28話 雷速と剛拳
本日はベータテスター二人組の視点となります。
「「決闘」開始」
聞きなれた機械音声が合図をくれる。
その合図とともにファウストはゆっくりと剣を構えた。狙いはすでに決まっている。
黒髪の剣士らしき男を真っ先に潰す。すでにクロードとも疎通はできているので、狙いがぶれることはない。
(まったくバカな奴らだ)
ファウストは内心で嘲笑していた。
自分たちはベータテスター。それもベータテスターの中でも最強に近い存在だ。
「嘲笑のファウスト」と「鮮血のクロード」と言えば、ベータテスター時では知らぬ者のいないPKだった。
自分たちは二人組でいままでどんなプレイヤーでさえもキルしてきた。PKKでさえも返り討ちにしてやったこともある。
中には「銀髪の悪魔」などの規格外の連中もいたが、ああいう連中とてきちんとした状況を作りさえすればキルすることは可能だとクロードとは話したことがある。
そもそもその規格外の連中さえ自分たちと戦おうとはしなかった。
それは自分たちを恐れたからだ。つまりは持て囃されているだけで大した実力はないということ。
それでも規格外が規格外たる力量を持っていることもたしかなので、あっちが仕掛けてこない限りは、こちらも仕掛けるつもりもなかった。
そうしてお互いに一線を引き合って上手に付き合っていた。
ゆえにベータテスターの中でも最強の一角だという自負がファウストにはあった。それはもちろんクロードにもあるだろう。
その最強たる自分たちと「決闘」をしようなんてどう考えても頭がイカレているとしか思えない。
(まぁ、初心者なんてそんなものか)
最初に声をかけた小汚い狐の獣人も、その獣人を仲間だと抜かす黒髪の男と茶髪の女も明らかに初心者だった。
正式リリースしてから始めたばかりのプレイヤーであることは間違いない。
なにせベータテスト時に見たことはおろか聞いたこともないネームだった。
加えて黒髪と茶髪は狩りでもして手に入れたのだろう皮の装備をしている。獣人に至っては初期装備のインナーだけという問題外だった。
(そこそこのEKを引けて、調子乗っているバカどもだろう。ここは大人としてきっちりと教育してやらねえとな)
防具でだいたいの予想はできた。ただEKがどのランクなのかはわからない。しかしSRランクのEKを所持する自分たちに勝てるわけがない。
(SSRやURなんてものは、しょせんお飾りみたいなもんだろう。そもそも手に入ったって話さえも聞かないってことは、ただ射幸心をあおるためだけに用意されたハリボテってことだ)
そんなハリボテになど興味はない。ベータテスター専用のランクであるBTがあればいい。
BTランクは通常のSRランクと同等のもの。
ただしSRランクのものよりもいくらかピーキーな調整はされている。
そのBTランクをファウストは思うままに操れるという自負がある。
クロードも同じ自信がある。だからどんなランクのEKを出されたところで自分たちに勝てるわけがない。
なのに自分たちとの「決闘」をする。憐れすぎて泣けてくる。
だが喧嘩を売ってきたのはあっちだ。こっちはただあの獣人の少女をオモチャにできればよかったのだ。なのに中途半端な正義感でみずからオモチャになりに来たのだから。本当に哀れな連中だった。
(まぁ、とりあえず男は瞬殺して、あとは女を少しずつ切り刻んでやればいい)
ファウストは舌なめずりをしながら、クロードと視線を交わす。クロードが頷くのを見てから一歩踏み出そうとした。だが──。
「動かねえならさっさと潰しちゃうよ?」
──気づいたときには黒髪の剣士が懐に入り込んでいた。
なぜ、そこにいる? いつ懐に入り込んだ。いや、そもそもいつ踏み込んできた?
「くそ!」
ファウストはとっさに剣を振り被った。懐に入り込まれているが、相手はまだEKを抜いてさえいない。
この状態なら自分の方が早く当てられる。そう思った。だが──。
「残念。ここは俺の間合いだ」
黒髪の剣士が呟く。なぜか視界が回っていた。黒髪の剣士がいない。見えるのは闘技場の天井だった。
「これで勝負ありと言いたいところだけど、うちの仲間をかわいがってくれたよな? その礼をさせてもらうぜ?」
天井だけが見えていたのに、いきなり黒髪の剣士の姿が視界に映った。その手には黒き稲妻を纏った長刀が握られていた。
「いくぞ、「ミカヅチ」」
黒い稲妻を纏った刀身が迫りくるのをファウストはただ見つめていることしかできなかった。
「ふぁ、ファウストぉ!」
びりびりと震動していた。
闘技場全体が震動する中、クロードは相棒であるファウストの身を案じていた。
最初は敵対していたが、一度本気で戦い引き分けたことで、お互いを認められるようになった無二の相棒だった。
だからこそその光景は信じられなかった。
初心者としか思えない黒髪の剣士にファウストはあっさりとやられてしまった。
黒い稲妻を纏った長刀の一振りが直撃した。その際の衝撃と音はまるで落雷のようだった。
その落雷のような一撃を受け、ファウストを白目を剥いて気絶していた。着ていた装備は炭化してしまっていた。
どれほどの一撃を受ければああなるのか。クロードには理解できなかった。
「肩慣らしにもならねえなぁ」
黒髪の剣士は気絶したファウストを眺めながら、退屈そうに呟いていた。
いまのありえない一撃を放っても平然としているということは、いまの一撃は大したものではないということなのだろうか?
