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26話 家賃とジャンピング土下座

 ログインするといつものように農業ギルドの一室が、使い慣れた職員用の部屋の天井が見えた。


「……無事にログイン完了ですね」


 ベッドから起き上がり、無事にログインできたことを確認するタマモ。もっともよほどのことがない限り、無事にログインができないということはありえない。


 国内初のVRMMOということもあり、運営側もできうる限りの外部からのハッキング対策は施している。そのためよっぽのことがない限りは、アカウントの乗っ取りはありえないし、ログイン失敗ということもそうそうありえないため、タマモの確認はあまり意味のないことでもあった。


(いくら大丈夫と言われても、石橋は叩いて渡った方が無難ですからねぇ)


 しかし大丈夫と何度言われようとも、石橋というものは叩いて渡るべきであるとタマモは思っていた。ゆえにあまり意味がなかったとしても無事にログインできたかどうかの確認を怠るつもりはなかった。

「……さて、畑に向かいましょうかね」


 無事にログインできたことも確認できたタマモは、ベッドから降りて畑へと向かおうと部屋のドアを開いた。


「おはようございます、タマモさん」


「リーンさん?」


 扉を開けると向かい側の壁に受付カウンターのチーフであり、タマモの対応役であるリーンが寄りかかっていた。どう見てもタマモを待っていたとしか思えない状況であった。


「えっと、なにかご用なんですよね?」


「はい。ギルドマスターがお呼びですので、ご足労いただけますか?」


「マスターさんが?」


「ええ。お話したいことがあるとのことでした」


「ボクに、ですか?」


 初ログイン後は会うことがなかったギルドマスターが、タマモを呼んでいる。いったいどういう用件なのか。タマモには呼び出された理由がいまのところ思いつかなかった。


「えっと、急ぎなんでしょうか?」


「緊急性はないということでしたが、できれば早めに来てほしいと仰っておりました」


「そう、ですか」


 緊急性がないのであれば、後回しでも構わないと思うが、チーフであるリーンみずからがこうしてタマモのログインを待っていたのだから、緊急性はなくとも重要な用事があるということなのだろう。


(ん~。もしかしてギルドの一室を明け渡せとかでしょうか? もう結構稼いでいますから、いつまでも無料で借りるわけにもいかないですよねぇ)


 タマモが使っている部屋はギルドマスターの厚意によって無料で寝泊まりさせてもらっていた。だが始めた当初とは違い、すでにタマモはそれなりの金額を稼いでいる。さすがに6桁というわけではないが、そろそろ6桁も見えて来るほどには潤沢な資金を持っている。


 それだけの資金を持っていて、いつまでも無料で部屋を貸してもらっているというのは、誰が見ても問題だろう。ただ飯喰らいにもほどがある。


 しかしタマモとて無料で貸してもらっているお返しにと、育てているキャベベの半分はギルドに卸していた。「アルト」周辺ではキャベベの需要は高い。しかし需要は高くてもキャベベ自体は安い野菜なため、いくら育てたところで、キャベベ一本で食べていけるわけではない。


 そのため「アルト」周辺ではキャベベの需要は高くても、キャベベだけを育てている農家はそこまで多くない。ほかの野菜と兼用で育てる農家であれば、それなりにはいるが、それだけではキャベベの需要の半分ほどしか供給できていないというのが現状だった。


 むろん農業ギルド側も手をこまねているわけではない。ファーマーたちのギルドへの貢献度を、キャベベに対してはことさら高くすることで、少しでも需要を満たそうとしているが、それでも雀の涙程度しかなっていなかった。


 しかしタマモが畑を無事に耕してからは、収穫量の半分を納めていることでかなり改善できていた。加えて「クロウラーの理解者」の称号を発見したことで、キャベベを育てるプレイヤーが続出していた。そしてその育てたキャベベをすべてクロウラーたちの餌付けに使うわけではない。


 いくらかのキャベベは余ってしまっていた。その余ったキャベベを大半のプレイヤーたちはギルドに納品していた。おかげで供給の改善は少しずつだが進んでいた。


 さすがに完全に需要を満たせるほどではないが、常に売り切れ状態から、やや品薄という状態にはなっているのだ。それもすべてはタマモの功績であるため、結果的にタマモは農業ギルドに大いに貢献している。もっともそのことをタマモは知らない。


 実のところ、この日ギルドマスターがタマモを呼んでいた理由は、タマモの多大な功績をたたえるためであった。


 しかし自身がそんな貢献をしているとは露とも思っていなかったタマモは、ギルドの一室を追い出されるという発想をしてしまっていた。あきらかな被害妄想なのだが、そのことにやはりタマモは気付かなかった。


「……そうですね。やはりそのあたりの話はしておかないとダメですよね」


「はい?」


「わかりました。これからマスターさんにお会いするのです」


「あ、はい。わかりました。ではこちらに」


 なにやら覚悟の決まった表情を浮かべるタマモに、リーンは怪訝そうな顔をしていたが、これから会いに行くとタマモが言ったことで浮かんだ疑問を後回しにすることにした。


(なんだか、勘違いしているようだけど、まぁいいか)


 あえて事情を聞かないまま、リーンはタマモをギルドマスターの執務室へと案内した。そうしてリーンの案内によって連れて行かれたギルドマスターの執務室へと向かったタマモは、執務室に入るや否や──。


「家賃を払いますので、追い出さないでください!」


 ──とても華麗なジャンピング土下座をギルドマスターへと行ったのだった。

 ジャンピング土下座って実際は見ないですよね。

 まぁ、友人のひとりが某なのは系イベント(名古屋開催)中に別の友人に対して行ったという話を聞いたことはありますが←

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