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23話 レンとヒナギク

(う、うぅ~。どうしてこうなるのですかぁ!?)


 タマモは泣きたくなっていた。


 調理しているのは単純な野菜炒めならぬキャベツ炒めだった。


 単純にキャベツを炒めながら、塩コショウもしくは醤油等で味を調えればいいだけの料理だった。


 単純な工程のものほど奥が深いからこそ、お手軽料理などと言う気はない。


 しかし時間はさほどかからない料理のはずなのだ。


 だが、調理を始めて一時間ほど経つのだが、いまだにタマモはキャベツ炒めを作っていた。


「ねぇ、そろそろどれくらい経つ?」


「……一時間くらいかなぁ?」


 女性プレイヤーが徐々に殺気立っていく。


 そんな女性プレイヤーを男性プレイヤーは必死に抑えていた。


 必死に抑えながらも目が物語っていた。「早めに作り終えてね」と。


 そうしたいのはタマモも山々なのだが、どうしてもキャベツ炒めは出来上がってくれなかった。


 それどころか、タマモの意思を反するかのようにフライパンから火柱が上がるほどだ。


 それでもまだ調理は終わらない。キャベベになかなか火が通らないため、炒め続けるしかなかった。


(早く、早く出来上がってよぉ!?)


 タマモは涙目になりながらも、フライパンを振るう。


 しかし振るうたびに女性プレイヤーの目に剣呑な光が宿っていくようで、すごく怖かった。


 男性プレイヤーはよくこんな恐ろしい女性プレイヤーとパートナーでいられるものだと思えてならない。


 ちなみに、キャベベに火が通らないのはタマモのDEXが低すぎるからであった。


「調理」もやはり生産に関することであるので、DEXの数値はそのまま味に直結してしまう。


 材料さえあればいいとタマモは考えていたが、材料だけでは料理はできない。


 そこはリアルと同じである。だがゲームだからとタマモは高をくくってしまっていたのが、こうして裏目に出てしまった。


 結果単純な調理方法であるキャベベ炒めにも時間をかけてしまうという結果になってしまっていた。


 そのことにタマモは気づくことなく、女性プレイヤーからの視線に耐えながら必死にフライパンを振り続けた。そして──。


「……お待ちどうさま、です」


 ──調理を始めて一時間後。タマモはようやくキャベベ炒めを作り上げることができた。


 しかしその表情は絶望に染まっていた。


「……ずいぶんとダイナミックな調理だったね?」


 黒髪の男性プレイヤーが引きつった顔で笑っていた。


 隣の女性プレイヤーは出来上がったことで少し留飲がさがったようで、殺気は薄れていた。ただし代りというかのように呆れているような顔をしているのだが。


「野菜炒めって、あんな火柱が上がる料理だったっけ?」


ジト目でタマモを見つめる女性プレイヤー。


 一時間も調理に時間がかかったのだから、なにを言われても仕方がなかったし、実際に火柱をあげてしまったのだからやはりなにも言えない。


 しかし相手はお客さんである。なにも言わないわけにはいかなかった。


「……フランベ、です」


「野菜炒めってフランベがいる料理だったっけ?」


「……美味しくなると思ったのです」


女性プレイヤーの一言一言にタマモは泣きたくなってしまった。が、泣いたところで問題は変わらない。


「……そもそもさ、これ野菜炒めなの? キャベツしか入っていないみたいなんだけど? それもところどころが焦げているし」


「……キャベベ炒めなのです」


 キャベベ炒めであっても野菜炒めには変わらない。


 実際キャベベも野菜なのだから。野菜炒めと言っていいはずだ。


 ……一般的な野菜炒めとは明らかに違う結果になっているのは材料がキャベベしかないのだから仕方がなかった。


「開き直らないで。あなた、それでも料理人と名乗って──」


「まぁまぁ、ヒナギク。落ち着けって」


「でもレン、これはさすがにひどすぎない? こんなのでお金を取ろうなんてふざけているよ!」


 ついに女性プレイヤーが爆発した。男性プレイヤーが女性プレイヤーを宥めようとしているが、女性プレイヤーの怒りは収まりそうにない。


 だが言っていることは間違いではなかった。


 なにせこんなのでお金を取ろうというのであれば、ふざけているとしか言いようがない。


 タマモが同じ立場であればそのままのことを言っている。だが、タマモはこれでお金を取ろうとは思っていなかった。


「……お金はいいのです。そもそもお金を稼ごうなんて思っていなかったです」


 タマモの目的は「調理」をすることであり、お金儲けではない。


 正確には「調理」をして経験値を得るのが目的だった。


 材料はこれから畑で収穫すれば手に入る。資金は絹糸を売却すれば手に入る。


 だから「調理」だけで稼ごうなんて考えはタマモにはなかった。


 このキャベベ炒めにしても100シルで販売する予定だった。


 普通の屋台の食事が安くても200シルくらいだった。その半額であれば食べてくれる人も多いだろうと考えていた。


