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第二十話 君は最強

 朝霞くんたちから少し離れたところで、冷静に、何か打開する方法を考える。こいつの弱点が目だとして……視界に入っている間がダメならば……



……!



 そういえば、あいつの狙いは先程から朝霞くんに集中している気がする。ギョロ目の割に僕や秋宮くんの事、ちゃんと見えてる? そもそも提灯鮟鱇って深海魚のはず。目が一つしかないということは視野が狭いのか、もしかしたら立体的な空間認知にも欠けるかもしれない。深海魚なら視力的な退化が見られてもおかしくないけれど、逆にあの触角は感覚器としても優れているのでは……若しくは、動いている者や自分に害を成す者を優先的に追う習性でもあるのだろうか。

 だけど総合的に判断するとしたら……まずおそらく、背後は死角。一人が引き付け役になれば、もう一人は視野から外れて攻撃できるチャンスが生まれるかもしれない。



「朝霞くんっ!あいつは、僕が引き付けるけぇ、後ろから回って……! あいつの背後から乗ってしまえば切れるんじゃないか!?」

「そんなことをしたら、伊月くんが危ないじゃろ!」

「大丈夫っ! 君は最強だったんじゃないんか」

「……! ほぉじゃなぁ、お前の指示で俺が戦えば、敵なんかおらんわ!」



 そう言って朝霞くんはどっしりと構え、口元ににやりとした笑みを浮かべる。そうして《《目立つように》》大声を出しながら勢いよく東へ走り出す。それでいい。僕は落ちていた砂利を拾って手に力を込める。少々手が震えているのは緊張か、武者震いか。


 息を殺してじっと敵を見据え、そのタイミングを待つ。この緊張感は、僕の中の静かなる闘志に火をつける。前世は……武勇と知略に長けた武将だったという。

 ()はスン、と覚悟を決めた。


 敵は東へ走る朝霞くんに合わせてゆらりと巨体を動かし、バシッと触手で討つ。だけど恐らく、あいつは単純。動いているものを優先的に目で追うのは正解かもしれない。

 朝霞くんが東に九十度ほど離れたところで僕は敵に向かって大声をあげ、走り出した。



「うおりゃぁあああっ、こっちじゃ! くらえぇっ!」



 僕は握りしめた砂利を敵の目を目掛けて投げる。意識のほとんどが朝霞くんに向いていた敵は驚いて奇声を発する。



ギッ! イィイイイエエアアアアアアアイイイイィイイッッ!!!



 ……やっぱり、目は痛いよね。わかる。魔物は少々涙目になっているようにも見えた。

 だけどそうして敵の意識はこちら()を向く。怒りに任せて奇声を上げ、触手をビシバシと打ち鳴らしながら、こちらに向かってきた。



ギヤアアァアアアアアッ!! 



 触角を打ち付けるたびに物凄い衝撃が地面から伝わってくる。怒った魔物と言うのは、正直、ひどく恐ろしい。

 先程までのどっしり構えた冷静さはどこへやら、僕は「ひっ」と少々情けない声を出しながらも、すれすれのところでその触角を躱す。これは……完全に()()()()()である。ひゅっ、と髪を薙いで行ったときは思わず肩がびくっと震えた。敵は左右の触角を交互に振り回し、僕をなぎ倒そうとする。怖い怖い怖いっ……朝霞くん、(はよ)ぉ……っ!


 その時、左からの触角を避けようとして後ろに退いたところを、右の触角で足を弾かれた。


 バシッ!



(痛ッ……!)



 僕はその場に膝をつく。打たれた右足からどろりと血が流れるのを見た。……痛い。骨は……っ、……だけど今反対の触角で打たれたら、逃げられない。咄嗟にポケットに入れた短刀を握りしめた。



「伊月ィ! 伏せろ!!」



 朝霞くんのその声に、ばっと反射的に僕は伏せる。伏せると言うより、もう頭を庇って丸くなっている状態に近い。だけど、その刹那



ギャアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!



 魔物の、耳をつんざくような声。それと同時に、僕のすぐ目の前に片方の触手どさりと落ちた。はっとして魔物を見る。そこには片方の触角が切り落とされた魔物がいた。



「伊月、大丈夫か!」

「な、なんとか……っ!」



 右足から血はどくどくと流れているものの、動ける。骨は折れていないのかもしれない。魔物は痛みに悶えて体を大きく反らせたがために、朝霞くんは「目ぇがまだなのに……っ」と悔しそうに魔物の背から飛び降りるのを見た。



 朝霞くんが駆けてくる。僕は痛む足を抑えながらなんとか立ち上がる。

 ……と、その時、朝霞くんは駆ける足をピタ、と止めて物凄い剣幕で僕の後ろの方を見る。



「……眞城……」

「えっ」



 振り返ると、眞城くんがこちらに向かって歩いてくるところだった。腰には三尺(約九十センチ)弱もの刀を佩刀し、白いシャツと白い頬を返り血で赤く濡らした眞城くんは、昨日と同様……どことなく妖艶な雰囲気を醸し出している。そんな眞城くんは、にやりともにこりともつかないような笑みを口許に携えてこう言う。



「ねぇ、僕も一緒に討伐していい?」

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