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第十七話 条件

 ……



 …



 * * *



 …



 ……



 日は高く昇り、戦はもう終盤に差し掛かっている。

 味方の一部は寝返り、潮の流れは反転して向かい潮となっている。敵に漕ぎ手を射貫かれて舵を失った船は波を漂い、壊滅的な平家の状況に、敗北はもう……すぐ目の前だった。

 だが今日を最期と赤い直垂に鎧を重ねた平教経(たいらののりつね)は最後まであきらめようとはせず、自身の愛用した弓にて散々に射まくり、矢が尽きると右手に大太刀、左手に長刀を持って、東国の男たちを猛烈に切りまくっている。



『おおおおおおっ!!! この教経に向かってくる者はおらぬのか!!』



 だがその恐ろしさに敵味方誰も教経に寄ろうとする者はおらず、私も同様、彼の雄姿を遠くから見守っていた。だが……そんな教経に私は使いを送ったのだ。



『戦だからとむやみに弱い敵を討って、あまり罪をお作りなさるな』と。



 すると教経は『ははぁ……弱い敵ではなく、大将(義経)を討てということだな。ならばその役目、しかと引き受けた!』と言うなり、船に飛び移っては敵の大将……義経を探し始める。



『源氏が御大将、九郎判官義経はどこだ! この教経と手合わせ願うっ!!』



 源氏側もなんとか教経を止めようとするも、教経に少しでも向かってこようものなら忽ち切り伏せられていく。義経はなかなか見つからない。……だが、散々暴れまわった末に、教経はついに義経と思しき色白の男を見つけた。教経ははっとして刀を持つ手に力を込める。



『源氏が御大将と見受けられる! 九郎判官殿、御覚悟ォッッ!!!』



 教経は全ての思いを込めて切りかかろうとするも、それを見た義経はひらりと八艘もの船を飛び、逃げおおせたのであった。



 ……



 …



 * * *



 …



 ……




 ……教経がこうして義経を追いかける際に、義経が船八艘分飛んで逃げたことから、『八艘飛び』というエピソードが生まれたのだという。そして教経はというと、八艘もの船を飛び越えるなどという芸当は流石に無理だと悔しながらに断念し、結局最期に教経に挑んできた者どもを「自分の死出の旅への供をしろ!」と両脇に抱え、入水したのだ。



……。



 だけど、先ほどの眞城くんの言葉と今の記憶で確信した。僕の記憶……「私」目線で見ているのは平知盛のものなのだと。

 だけど先ほど教経にかけた言葉の意図とは……『罪を作るな』と情け深い言葉にも思えるが、確かに『雑魚ではなく大将を討て』と言っているようにも見える。



 止めたのか、指示を出したのか……



 いや、今はそれどころじゃない。朝霞くんを止めなくては。

 朝霞くんは僕を振りほどき、眞城くんの向かった方へずんずん進もうとする。

 「待ってよ!」と、そんな彼の服を僕が掴むと、朝霞くんは僕の手を払いのけ、襟元をぐいと掴んで引き寄せる。



「お前に……っ、何がわかるんよ! あの無念が……俺がどれだけ前世の記憶に悩んどるんか……! あいつ(義経)はあの合戦で()()()()()()という反則をしでかした上に、逃げたんやぞ!」

「だけどもくそもあるかぁ! なぁ朝霞くんしっかりせぇよ、教経(のりつね)だって来世まで引きずるなんて思よらんじゃろ! もんのすごい大往生だったじゃないか……っ、前世と混同すんなやっ!」

「……なんで伊月……俺が、教経だと」



 眉根を寄せながらも驚きを隠せない朝霞くんは、僕の襟を掴んでいた力を緩めて僕を離す。



「今自分でも言いよったじゃろ、壇ノ浦の戦いのことを。それとも無意識か? それにな、僕もその記憶が蘇ったんよ……絶対、今の(教経)は、君。そんで僕の前世も、平家の武将だった」

「……そうか、やっぱりな。お前の前世、もしかしたらとずっと思よった。でも……じゃあ、俺の気持ち、なんでわからんの……!?」

「じゃけぇ言うとるじゃろ……っ、前世は前世、今は今なんだって。それに」

「……」

「今は眞城くん追っとる場合じゃないじゃろ……っ、魔物を倒しに来たんじゃないんか!」

「……っ」

「今世は仲違いなんかせず、一緒に魔物を……」

「わかった。じゃあお前、今すぐ元服しろ」

「え?」

「お前が平家の者だったってこと、証明してみろよ。ほんまに思い出したんか、どうか。口先だけでなら、なんとでも言えるからなぁ……! そんでお前が俺に勝てれば、二度と眞城に手ぇ出さんって誓ったる」

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