27話 仲間と決闘と
途中で微胸くそ展開となりますので、ご注意をば。
イベントリからキャベベを取り出しながら、タマモはヒナギクに教わった「調理」の工程を思い浮かべた。
(まずはキャベベを同じ大きさに切りそろえて)
一玉のキャベベをまず半分に割る。
二つになったキャベベをもう半分に割り、今度は芯の部分を切り落とした。
それから同じ大きさになるようにキャベベを切り分けていく。
「へぇ、なかなか手際がいいじゃないか」
「「調理」スキルが低いって本当か?」
「あ、ありがとうございます」
まだキャベベを切り分けただけだが、それでも褒められることは嬉しい。二人組は笑いながらタマモの調理を見つめている。
(……なんか笑顔が変な気はするけれど)
笑顔に引っかかるものを感じるが、いまは「調理」を終わらせることが先決だった。
(キャベベを切り分けている間に、別のフライパンで油を熱して、と)
ヒナギクが言うには「油通し」という調理法があるらしい。そうすると野菜が水っぽくならず、シャキシャキとした食感になるらしい。
「なんか本格的だな」
「意外だぜ」
二人組はまた褒めてくれた。「恐縮です」とだけ答えて切り分けたキャベベを熱した油にさっと通した。
あくまでも揚げるのではなく、「湯通し」なためあまり長々と油の中に入れるわけにはいかない。
(よし。これであとは油切りをして、と。……このくらいですね。であとは)
手持ちのEKであるフライパンに油切りまで終えたキャベベを放り込み、塩コショウとわずかに醤油などの調味料を足し、一気に炒めていく。
やはりEKであるおたまを使って焦げ付かないように注意しながら、調味料がまんべんなくキャベベと混ざり合うように炒めていく。
醤油を熱した匂いが路地の中に漂っていくのがわかる。
二人組はもうなにも言わずに出来上がりを待っているようだった。
「大皿でお出しますか? それともそれぞれのお皿に?」
「大皿で頼む」
「承知しました。では」
調理スペースに置いてある大皿(屋台を購入時にセットであったうちの一枚)を取り出し、その上に炒めたキャベベとフライパンの底に溜まっていたキャベベのうまみと各種調味料が合わさったソースをかけた。
「おまちどうさまです。特製のキャベベ炒めとなります」
二人組のプレイヤーの前に渾身のキャベツ炒めを置いた。いままで一番の出来だった。
これならヒナギクも許してくれる。タマモは高揚とした気分でキャベベ炒めを見つめていた。だが──。
「おい、なんだこれ!?」
「え?」
「キャベツしか入っていないじゃねえか!」
二人組のプレイヤーが席から立ち上がり、文句を言い始めた。
言われた意味をすぐに理解することができなかったが、いまにも暴れ出しそうな二人組を落ち着かせようとタマモは慌てて説明をした。
「え、えっとここは野菜炒めの専門店ですから」
「そんなもん知るか! 俺らは肉が喰いたいんだよ、肉を出せ!」
「そうだ、早く肉を出せ!」
「そ、そう言われましてもここは」
「なんだ、おまえ。お客様に盾突こうっていうのか!?」
「お客様は神様だろ!? 違うか!?」
「そ、それは」
たしかにお客様は神様ですとは言われた時代はあった。
だがそんなことを言っているのは今どきホテル業界くらいだ。
そもそもいまは店側が客を選ぶ時代でもある。
しかし客である以上はある程度のサービスは行わねばならない。
だが、肉を出せと言われても調理できる肉など用意していない。
肉は買おうと思えばいくらでも買えるが、まだ肉の焼き方についてヒナギクから教わっていなかった。だから出すことはできなかった。
「すみません。お肉は出せないので」
「なんだと!?」
「俺たちはお客様なんだぞ!? その言うことを聞けないっていうのか!?」
「も、申し訳ありません」
タマモは二人組にと頭を下げた。すると二人組はにやりと口元を歪めて笑う。
しかしタマモはそのことには気づくことなく頭を下げてしまっていた。
「じゃあ仕方がねえ。金を出せ」
「え?」
「お客様の要望に応えられないって言うなら、当然詫びの品をよこすもんだろう? 100万シルで許してやるよ」
「ひゃ、100万シルって」
タマモの全財産はせいぜい30万シルほどだった。クーたちの絹糸を売っても足りない。
