103.なんか忙しくなりそうだね!
「イノス王子。
私はシリウス殿下たちのお部屋の準備を致しますのでここで失礼させていただきます」
「ああ、わかった。
ご苦労様」
「もっいないお言葉」
イノスのミサたちへの城下町案内に同行し、1人城に戻るイノスに城内まで付き添ったメイドはイノスと別れ、1人で城内を歩いていた。
「……」
彼女は人のいない通路に入ると周りをキョロキョロと見回し、誰もいないことを確認すると、懐からビー玉サイズの水晶を取り出した。
彼女がそれに魔力を流すと、その水晶は丸いドアノブのような形に変化した。
「……」
そしてそれを何もない壁に押し付けると、壁が四角く切り取られ、壁と同じ材質の扉へと変化した。
「……よし」
彼女は再び周りを見回したあと、ドアノブを回してその扉の部屋へと入っていった。
「ーーーー。
ーーーー。
……はい。
やはり今回の星雪祭はイノス王子が祈祷を行うようです。
はい。
シリウス殿下たちもそれに参加する予定とのことです。
はい。
北の魔獣の異変については引き続き。
はい。
承知いたしました。
報告は以上になります。
それでは失礼します、ゼン王子」
メイドの女性はアルベルト王国の第一王子であるゼン王子への定期連絡を終え、イヤリング型の連絡魔導具を切ると、ふうと一息ついた。
「……なるほど。
そんな特殊な魔導具を使って連絡をしていたのですか。
それは伝達が早いはずだ」
「!!!」
完全に気を抜いていたメイドは背後から突然声をかけられて驚き、バッ!と振り向いた。
その手にはいつの間にか小型ナイフが握られていた。
「……あなたは、スケイル様」
「やぁ」
警戒心を露にするメイドに対し、スケイルはやんわりと優しい微笑みを浮かべた。
今はその微笑みが逆に恐ろしいと、メイドは頬から一筋の汗を流した。
「……」
スケイルは微笑みながらも、目だけは鋭くメイドを射抜いていた。
「……その構え方。
あなたはゼン王子の諜報部隊の1人、スパイなわけですね」
メイドの構えはアルベルト王国の部隊で採用されている暗殺系の武器の構え方だった。
「……シリウス殿下の差し金ですか?」
メイドはスケイルから目を離さずに尋ねる。
この距離なら魔法よりもナイフの方が早いはず。
メイドはスケイルから片時も目を離すまいと意気込んでいた。
「あの方はそんな策謀を巡らせられる方ではないですよ。
私は殿下の側近ですが、どちらかというと先生派なので」
「……ミカエル様ですか」
スケイルはシリウスをバカにしたような言い方をしたが、その言葉には敬意を感じられた。
まるで羨ましがるような。
「……目的はなんでしょうか。
同じ国を守る者として、我々の利害は対立しないはずです」
メイドにはスケイルの目的が分からなかった。
わざわざスパイに気付いてるぞと言いに来る必要性はないはず。
しかも自国のスパイならばなおさら。
ならば、なぜこの男は自分に声をかけてきたのか。
メイドの頭はフル回転で思考を巡らせていた。
「……いや、なに。
1つだけ忠告、いや、お願いをと思いましてね」
「お願い?」
訝るメイドとは対称的に、スケイルは変わらず微笑みを浮かべている。
「これはミカエル先生からのお願いでもあります。
これから先、そうですね。
星雪祭のあたりで、あなたは見てはいけないものを見るかもしれません。
それを見てしまったら、そのことをゼン王子に報告しないでいただきたいのです」
「……?」
メイドにはスケイルが言っていることがよく分からなかった。
「ふむ、言い方を変えましょう。
それを報告しなければ、あなたとあなたの家族は平穏無事にこれからも過ごせますよ、ということです」
「……私を、脅しているのですか?」
スケイルの脅迫めいた言葉に、メイドはナイフを握る手に力を入れた。
自分に、ゼン王子に嘘をつけと言っているのだ。
「……うちの王子はこういうのは苦手でしてね。
誰かが憎まれ役をやらないといけないのですよ。
そして、先生はバランスを取るのが仕事。
で、私はそれをお手伝いするのが仕事なのです」
スケイルは苦笑いをしてみせた。
メイドには、その苦笑こそが彼の本心のようにも見えた。
「……何を指して見てはいけないものと言っているのかは分かりませんが、努力はします」
メイドはスケイルの答えを聞いて、先ほどの願いにイエスと答えた。
私に恨みはないが、願いを聞いてくれないならば仕方ない。
メイドはスケイルの答えからそんな覚悟を感じ取ったのだ。
「……話の分かる方で助かりました。
それでは……」
スケイルは嬉しそうににっこりと笑うと、踵を返して部屋を出ようとした。
「……さすがは魔導天使の後継者。
権謀術数もお手のも……ひっ!」
「……あまり、出過ぎたマネはよしなさい」
メイドが最後にせめて言い返そうと虚勢を張ったが、いつの間にか自分の周りを水の刃が囲っていることに気付いて口をつぐんだ。
「……それに、後継者候補見習いです。
お間違えなきよう」
スケイルはそれだけ言うと、部屋からすたすたと出ていき、扉が閉まると水の刃も姿を消した。
「……っ! はぁはぁ……」
その場にぺしゃんと座り込んだメイドはしばらくそのまま動けなかった。
「あ!
