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27話 名前

「……うぅ、膝が痛いです」


「いや、あんなことをすればそうなりますよ?」


 農業ギルドの一角をタマモはリーンと隣り合って歩いていた。



 タマモは時折膝頭を擦っているが、リーンはいくらか呆れた顔をしていた。


「せっかくの晴れ舞台を自ら台無しにするなんて聞いたことないですよ、タマモさん」


「……あぅ」


 リーンが呆れているのは、タマモがギルドマスターから功績を讃えた勲章の授与の際に、まさかのジャンピング土下座をしたためだ。


 タマモとしては家賃の催促だと思っていたのだが、まさか授与式だとは考えていなかった。


 そもそも勲章を貰うほどの功績をあげたとは考えてさえもいなかった。


 だからと言って、家賃を払えと言われると思っていたという考えもわからなくはないとリーンも思うが、せめて雰囲気からいろいろと察してほしかったものだ。


(というか、そもそも家賃を払わせるためだけに私が部屋の前で待つわけがないでしょうに)


 家賃を払わせるだけであれば、わざわざ受付チーフであるリーンが部屋の前で待つ必要はない。そのくらいの些事であれば、別の職員に向かわせればいいだけのことだった。それを受付チーフであるリーン自身が待っていたのだ。相応のなにかがあったと連想しそうなものだった。


 しかしタマモが思いついたのは家賃の取り立てだった。たしかにいつまでも無料で部屋を貸すというのはどうかという声は上がっていた。


 だが、それを不問にさせるほどの貢献をタマモはしていた。むしろこの短期間で勲章の授与をされるほどの貢献したことを踏まえれば、無料で部屋を貸し出す程度なら、どれほどまでに長期間であって問題はない。そう思わせるほどにタマモの農業ギルドに対する貢献度は高かった。実際ギルドマスターもそう考えているからこそ、一室を無料提供したままでいる。


 が、誤算だったのはその当のタマモ自身が、農業ギルドへの貢献度がどれほどのものであるのかを理解していなかったということに尽きる。今回はまだギルドマスターだけだったからいいが、これがもしお偉方を呼んでの本格的な授与式であれば、目も当てられない惨事になっていたことだろう。いわば今回のことは運がよかったとしか言いようがない。


「とにかく、次からは気を付けてくださいね、タマモさん」


「はい、申し訳ないのです」


 タマモはしゅんと肩を落としてしまった。三本あるふさふさの尻尾もこころなしか垂れ下がっており、いまにも地面に触れてしまいそうだった。


(……少し言いすぎましたかね?)


 まだ幼い少女に対して強く言いすぎてしまっただろうか。項垂れているように見えるタマモを見て、リーンは少し反省していた。が、当のタマモはへこんではいたが、そこまで気にはしていなかった。


(むぅ。少し直情的すぎましたねぇ。考えてみれば受付チーフであるリーンさんが家賃を支払わせるためだけにボクの部屋の前で待っているわけがないのですよ。……まぁ、そもそもリーンさんが下手にごまかさずに、事情を話してくれればよかったんでしょうけど、それを察しなかったボクにも非がありますからねぇ)


 タマモとしてはリーンがきちんと事情を話してくれなかったせいだと思っていた。むろんリーンの前では口が裂けても言えないし、言わない方がいいだろうなぁと思っているので、あえて黙ってはいるが、タマモの心情的にはなにも言わずに、タマモをギルドマスターの執務室へと連行しようとしていたリーンの非が大きいと思っていた。


 実際なにも事情を説明しなかったリーンにも非はあるだろうが、それでも状況的にタマモもいろいろと察することができたはずだった。見た目通りの幼女ではないのだから、脊髄反射的に行動することもない。しかしその脊髄反射的に行動した結果がこれだった。


 なにも言わなかったリーンにも非はあるが、判断ミスを犯したタマモにもそれなりの非はあった。


 とはいえ、どちらにしろ大事には発展しなかったのだから、あまりお互いに言いあうのも得策ではないことをタマモもリーンもわかっているため、あえてこれ以上のことは言わなかった。


 言わないまま、なんとなく農業ギルドの廊下をふたりで歩いていた。


「そうだ、リーンさん」


「なんですか?」


「リーンさんは名前を考えるのは得意ですか?」


「名前を考える、ですか?」


「はい。実は今度の「武闘大会」にボクのクランも参戦する予定なんですが、クランの名前を考えていなかったのですよ」


「なるほど。それで名前を考えてほしい、と?」


「ええ。第三者の意見って意外と侮れないものがありますから」


「ふむ。たしかにそうですね」


 第三者の意見は意外とバカにできないものである。当事者では見落としがちなものを見つけてくれるものだ。当事者にある「熱」がないからこそ、冷静に判断できるのだろう。


「どうでしょうか? 知恵を貸してもらっても?」


「ええ、構いませんよ。ただひとつお聞きしますが」


「はい?」


「タマモさんのクランのお仲間さんのことを教えていただけますか? ここ最近毎日足しげく通っている男性と女性がいらっしゃいますが、あの方々のことでよろしいのですよね?」


「はい、そうですよ。男性がレンさんで、女性がヒナギクさんなのです」


「レンさんとヒナギクさん。……ふむ」


 レンとヒナギク。そしてタマモ。一見名前にはなんの繋がりもないようだが、よくよく考えてみれば繋がりはあった。


「……ひとつ候補がありますね」


「本当ですか!?」


「ええ。それは──」


 リーンは人差し指を立てながら候補として思いついたその名を口にした。

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