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82話 待ち合わせとプリンアラモード

 大勢の人だった。


 見渡す限りの人人人、と人が次から次へと道路を縦断していた。


 日曜日だからだろうか、大半は私服姿の人が多いものの、中には制服だったり、スーツを着ていたり、と平日と変わらない格好で道を行き交う人もいる。


 が、一番多いのはやはり私服だ。それも子供を連れたご家族が多めである。両親の間でそれぞれと手を繋いで歩く子供はとても無邪気そうに笑っていた。


 次に多いのは同性や異性などの友人同士での組み合わせか。中にはカップルもいるのだろうが、どちらにしろ、非常に仲がよさそうだった。


 最後が先述した制服姿だったり、スーツを着ていたりする平日と変わらない過ごし方をなさっている方々である。


 周囲が日曜日という休日を満喫する中、黙々と手帳の確認や受験勉強のためであろう参考書を片手に持っていた。


 日本人らしい勤勉さではあるものの、日曜日まで根を詰めるのはどうなのだろうとまりもには思えてならない。


 日曜日とはいえ、彼らないし彼女らにとってもこれが日常なのだろう。


 なんとも世知辛いものだなぁと思いつつ、まりもは駅前の様子を駅の向かい側にある喫茶店の窓際の席に腰掛けながら眺めていた。


「お待たせいたしました」


 ぼんやりと駅前を眺めていると、ウェイトレスの穏やかな声とともに、目の前に注文したアイスコーヒーがそっと置かれた。


 表面に露が浮かぶグラスには、氷を浮かべた黒いコーヒーが注がれている。グラスのそばにはポーションミルクとガムシロップがひとつずつ置かれた。


「ありがとうございます」


 ウェイトレスにお礼を言って、注文したアイスコーヒーに手を伸ばすまりも。ミルクとガムシロップをたっぷりと入れてから、紙袋に包まれているストローを取り出し、中をゆっくりと搔き混ぜていく。


