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24 若江の戦い(開戦)

5月6日まだ夜も明けきらぬ早朝。川幅7m~10mは有りそうな玉串川(菱江川)を前に俺(秀頼)直率の大坂方主力が陣を敷いている。両岸は湿地帯で足場はかなり悪い。今少し気温が上がってくれば恐らく霧も立ち込めるだろう。野戦で用いる要害としては十分に活用できる河川だ。


「ご指示の通り、若江方面軍全軍、鋒矢の陣形整いまして御座います………が、よろしいので?」


本陣付きの仙石秀範が懸念するのも当然だ。常識的には玉串川(菱江川)に沿って横陣を敷き渡河する幕府軍を手堅く削る………と誰しもが考える場面だからだが………


「うむ。此度は決戦なのでな。幕府軍先鋒はジワジワ削り取るのではなく、一撃で粉砕しその勢いのままに一気に生駒山の際まで突き進み後続の幕府軍も各個撃破する。」

「!。まさか、大御所の中軍まで?」

「いや、流石にそこまで自惚れては居らぬ。そもそも、家康直率の部隊はだいぶ離れた後方でこの戦いには間に合うまい。大軍の補給に苦労しておるので、全軍一丸となっての進軍が出来て居らぬ筈だ。」

「そんな事が?しかし、大御所ともあろう御方がさような状況を放置するとも思えませぬが?」

「なに、簡単な事よ。報告が上がっておらぬなら、知りようもあるまいて。」

「は?」

「ふふ。勘定方がわざわざ己の失態………と(なす)り付けられる案件を上に上げる筈もない。実際には先の戦の借財の未払が原因であっても、勘定方に責任を転嫁するのが見えておるからな。」

「なんですと!己の保身の為に軍全体を危機に晒すなど!!」

「その同じような詰問を一身に甘んじて受けた三成は武断派の諸将にあのような扱いを受けたであろう?最早、誰が好き好んで聞かれもせぬ軍全体の補給状況など上に上げるものか。組織が大きくなれば必ず起こる弊害よな。豊臣家では我が父太閤が勘定方の苦労を知悉(ちしつ)しており、奉行衆を優遇していたからこそ、奉行衆も歯に衣着せず直言して居っただけのこと。父上は若い頃、自分も裏方の仕事もしていた経験が有るのでな。猪武者を好み算盤を嫌う家康の下で直言するような官僚など居る筈がなかろう。結果、その場その場で場当たり的に小手先の対応で誤魔化して終わらせる………それが常態化しておる事は容易に想像できると云うものよ。徳川の関東移封を支えた伊奈忠次を思い出してみよ。奴ほどの働きでありながら、自身の知行たるや僅か1万石だったのだぞ。」


伊奈忠次は家康関東移封にあたり、直轄領の統治を実質的に仕切った人物だ。不作により多くの農民が年貢を収められないとなると幕府に猶予を申し立てるなど、時に護民官的なムーブをも厭わなかったため、農民から非常に慕われていたと云う。


「なるほど……しかし驚きましたな。幕府末端はすでにそのような状況だったとは………。」

「徳川家は戦国大名がそのまま水膨れしたような状態だからな。豊臣家はその弊害に気づき逸早く官僚機構を作ろうとしたのだが、武断派との衝突が生じた。だがあれは避けられぬ衝突でもあったのだ。武が極端に優位を独占していては、大きな組織は回らぬ。最低でも文武が釣り合って居らねば………。」

「確かに………ですが、難しゅう御座いますな。」

「そのためにも、宇喜多殿には復帰してもらわねばならぬ。」

「?宇喜多様?でございますか?宇喜多様は明らかに武の御方でございまするが?」

「うむ。だが、文にも理解を示す知性も有る。」

「………はぁ………。」


まあ、今の時点ではわかるまいが。


---秀頼様、道明寺村と片山村の中間付近で明石様率いる南方部隊が水野勝成隊と接触致しました。---

「うむ。予想通りだな。大野治房達は?」

---治房殿は予想される戦場を大きく南方に迂回、無事離脱されて居られます。---

「大和郡山城を焼いて身軽になった効果が早速出たな。されば、あと一時(いっとき)ほどでこちらも接敵となろう。先鋒にも伝えておいてくれ。」

---諾---


水野の突出を知った井伊と藤堂は慌てて突っ込んでくるだろう。伊達はどう動くかは今は考えるだけ無駄だな。水野勝成の後方支援は確か松平忠明だったか。小身であるのに分不相応の大兵を押し付けられて居た筈。軍の体裁の維持で精一杯でさほど戦意は高くはなかろうが………打てる手は打った。明石殿達を信じて向こうは任せよう………。


