29話 「フィオーレ」
ヒナギクとレンのストリートファイトは白熱したものだった。
手数で攻めるレンと一撃ですべてをひっくり返そうとするヒナギク。そんなふたりの戦いは自然は白熱していった。
本来であれば、一撃を意識しすぎるとかえって相手の思うツボになってしまいがちなのだが、ヒナギクの場合は要所要所での一撃を放っていたし、レンの攻撃をすべて防ぐか避けていたので、レンの思うままの展開にはさせていなかった。
とはいえ、レンもヒナギクの攻撃をそのまま喰らうほどバカではなかった。大抵の攻撃は避けるかカウンターを取っていた。時にはダメージを喰らってしまうこともあったが、少しでもダメージを減衰させようとスリッピング・アウェイ──ヘッドスリップ等の受け流しを利用していた。
それでもなおヒナギクは果敢に攻めていた。レンからのカウンターをさらにカウンターで合わせもしていた。本来ならそんなことはできないはずなのだが、なぜかヒナギクは平然と行っていたし、そのカウンターでさえもレンは難なく避けていた。
「プレイヤースキルが高すぎるのですよ」
「きゅー」
ヒナギクとレンの戦いは高度すぎて、まるで参考になっていなかった。ただひとつわかったのは、ヒナギクもレンもタマモよりもはるか高みにいるということだけだった。
いったいどういう生活をしていれば、平和な日本でこんな高等技術でのせめぎ合いができるようになるのだろうか?
ふたりとももしかしたら戦闘民族なのではないだろうか?
ふたりのストリートファイトをクーとともに観戦しながらしみじみと思うタマモ。
「これ、いつまで続くんでしょうね?」
「きゅー?」
ふたりがやり始めてかれこれ十数分は経つが、一向に決着が着く様子はない。このまま決着なんて突かないのではないか。そうタマモが思い始めたときだった。
「もういい加減しつこいっての、この厨二野郎!」
「それはこっちのセリフだ、このファンシー女!」
ヒナギクもレンも揃って足を止めた。いい加減やり合うのが飽きたというところなのだろう。次の一撃を最後にする。ふたりの表情と言葉からはそんな意思をありありと感じられた。ふたりが揃って拳を握り絞めながら距離を取り合った。
お互いに渾身の力を込めた一撃。ふたりはそれぞれに腹の底から叫びながら、同時に地面を蹴り、そして──。
「おーい、タマモちゃーん。今日の分の絹糸を──」
「で、デントさん!? こ、こっちに来ちゃダメ──」
「──へ? なにを言って──がふぅぅぅ!?」
──そこにちょうど運悪くファーマーのデントがやってきてしまった。
ヒナギクもレンもすでにお互いしか見えていなかったため、いきなり射線軸に現れたデントへの対応に遅れてしまった。
お互いにすでに腕を振り抜いていたということもあり、その拳がデントの両頬にと突き刺さった。
結果デントはまるでギャグ漫画のように上空にと体をきりもみ回転させながら上昇していった。
「で、デントさぁぁぁん!?」
きりもみ回転していくデントにタマモは悲鳴じみた声をあげた。
やがてデントは地面に顔から着地した。体がびくびくと痙攣しているが、とりあえず死亡判定にはなっていないようだ。
ただし気絶してしまったようだった。これがリアルであれば、わりとグロいことになりそうだが、ゲーム内であるため、ただデントが気絶したというだけで留まっていた。
ゲームでよかった。心の底からそう思ったタマモだった。
「……あー」
「……んー」
デントという尊い犠牲を払ったことでヒナギクもレンも頭に上っていた血がだいぶ下がったようだ。
なんとも言えない顔でぴくぴくと体を痙攣させているデントを見やりながら、揃って咳払いを始めた。
「……名前決めようか」
「……そうだね」
「いや、さらっと流さないでくださいね!?」
デントの犠牲をなかったことにするようなことを言い始めたふたりにタマモは思わずツッコんでしまった。
ヒナギクもレンも「そうだよねぇ」とため息を吐きながら、気絶しているデントの介抱をしたが、デントは気絶したままだった。
ふたりの一撃の破壊力がどれほどのものであったのかを痛感させられる結果となった。
「……とりあえず、介抱しながらも話し合いをしない?」
「そうだね、このままだといくら時間があっても足りそうにないし」
「……仕方がないですね」
ふたりが言う通り、デントが起きるのを待っていたら、いつまで経っても話が進みそうにない。タマモとしては後回しにするようであまり気分はよくなかったが、ログイン限界という言葉には勝てなかった。
「とりあえず、おふたりが考えた候補は却下しますね?」
「……正直認めたくないけれど」
「……それが無難だよね」
あはははと笑い合うヒナギクとレン。お互いのネーミングセンスの罵り合いから始まったストリートファイト。これでどちらかの候補を受け入れればまた同じことになりかねない。タマモがきっぱりとふたりの意見を切り捨てるのも当然と言えば当然だった。
「さてボクの候補ですが、実を言うとヒントを貰って考えたものなのです」
「ヒント?」
「ええ。ボクたちはみんなバラバラな名前ですが、実は共通点があったのです」
「共通点なんてあったかな?」
ヒナギクもレンも首を傾げていた。どうやらふたりとも思いつくものがないようだった。
とはいえ、タマモ自身リーンに言われるまで知らなかったので、ふたりの反応は当然だった。
「ええ、あったのです。それは花の名前です」
「花?」
「ええ。レンさんは「蓮」でヒナギクさんはそのまま「雛菊」、そしてボクは「アジサイ」なのです」
「アジサイ?」
「ええ、「タマアジサイ」という品種があるそうなのです。花言葉は「辛抱強い愛情」ということでした」
「なんだかタマちゃんにぴったりだね」
「あははは、ちょっと恥ずかしいですけどね。まぁ、ボクのことは置いとくとして。ヒナギクさんとレンさんの花言葉もそれぞれに合っていると思うのです」
「雛菊」は純潔、平和という言葉になり、「蓮」は清らかな心という言葉になる。ふたりともよく似合う言葉だった。
「だからこそボクは、ボクたちクランの名前を「フィオーレ」がいいと思うのです」
フィオーレ。イタリア語で花を意味する言葉。思いつく限りの「花」を意味する言葉の中でもっとも響きがよかったのがフィオーレだった。
「……フィオーレ、ね」
「悪くない。ううん、とてもいい名前だね」
ヒナギクもレンも好印象のようだったし、ふたりとも対抗するような名前を出すこともしなかった。ほぼ満場一致と言ってもいいだろう。
「それじゃ」
「そうだね」
「うん。決まりだ。俺たちクランの名前は──」
「「「フィオーレだ」」」
意識することなく三人そろって名前を口にした。
何気なく付けた名前ではあった。しかしその名前が後に「EKO」内で知らぬ者のいないクランとなることをまだこのときの三人は知らない。
知らないまま、三人は「フィオーレ」の名をそれぞれに口にしながら揃って笑い続けていた。
こうしてタマモたちのクラン──「フィオーレ」はこの日正式に発足したのだった。