本当に肩慣らしの一撃だったということなのか?
肩慣らしの一撃で最強のベータテスターのひとりである「嘲笑のファウスト」を倒したということなのか?
「バカな。バカな。バカなバカなバカなバカな!」
そんなバカな話があってたまるものか。そんなバカげたことが起こってたまるものか! クロードは叫びながらみずからのEKである手甲を構え──。
「はい、隙あり」
「はえ?」
──視界が回った。いや角度がおかしくなった。視界がなぜか横になった。
立っていることができない。膝がなぜか笑っていて、まともに立っていることができなかった。
「うっわ、えっぐい角度から殴ったなぁ。いまの完全に見えていなかったぞ、そのおっさん」
黒髪の剣士が若干引きつったような顔で言う。だがなにを言っているのかいまいちわからなかった。
そもそもいま自分はどうなっているのかさえもクロードにはわからなかった。
「タマちゃんを苛めているような人達に手加減なんて必要ないじゃん。だからだよ?」
「だからってこんな明らかに雑魚臭漂う連中にそこまでしなくても」
「レンは甘いなぁ」
「ヒナギクが鬼すぎるんだよ」
茶髪の女と黒髪の剣士がなにやら言い合っている。なにを言っているのかはわからない。ただ聞こえてきた言葉がひとつだけあった。
「お、俺たちは雑魚じゃねえ!」
そう、たしかに黒髪の剣士は「雑魚」と言った。最強である自分たちに対して「雑魚」と言いきった。
許せない。許しておけない。自分たちこそが「最強」なのだ。
たとえ「銀髪の悪魔」だろうと、たとえ「褐色の聖女」であろうと、どんな規格外と謳われた連中であろうとキルしてみせる。
いや自分たちだからこそキルできるのだ。だからこそ自分たちこそが「最強」であり、決して「雑魚」ではない。
「あれ? まだ立てるんだ。ちょっと加減しちゃったかな?」
「……逆におまえが加減しなかったことが俺には怖くてたまらないよ」
黒髪の剣士が若干青ざめて言う。茶髪の女はむくれているようだが、そんなことはどうでもいい。
なにがあったのかはわからない。わからないが、このままでは終われない。
このままでは自分とファウストは負ける。
最強の一角がこんな名前も知られていないような初心者に負けるなどとあってはならない。そんなことをすればいい笑い物だった。
そうならないためにも、せめて一糸報いなければならない。
卑怯な手で負けた。あと一歩で勝てたのだと言えるように、このふたりを一気に追い詰める。
「喰らえ! 我が奥義! 「百裂拳」」
ベータテスターのために用意された特殊スキルの武術「百裂拳」──。
その名の通り、百の拳を相手に放つ必殺の武術であり、広範囲は扇状に放たれるこの武術であれば、黒髪の剣士も茶髪の女もそろって攻撃を与えられる。
これで少しは面子が保てる。そうクロードは安堵していた。
──パァン、パシッ
「は?」
だが、現実は無情だった。
クロードが放った「百裂拳」は発動しなかった。いや正確には発動していた。
だが、茶髪の女が右腕を伸ばし、クロードの右拳を強く握りしめ、無理やり解除されてしまった。
クロードの「百裂拳」は右の拳から放たれる。その右拳を止められた。完全に発動する前に潰されてしまった。
なにが起こったのか、クロードにはなにもわからなかった。
「……弱い者いじめしかできない人じゃこんなものかな? 私は弱い者いじめは嫌いなんだ。だから」
「だ、だから?」
「一撃でぶっ飛ばす」
茶髪の女が笑う。同時に閃光のようなものが走った。
顏と背中が痛い。闘技場の天井を見上げながらクロードは意識が遠ざかっていくのをぼんやりと感じていた。
あっさりと退場したベータテスター二人組でした。
もうちょっと長くするべきだったかな?
続きは明日の正午となります。