「来たようですぞ、秀頼様………。」


眼前の川面に漂う霧に乱れが有る。息を殺し音を立てぬようにして渡河しているのだろうが、霧の乱れの端々で雑兵がチラチラ見えている。開戦のタイミングは後藤又兵衛に任せてあるので心配ない。任せて良かった。こういう場面の微妙な機微は俺では掴めぬ。


「………引き付けますな…又兵衛殿は………」

「うむ。動き出したら休み無しだからな。目一杯弓を引き絞って………といった処か。」


すでに川を渡りきって河岸段丘を敵の先陣が登りかけているが、まだ又兵衛は動かない。敵の半分以上は川に入っているが………そろそろ仕掛けないと流石に此方が伏せているのを知られてしまいそうだが?


「て、敵だっ!上に敵が居るぞ!」


ブォ~ブォ~~~

敵が騒ぎ出すと同時に法螺が鳴り渡る。なるほど、発見されて敵が騒ぎ出すと同時に懸かると決められて居たのだな。


「蹴散らせぇい~~」

「掛かれかかれ~~」

「踏み潰せ~~」


先陣の又兵衛、幸村両隊の物頭の怒号が一斉に響く。


「首は打ち捨てだ!金目(かねめ)の物も放っておけ!業物(わざもの)の武器は奪え!先は長い!荷を増やすな!」


喧騒の中、又兵衛の細かな指示が此処まで聞こえてくる。ふふふ……やっているな。今まで見た中で一番活き活きとしている。おお、早速最前線に立つか!

又兵衛隊の勢いが更に増す。まさに全軍の穂先となった又兵衛とその供回りからは、闘気が立ち上っているような錯覚すら感じる。

又兵衛の鬼気迫る圧に押し潰された敵の先頭集団は衝突する前から又兵衛を避けるように密度が薄くなってゆく。それでも踏みとどまる兵も稀に居るが又兵衛の豪槍に掛けられ、ゴミ屑が如く左右に放り出され打ち捨てられてゆく………さて、真田は?


「おお、ご覧なされ秀頼様。真田殿も又兵衛殿に僅かに遅れて動き出しましたぞ。」


真田の部隊は陣形を維持したまま比較的静かに、だが確実に前進を始めている。誰も飛び出すこともなく、接触する敵兵を飲み込みながら無人の野を歩むが如く、全く歩調も変わらない。


「………まるで沼ですな………真田殿は………」


沼か。なるほど、上手い表現だ。白血球が細菌を飲み込んでいくように、接触した敵兵が真田隊に飲み込まれて消化されてゆく。全く陣形が崩れないので暴勇を欲しいままに突き進んでいる又兵衛隊以上に敵兵にとっては不気味だろう。


「木村重成殿、塙直之殿の両隊も前進、先鋒との隙間を埋めに出ましたな………頃合いかと。」

「うむ。わが本陣も並足で前進だ。」


-並足前進!-

-前進!、だが走るな、隊列を守って進め!-


本陣部隊の下級指揮官の号令が聞こえてくる。逸って飛び出す兵は………居ない…な。これなら予定通りの戦が出来そうだ。又兵衛隊はすでに川を渡りきり、幕府方先鋒を粉砕しながら対岸を登っている。早い!


「又兵衛と真田が思った以上に早い。本陣は人数が多いのでどうしても遅れ気味だな。」

「木村重成殿、塙直之殿はキッチリ先鋒両隊に追随されておりますが、本陣との間に隙間が空きそうです。浅井井頼殿に間を埋めてもらうように伝令を出しまする。」

「そうしてくれ。さらに、本陣脇備えの野々村幸成、中島氏種両隊に、浅井隊に追随するように繋を。」

「!それでは、本陣両脇が露出しますぞ。」

「本陣を少し身軽にせぬと、とても追い切れぬ。なに、本陣の我らがついていくのがやっとなのだ。敵が我らの横を突く事などあり得まい。」

「し、承知。野々村、中島殿に伝令だっ!脇備えの任を外れ浅井隊との隙間を埋めよ……とな。」


これで、完全に鋒矢の陣形、各隊もほぼ同等の人数になったので、隙間は生まれまいが………

恐るべきは後藤又兵衛よな。最前線で戦いながら並足の速度を落とさず前進し続けるとは。ん?アレは渡辺糺の部隊か。なにか考えがあるようだな。


遥か北、視界から外れてゆく渡辺糺隊を眺めつつ暫し思案するのだった。





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