11話 残念美人なアオイ
「ふぅ、堪能したのぅ」
「ですぅ~」
タマモとアオイはそれぞれに輝かんばかりの艶々とした表情で笑っていた。
お互いに全力で若干アレな趣味を堪能したのだから。しかもそれぞれに至高とも言える存在での堪能なのだから、満足感はひとしおだろう。
「……よかったね、タマちゃん」
「満足できたようでなによりだね」
しかしふたりのなんとも言えないやりとりをそばで見守っていたヒナギクとレンにとっては笑えないことであった。それどころか若干引いてしまっていた。
(人の趣味をどうこう言いはしないけど)
(それぞれに一般的じゃないだよねぇ~)
アイコンタクトで意思の疎通をはかるヒナギクとレン。
とはいえ、タマモの趣味などとっくにわかっている。わかったうえでクランを組んだのだ。だからタマモにとってはいまさらである。
ただアオイに関しては「この人大丈夫かな」と思ってしまっていた。
(タマちゃんを抱っこしながら目にハートマークを浮かべさせていたら、危険人物判定はやむなしだもんなぁ)
(ほぼメス顔だもん。というかタマちゃん、この人に本当になにをしたんだろうね?)
(さぁ? まぁタマちゃんだからねぇ)
(あぁ、タマちゃんだもんねぇ~)
しみじみと頷き合うヒナギクとレン。「タマモだから」という理由はタマモ本人にとっては不服だろうが、実際それで説明できてしまうのだから無理もない。
とにかくアオイはヒナギクとレンにとっては危険人物という扱いが決定していた。
もっとも当のタマモはアオイには完全にノーガードなため、というかアオイを疑っているような反応は皆無なため、いくらタマモにアオイが危険であることを説いたところで無意味だろう。
むしろアオイにとってもある意味タマモは危険人物であることを伝えなければならない。
この見た目ロリータには、見た目通りの純粋無垢さなど皆無であると伝えなければならない。
しかし会ったばかりのヒナギクとレンの言葉を鵜呑みにするわけもないのは目に見えていた。
(当分放置かなぁ)
(それでいいんじゃない?どうせ似た者同士だし、このふたりは)
(あぁ、そっか)
ヒナギクとレンにとっては、タマモとアオイは似た者同士という風にしか見えなかった。
見た目は真逆であるのに、中身はほぼ同じようなもの。ゆえに似た者同士とヒナギクとレンは感じていた。
だが、似た者同士であるからこそ、決定的な対立が起こりえるかもしれない。しかしいまのところその兆しはない。その兆しがないのであれば、好きにさせておけばいいのではないかとヒナギクとレンは考えたのだった。
「はぁ、やっぱり一家にひとりはタマモが欲しいのぅ。とても癒される」
「それを言うのならボクも毎日朝昼晩でこうしてアオイさんにだっこして欲しいですねぇ」
思わず本音であろうことを洩らすアオイ。しかしタマモはその言葉を流すように、いや、半分は冗談で言い返していた。
だが半分は冗談の一言にアオイの動きが止まる。
(え、いまのはプロポーズか? プロポーズなのか? 本格的に私のものになりたいとそういうことなのか!?)
アオイの体を衝動が駆け抜けていく。タマモの頭を撫でていた右手がぷるぷると震えていく。
(あ、この人ヤバい)
その反応からヒナギクとレンの中ではますます残念な美人という扱いを受けるアオイ。しかし当のアオイは駆け抜けていく衝動と必死に戦っている最中であり、ほかのことを気にしていられる余裕など皆無だった。
(タマモが私のものに。こんなかわいくて、愛らしい子が私のものに)
「……ごくり」
「アオイさん?」
「いやいやいや、なんでもない。なんでもないぞ、ほっほっほっ」
意識が別の世界に飛んでいたアオイだったが、タマモの声によって意識を戻すと、全力で首を振って「なんでもない」と言い切るアオイ。しかしその顔はとても真っ赤になっており、誰がどう見ても「なんでもない」わけがなかった。
(……やっぱり若干ヤバくない?)
(若干どころかおもいっきりヤバイかも)
アカバンされたプレイヤーはまだ現れていないが、いまここにその候補が、それも最有力候補が現れてしまったのだ。ヒナギクとレンが焦り出すのも無理もない。
だが、無意識にアオイをアカバンに追いやろうとしているタマモは、アオイの変化には気づかない。それどころか、アオイの腕の中でくるりと反転して、下から上目遣いをするようにしてアオイを見つめてしまった。
「アオイさん、大丈夫ですか?」
こてんと小首を傾げながら、やや心配そうにアオイを見上げるタマモ。金色の立ち耳は力なく垂れ、三本ある尻尾はその心中を現すように所在なさげにぱたぱたと振られていた。
もしコンボ数が表示されるゲームであれば、いまのタマモの言動だけで5コンボは確実に受けたことだろう。だがタマモは手を止めることなく畳み掛けていく。
「顔真っ赤なのです。熱があるんですか?」
言うや否や、タマモはアオイの前髪を掻き上げてみずからの額をアオイの額にくっつけてしまう。
びくんと大きく体を震わせると、ぴたりと硬直し、動かなくなってしまうアオイ。だが、そんなアオイにタマモは気付かない。気付かないまま、「う~ん?」と首を傾げるだけである。
(あれ、下手したら誘っているとしか思われないよね?)
(タマちゃんとしては善意での行動なんだろうけどね)
傍から見れば誘っているとしか取られないであろうタマモの行動。しかし当のタマモは大真面目にアオイの心配をしているだけである。その齟齬がタマモとアオイの関係を決定的にややこしくしているのだが、タマモはそのことには気づかず、ただアオイの熱を測り続けていた。
「おや、こんなところにおられましたか、「姫」」
不意に知らない声が聞こえてきた。タマモが振り返るとそこにはフードを被った猫背だが、長身の男性プレイヤーが立っていた。
「……えー、どういう状況ですかな?」
しかし長身の男性プレイヤーは現状を呑み込めないようで、フード越しに頭を掻いていた。とはいえ、無理もないことだろうなとヒナギクとレンは思った。おそらく「姫」というのがアオイのことであるのは間違いない。しかしその「姫」たるアオイが再起不能状態になっているのだ。男性プレイヤーにとってみれば、理解できない、というか、理解しがたい光景であろう。
それでもどうにか説明するべき、ヒナギクとレンは「えー」や「あー」と声を出しながら、続けるべき言葉を探していた、そのとき。
「……その声は「宵空」か。手間を掛けさせたようじゃな」
「え、あ、いえいえ、お気になさらずに。それよりもそろそろお時間ですぞ」
「……もうそんな時間か。すまぬが、タマモや。今宵はここまでじゃの」
意識を取り戻したアオイがタマモをそっと脚の上から下すと、颯爽と立ち上がった。その姿だけを見るとカッコよく見えるが、両足がプルプルと震えていた。あえてそのことを突っ込まないであげるのが優しさというところだろうか。
「では、また会おう」
それだけ言って、マントを翻してその場を後にするアオイ。「宵空」と呼ばれた男性プレイヤーはぺこりと一礼をしてからアオイの後を追いかけていく。
相変らず足が震えているのがなんとも言えないが、本人的にはカッコをつけているのだろうが、足を見なければカッコいいだろう。そう足さえ見なければ、だ。
「アオイさん、大丈夫でしょうか?」
「……たぶん大丈夫じゃない?」
「うん、たぶん大丈夫だよ」
心配するタマモにヒナギクとレンはあっさりと言った。その後ろ姿が見えなくなるまでタマモはアオイの背を目で追い続けたのだった。