スケさん!」
「ああ。
皆様、おかえりなさいませ」
あたしたちがお城に戻ると、入口のところでスケさんが出迎えしてくれたよ。
壁にもたれて本を読んでるスケさん、絵になるねぇ。
「おや?
アルビナスさんもご一緒でしたか」
スケさんがアルちゃんに気付くと、アルちゃんは軽く目線を寄越しただけで、すぐそっぽを向いちゃった。
あんまり仲良くないんだよね、この2人。
「そーそー!
スケさん大変なんだよ!
スケさんにも相談したくってさぁ!」
「相談、ですか?」
スケさんがきょとんとした顔で首をかしげる。
ううむ、あざとイケメンだね。
「……重要な案件だ。
おまえの意見が聞きたい」
「! 承知しました。
部屋に行きましょう」
王子に真面目な顔で言われて、スケさんはすぐに切り替えたみたいだ。
例のナントカナントカ結界の中で話すんだろうね、きっと。
「……北の魔獣の長が突然の交代、ですか」
あたしたちはあのあとアルちゃんから聞いた話をスケさんにも話した。
部屋は昨日のおっきな部屋だけど、今はナイスバディーのメイドさんもいない。
スケさんが席を外してほしいって言ったら、なんだかスケさんに意味深な視線を送って部屋から出てったんだ。
え、なに?
メイドさんスケさん狙いなの?
あたしゃ応援しちゃうよ!
あ、ダメだ。
スケさんにはクラリスがいるんだった。
やっぱごめんよ、メイドさん。
で、今はスケさんが結界を張った部屋で皆で話してるとこ。
「……それで、新しい北の長は言ったのです。
『人間との共生をやめる。
この北の地を魔獣だけの土地にする。
そのために、魔獣の力が増す星雪祭でスタンピードを起こす。
だから邪魔をするな』
って」
「スタン……なに?」
なんかよく分かんない片仮名出てきちゃったよ。
「スタンピードは大量の魔獣による暴走だ。
数百匹の魔獣が行軍し、進行上にある全てを蹂躙する。
自然災害の一種とさえ言われている」
「な、なんかスゴそうだね」
あたしが首をかしげてると、クレアが丁寧に教えてくれた。
「……なぜ、新たな長はそれを教えてくれたのですか?
黙っていれば邪魔をされる可能性はなくなるのに」
そういやそうだね。
黙って当日にいきなりやっちゃえば良かったのに。
「これは私への温情のようなものらしいのです。
北がピンチの時に私たちが手を差しのべたこともあったから、その礼だと。
私たちに恨みはないから今のうちに逃げろと言ってきたのです」
「う~ん。
なんかそれを聞いちゃうと、そこまで悪い奴に思えなくなっちゃうね」
とはいえ、この国の人を見殺しには出来ないけど。
「とはいえ、この国を見捨てるわけにはいかないのです。
だから私はそれを拒否したのです。
長を殺して私が新たな北の長になろうとしたのです。
……でも、相手もけっこう強くて、お互いに手傷を負って、私は逃げてきたのです」
「そっかー」
それで、あの高台であたしたちと合流したところで倒れちゃったんだね。
「……ミサ?」
あたしはアルちゃんを優しく抱きしめた。
ついでにいいこいいこもしたよ。
「……ありがとね。
この国の人を見捨てられないからって戦ってくれたんだね。
偉いね。
アルちゃんが無事で、良かったよ」
アルちゃんは魔獣だし、べつにこの国の人がどうなろうが気にする必要はないはずなのに気にしてくれた。
それはきっとあたしがいるから。
あたしがきっと気にするから、アルちゃんは戦ってくれたんだ。
「……ミサ、温かい」
「ふふ」
あたしはしがみついてくるアルちゃんの頭を撫でながらスケさんの方を見た。
「このままにはしておけないよ。
でも、イノスのことを考えると星雪祭を中止にもしたくない。
なんとかしたいんだ。
スケさん、力を貸しとくれよ」
「……分かりました。
手を考えましょう」
私がスケさんを真っ直ぐに見つめて頼むと、スケさんは胸に手を当てて頭を下げてくれた。




