「……許さない」