 だが初めてのお客さんにはサービスで無料提供をしようと決めていた。


 もっとも提供できないような物体が出来上がるとは考えてもいなかったが。


 とにかく現状ではタマモは「調理」で稼ぐ必要はなかった。


 さすがに恒久的に絹糸で儲けられるとまでは考えていない。


 だが高品質の絹糸を得られるのは現状ではタマモだけだった。


 稼げるだけ稼いでおくに越したことはないが、いつかは絹糸に変わるなにかを見つけらればいい。


 それまでは絹糸で稼げばいいし、「調理」で稼ぐ気は最初からなかったのだ。


 しかしいざ「調理」をした結果がこれだ。


 クーたちに手伝ってもらって作り上げたというのに、結果がこれではクーたちに申し開きが立たなかった。


 じわりと涙が溜まっていくのがわかるほどに、タマモは悲しかった。


「……お金がいらないってどういうこと?」


「なにか事情でもあるの?」


 さすがに涙目になったタマモを見て女性プレイヤーもいくらか冷静になったのか神妙な面持ちで尋ねて来る。男性プレイヤーは気遣うような視線を投げかけていた。


 会ったばかりの相手でかつ、一時間も待たせたダメ店主相手に気遣いをしてくれる。そんなふたりの優しさにタマモは事情を口にしていた。


「へぇ、タマモさんが例の特定プレイヤーさんだったのか」


「「三称号」を見つけたっていうから、ベータテスターの攻略組かと思ったら、私たちと同じで初期組だったんだ」


「レンさんとヒナギクさんも?」


 タマモは男性プレイヤーことレンと女性プレイヤーことヒナギクの間に座り、身の上話をすべて話していた。


 その際それぞれに自己紹介をして、なぜかフレンドコードを交換し合うことになった。


 手に入れたEKが調理器具だったことを話すと、レンは目頭を押さえ、ヒナギクは「怒ってごめんなさい」と謝りながら、それぞれのフレンドコードを差し出してくれたのだった。


 恐縮としながらもタマモはふたりのフレンドコードを受け取り、自身のフレンドコードもふたりに送ったのだ。


「しかし運がいいのか悪いのかわからないねぇ」


「そうだね。調理ができる人であれば、最高のEKと言ってもいいけれど、タマモさんは」


「……調理ベタなのです」


「いや、下手というレベルを超えているから」


「ヒナギク、言いすぎ」


「でも言わずにはいられないよ!」


 ヒナギクはカウンターを叩きながら立ち上がった。


 その際、カウンターからバキッという嫌な音が聞こえたように思えたが、あえて気にしないことにした。あ


 まりいい屋台ではないから少しぼろいのも無理もない。


「だから鍛えてあげるよ」


「ほえ?」


「お、おい、ヒナギク?」


 ヒナギクの突拍子もない言葉にタマモは素っ頓狂な声をあげた。対してレンは慌てているが、ヒナギクは止まらない。


「ここで会ったのもなにかの縁だもの! 私が調理のイロハを教えてあげる!」


 ヒナギクの目は燃えていた。


 フレンドコードを交換したとはいえ、会って間もない相手にそこまで甘えるわけにはいかない。


 断ろうとタマモは思ったが──。


「……こうなったら話を聞かないから、頷いてあげて」


 ──レンが深いため息を吐いて首を振った。ヒナギクを止めることはレンにもできないようだった。


「でもまぁ、ヒナギクの作るご飯は美味いからさ、教えてもらってもいいんじゃないかな?」


 レンは笑っていた。レン曰くヒナギクは料理上手のようだ。


 いや調理そのものに並々ならぬ情熱を注いでいるようだった。


 調理している際の殺気立った視線を思い出す限り、ヒナギクが調理に注ぐ情熱がどれほどのものなのかは窺い知れた。


「で、でもいいんですか?」


「むしろしないと材料が勿体ない!」


「あー、それはあるなぁ」


 ヒナギクの指摘にレンが頷く。タマモは反論できなかった。


 事実このまま自己流で調理していたら、それこそ一生レベルアップは望めない。


 であればヒナギクに指示を仰ぐのは悪いことではない。それにだ。


(むぅ、アオイさんと同等の素晴らしいものをお持ちなのです。お顔立ちだって美人さんです)


 よく見るとヒナギクのそれはアオイのと比べても甲乙つけがたしであり、顔立ちもかわいい系の美人さんだった。


 いずれは誰かに教わることになるのであれば、ヒナギクのような美人さんに教わるべきだろう。いや教わらずして誰に教われと言うのか。タマモは決断した。


「よろしくお願いします!」


「任されました!」


「……なんだろう、いま不純な動機が見えたような気がしたけど」


 ヒナギクは胸を叩いて頷いた。だがレンはタマモの視線に気づいていたようで、なんとも言えない顔をしていた。


 だがレンの呟きをヒナギクの耳には届くことはなかった。こうしてタマモはヒナギクに調理のイロハを教わることになったのだった。

 こうしてタマモは「レン」と「ヒナギク」と出会ったのでした。

 ふたりが出てきたのでそろそろ第一章も終わりですが、もう少しだけ続きます。続きは明日の正午となります。


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