 グラスの中でコーヒーとグラスがからんころんと音を立てている。


 実に「らしい」音で、まりもはほんの少しだけ頬を綻ばせて、ストローに口を付けて透明な黒から薄茶色へとなったアイスコーヒーを静かに啜っていく。


 コーヒーの苦味とミルクとガムシロップの甘みが口の中で広がった。


「……ふぅ」


 静かに息を吐きながら、まりもはアイスコーヒーに舌鼓を打つ。


 暑い時期になったこともあり、冷たいアイスコーヒーがとても愛おしい。


「そろそろ、かな?」


 ちらりと店内に飾られている時計を見やると、約束の時間の五分前。そろそろ来るはずだと思ったとき──。


「あ、来た」


 ──まりもの目に件の人物が映り込んだのだ。


 駅前をきょろきょろと見回しながら、誰かを探しているのは小学生くらいの少女だった。


 見た目で言えば、まりもとそこまでは変わらない。


 が、実年齢はまりもよりも七つも年下の少女で、リアル小学生である。


 まりもは「気付くかな?」と思いながら、件の少女に窓ガラス越しに手を振ると、少女はようやくまりもを見つけたようで、汗だくの顔を一瞬で満面の笑みに変えた。


 満面の笑みを浮かべながら彼女は、まっしぐらにまりものいる喫茶店の前まで移動してきた。


 その様はまるで小型犬のごとき愛らしさであった。


 まりもはおかしそうに口元を押さえながら笑っていた。笑っているうちに、少女はまりもの目の前にまで移動していた。


 が、どうするべきかを、店内に入るか、まりもが出てくるかを待つかのどちらにするべきかを迷っているようで、若干焦っている。


 そこまで迷うことじゃないでしょう、とまりもは思いながら、中に入っておいでと手招きをする。


 少女は力一杯に頷くと、入り口のドアへと向かっていった。


「いらっしゃいませ」


 ウェイトレスからの挨拶で出迎えられた彼女は、「あ、あの、窓際でいいですか? えっとあの人の隣です。えっと待ち合わせで」とまりもをおずおずと指差した。


 ウェイトレスはまりもを見やったので、まりもは首肯することで返事をした。


 ウェイトレスは「では、こちらに」と言って彼女をまりもの元まで案内してくれた。


「では、ご注文がお決まりしましたら、お呼びください」


 ウェイトレスは一礼をした後、まりもと彼女のそばから離れていく。


 その際、ウェイトレスはとても優しげに笑っていた。なんとも微笑ましいものを見るようにだ。


 確実に勘違いされているなぁと思いながらも、まりもはテーブルに肘を着きながら、なぜか硬直している彼女──円香に声を懸けた。


「おはよう、円香。今日もかわいらしいわね」


「お、おはようざいます、姉様。今日も姉様は素敵なお召し物です」


「そう? ありがとう」


「あ、えへへ」


 素敵なお召し物と言われたので、感謝を告げると、それまでの緊張っぷりが嘘のように円香は破顔した。


 なお、今日のふたりの服装は揃ってワンピースであるのだが、それぞれに趣が異なる。


 まりもは白のワンピースの上に青いカーディガンを羽織って、真っ白なガーデンハットといういかにもお嬢様然としたものである。


 対して円香は、青のデニムワンピースにやはり青のキャップという、元気っ子な円香にぴったりでかつやや大人びたコーディネートだった。


 円香のコーディネートは大人びてはいるものの、少し背伸びをした感が否めないため、そこも含めてまりもは「かわいらしい」と言ったのだ。


 実際、円香にとって今回のコーディネートは「攻めすぎかな」と思わなくもないものだったのだが、「いや、ここで日和ったらダメだ!」と一念発起し、ギャル口調だった頃に母に強請って買ってもらった一張羅を引っ張り出したのである。


 かつては「これで夏デビューだ」と思っていたものの、いまとなっては、いまの円香にとって当時のギャル時の自分はもはや黒歴史となりつつあった。


 まりもは「ギャルっぽいのもかわいかったけれど?」と言ってくれてはいるが、円香自身がかつての自分を否定しているのだ。


 理由は単純に「敬愛する姉様のおそばにいるのに、ギャルはありえないのだ」ということ。


 当のまりもは「そ、そう?」と円香の熱量に若干気圧され気味となっていた。


 とはいえ、円香がそういうのもわからなくはない。


 お嬢様然とした人物の隣にギャル系の少女がいるというのは、なんともミスマッチではある。


 しかし、見た目ではミスマッチでも互いの相性がよければ問題はない。


 結局のところ、見た目がどうだのこうだのよりも当人同士での相性が最も大事なのだ。


 問題はないのだが、円香にとってみればそんな簡単な話ではなかった。


「敬愛する姉様にご迷惑をおかけするような格好も言動もできるわけがない!」と円香にとってはありえないこと。


 ギャルという存在に憧れはあるものの、その憧れは果たして敬愛する姉様にご迷惑をおかけしてまで貫くべきことなのか、という考えの元、円香はギャルを封印したのだ。


 今後もまりものそばにいられ続ける限りは、ギャルとしてあろうとは思っていない。


 ゆえに、いまの円香にとってかつてのギャルムーヴはまさに黒歴史でしかなかった。


 黒歴史であるがゆえに、円香は封印したのだ。


 だが、すべてを封印したわけではない。


 現在の服装もかつての黒歴史の名残である。


 その名残がいま輝きを放っていた。


「ありがとう、かつての私」と円香はかつての自分に感謝していた。


「さて、それじゃ円香の分の注文をしましょうか」


「え、いや、私は水でも」


「ここ、ひとり一品は注文しないといけないのよ」


「そ、そうなんですか? ……お小遣い足りるかな」


 まりもの告げた一言で円香は慌ててみずからの財布を覗き込んでいた。


 格好は少し大人びていても、やはりそこは小学生。使えるお金にはどうしても限りが出てしまうものである。


 その限りあるお金と喫茶店のメニューを見比べると、円香の顔は少しだけ青ざめてしまった。


 そんな円香を見てまりもは噴き出した。


「安心して。おごってあげるから」


「で、ですけど」


「いいの、いいの。すみませーん。この子にプリンアラモードとミルクティーを」


「ね、姉様!? プリンアラモードは1000円を優に超えていますよ!? しかもミルクティーも合わせたら、2000円も見えてくるのに!?」


 まりもの注文を聞き、円香は明らかに慌て始める。そんな円香の様子にまりもはもちろん呼ばれたウェイトレスも揃って笑っていた。


 いや、ふたりだけじゃなく、店内で過ごしていた他のお客さん方も微笑ましく笑っていた。


 微笑ましい笑みに囲まれながら、円香は困惑を示すように目をぐるぐると回していたのだった。


 なお、余談だが──。


「ね、姉様。このプリンアラモードすごいです! プリンが一瞬で消えてなくなって! え、これ、姉様が私の口の中からプリンを取っていないんですよね!?」


「……取っていないから落ち着きなさいな」


「は! す、すみません」


 ──いままで食べたこともないほどの美味しすぎるプリンアラモードに円香は狼狽えてしまい、まりもを呆れさせてしまうという、円香にとっては針のむしろと化してしまったのだった。

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