31話 確信は勘違いになる。
「ヒナギクさんにも勝ちましたー!」
タマモは全身を使って喜びを表現していた。
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら喜ぶタマモ。その姿は見た目相応の幼い少女のように見えた。がヒナギクとの特訓で見せた攻防は幼い少女が考えたものとは思えないほどに、考え抜かれたものだった。
「……タマちゃん」
「はい? あれ、もしかしていまのはなしですか!?」
ヒナギクは顏を俯かせていた。怒っているようにも見える姿だった。その姿にいままでのあれは無効だったのかと慌てだすタマモ。がそんなタマモを見てヒナギクは少しだけ慌てた。
「あ、いや、そんなことはないよ? いまのは私の負けだね。ただ、うん。いままでのタマちゃんからは考えもつかない作戦だったなぁって」
そういまのやり取りは普段のタマモであれば、決してやらないものだ。
そもそもわりと臆病なタマモがみずから進んでヒナギクの攻撃に近づきはしないだろう。
普段のタマモなら大きく距離を取ろうとするはずだ。みずから踏み込んでくるなんてありえるわけがない。
どう考えても誰かの入れ知恵だろう。そしてその入れ知恵道理にタマモは動いた。そうとしかヒナギクには思えなかった。
「誰かに相談したの?」
「あ、はい。ちょっとリアルで知り合いのメイドさんに」
「メイドさん?」
「メイドさんの知り合いって。タマちゃんのリアルってどうなっているの?」
話を聞いていたレンが苦笑いしている。だが、いまのひと言でヒナギクの中の疑惑が確信へと変わり始めた。
(メイドさんってことは、早苗さんのこと? 考えてみればいまのやり方だって早苗さんが思いつきそうなものだもの。ということは、まさか、本当に?)
ヒナギクの中の疑惑──タマモが「憧れの人」である「まりも姉様」ではないかという疑惑が確信へと至っていく。
同じ初期組であり、見た目が同じ、そして知り合いのメイドさんがいる。それだけでは確定とはとてもではないが言いきれない。言いきれないが、ヒナギクの中では「タマモ=まりも姉様」という公式が出来上がりつつあった。
「あ、えっと、ですね。ボクが小さい頃から家で働いてくれている美人さんなメイドのお姉さんなんですけどね」
「家で働くってことは、タマちゃんの家ってお金持ちなんだ?」
「ん~、それなりにはだと思いますけどねぇ。世界中の人が知っているレベルというわけではないですけど、そこそこ有名かなとは思っています」
「マジかぁ。タマちゃんってお嬢様だったのかぁ」
信じられないというように呟くレン。そんなレンになんとも言えない顔で苦笑いするタマモ。そんなふたりのやり取りを聞きながら、ヒナギクの確信はより深まっていく。
(やっぱり、早苗さんのことだ。早苗さんはたしか姉様が子供の頃に雇われた人だっていう話だったし。早苗さんはとてもきれいなお姉さんだもん。そして姉様の「玉森家」は有名な企業を経営している。じゃあ、やっぱりタマちゃんは、ううん、この人は)
ヒナギクは静かに唾を飲んだ。唾を飲みながらも「まりも姉様」と言おうとした。
「じゃあ、そのメイドさんの指示なんだ?」
「ええ、そうですね。でもめちゃくちゃ怖かったですけど」
「まぁ、ヒナギクの攻撃にあえて踏み込んだらそりゃ怖いって」
「ですねぇ。改めて理解しましたよ」
「でも臆病なタマちゃんがよくできたね?」
「それはもうお胸のためです!」
(え?)
不意に聞こえてきた単語をヒナギクは理解できなかった。いまなんと言ったのだろうか? お? お? お、なんと言った? 理解できないまま、タマモとレンの会話は続いていく。
「胸のため?」
「はい。頑張ってヒナギクさんとの特訓を一回で終わらせることができたら、メイドさんが、ご自分のお胸を、それも生のお胸を触らせてくれるって言ってくれたのです!」
きらきらと目を輝かせながら、なんともダメなことを言い出すタマモ。そんなタマモにレンは絶句した。だが絶句したのはレンだけではなく、ヒナギクも同じだった。
(え? え? む、胸のため? 胸を生で触らせてもらうためにあんなことをしたの? え? いやいやいや、ありえない、ありえない。まりも姉様はそんな邪なことを考える人じゃないもの)
ヒナギクが知る「まりも姉様」はそんな邪な考えを持つ人物ではなかった。まりも姉様はもっと崇高な存在だった。だからタマモのような邪な考えを持つわけがないのだ。
「あー、いまから楽しみですよぉ~。生のお胸に顔を埋めてぐりぐりとするのです。メイド服の上からでも十分に至福でしたけれどぉ、やっぱり生のお胸の方がより顔にフィットしてくれそうなのです」
恋する乙女のように、顔をぽっと紅く染めて、夢心地な表情を浮かべるタマモ。しかし鼻から下はとてもだらしなく伸びきっていた。その表情と言動にヒナギクは思った。
(あ、うん。私の勘違いだ、これ)
どう考えてもタマモと「まりも姉様」が同一人物であるわけがない。ただの他人の空似だとそう確信したのだった。実際は勘違いではないのだが、現実と理想の乖離が激しいということにヒナギクが気づかなかっただが、そのことを教えられる人物が誰もいなかった。
「……まぁ、タマちゃんがそれで頑張れたと言うのなら別にいいんだけどねぇ」
レンが呆れている。しかしそんなレンの反応にタマモは一切動じない。
他人の言動に一切動じないというところは似ているのに、と思ったが、あえて言うことはせずにヒナギクもまたレン同様にタマモの言動に呆れ始めた。
だがタマモはそのことにまるで気にせず、ログアウト後のめくるめくヘヴンを思うだけだった。
「きゅー(まぁ、いつも通りか)」
そんな三人のやり取りを眺めて静かにため息を吐くクーだった。
こうしてタマモの特訓は二段階目も無事に終了したのだった。
まぁ、うちのタマちゃんがそんな真面目な理由で頑張るわけがないということですね。そしてそんなタマちゃんの扱いを熟知している早苗さん。主従の力関係がよくわかりますね←しみじみ