あと一週間もあれば払えるようにはなるだろうが、そこまで待つ気はないはずだ。
「なんだよ、払えねえのか?」
「いくらかお待ちいただければ」
「ダメだ。いますぐ払え。できないって言うなら、そうだなぁ」
「ボコボコに殴らせろ、ってところか?」
「あー、それもいいな。小汚いガキを殴ってストレス解消と行くか」
「おまえひどいなぁ」
「おまえに言われたくねえよ!」
二人組は笑っていた。どうするべきなのかタマモにはわからなかった。
これが大通りに面しているのであれば、誰かが運営に通報してくれることもあるかもしれない。
しかし路地である以上そういう善意の通報者は現れないだろう。
(殴られるしかないんでしょうか。で、でも殴られるくらいなら)
「なぁ、どうせなら、試し斬りしないか?」
「お、いいね。SRのEKでプレイヤーを斬ってみたかったんだよなぁ」
剣士が背負っていた剣を抜いた。鈍い光を放つ剣を見て「ひぃ」と思わず悲鳴を上げてしまった。その声に二人組は興奮したかのように笑っていた。
逃げ出したい。しかし足が震えて動かなかった。そんなタマモに舌なめずりをしながら二人組が調理スペースへと回って──。
「へぇ? 試し斬りねぇ? じゃあ俺たちが相手してやるよ。おっさんども」
「タマちゃんがお世話になったし。存分に相手してあげるよ」
──調理スペースに二人組が回ってくるのと同時に声が聞こえた。
見ると路地の先にレンとヒナギクが立っていた。だがふたりの表情はいままで見たことがないほどに厳しいものだった。
「なんだ、おまえら?」
「関係ない奴は」
「あ? 関係ない? ふざけんなよ、このロリコンども。その子はな、俺たちとクランを組んでいる仲間だよ」
「うちの仲間をずいぶんとかわいがってくれたよね。覚悟いいよね、オジサンたち」
(え?)
仲間。クランを組んでいる仲間。レンとヒナギクははっきりと言いきっていた。聞き間違いではなく、たしかにそう言っていた。
どういうことですか、と言うよりも早く格闘家が叫んだ。
「上等だ。俺たちに勝てると思うなよ」
「俺たちはベータテスター。最強の一角だぞ!」
ベータテスター。現時点での「EKO」ではベータテスターたちが最強だった。
システムそのものに対する慣れもあるが、ベータテスト参加の恩恵として特別なEKや特殊なスキルを所持していることが最強と言われる理由となっていた。
現に攻略組と言われるプレイヤーたちはみなベータテスターばかりであり、正式リリースからスタートしたプレイヤーたちとは一線を画した存在となっていた。
「だ、ダメです! レンさん、ヒナギクさん! ボクのことは放っておいて」
「それこそダメだ。仲間を売るつもりは俺にはない」
「大切な仲間が襲われそうになったんだもの。黙っていられないよ」
「……レンさん、ヒナギクさん」
ふたりは笑っていた。その笑顔にタマモの視界は歪んだ。
「はっ、泣けるねぇ。お仲間ごっこかよ」
「ならそのお仲間ごっこをどこまで貫けるのか。試してやるよ。受けろよ、「決闘」だ!」
ベータテスターたちが叫ぶと急に空間が変わっていく。
路地から円形の舞台の闘技場のような場所へと一瞬で変わってしまった。
「「決闘」の申請が受理されました。これよりプレイヤー「レン」とプレイヤー「ヒナギク」対プレイヤー「ファウスト」とプレイヤー「クロード」によるに二対二での「決闘」を行います。それぞれの全力での戦いを主神「エルド」の名の元に」
闘技場のどこからか機械的な音声が響き渡る。タマモはいつのまにか観客席に座らされていた。
「レンさん、ヒナギクさん!」
舞台には近づけなかった。結界のようなものがあるのか、薄い膜のようなものに覆われて前に出ることはできなかった。
「大丈夫、大丈夫」
「すぐに終わらせるから」
レンとヒナギクは笑っていた。そんなふたりにベータテスターの二人組は口元を歪めて笑っていた。
どう考えてもレンとヒナギクに勝ち目などない。だがふたりは笑っていた。なにを言うべきなのかわからない。わからないまま、その時は訪れた。
「「決闘」開始」
合図の声とともに四人はそれぞれに行動を起こした。タマモはただ泣きながら見守ることしかできなかった。
ベータテスターたちと戦うことになったレンとヒナギクの運命やいかに。
続きは明日の正午となります。




