第八十話 玄人の世界
さて、敵対勢力の動きは気になるもののそちらにばかり構っている訳にはいかない。アルバイトに菜豊荘の面々の魔法の指導にジョニーのダイエットの監視と、弥勒にはやらなければいけないことが多いのだ。
その中でも現在重要度の高いのが玄人と艮のそれぞれの世界への付き添いである。
針生の世界への行き来ではゲート利用時にバラバラになってしまうという想定外のトラブルはあったが、予定していた期間内にこちらの世界へと帰りつくことができた。
その成果を踏まえて、計画していた通りに残り二人の世界にも行くことになったのだった。
「お前は一体何をやっているのだ?」
前回同様〈森の館〉の裏口に青龍号を停めてから店に入ると、ヒトミが玉串のような物を持って祈祷のようなことをしていた。
「あ、弥勒さんこんにちわ。向こうの世界でおかしなことに巻き込まれないようにお祓いをしているそうです」
没頭しているヒトミに代わってフミカが挨拶ついでに答えてくれた。そして巻き込まれたのか、床に正座させられた玄人が虚ろな顔をしていた。
「しばらくかかりそうか?」
むにゃむにゃ何事か呟いていたかと思えば「カーーッ!」と奇声を上げるという謎な行動を繰り返す偽装少女を横目にカウンターの方へと足を進める。
「多分もう少しは」
「そうか。針生、時間が空いたからコーヒーを頼む」
「はい。少々お待ちを」
一風変わったBGMだと思えば大して気にもならない。絡まれると面倒なので、納得するまでやってもらおう。その間にこれから行く世界についての復習をしておく。
今回里帰りするのはドワーフの玄人である。彼がこちらの世界にやってきたのは今からおよそ二十年前のことになる。新素材を開発していた隣の工房で起きた事故に巻き込まれて、気が付けばこちらの世界に飛ばされていたそうだ。
彼の住んでいたユバニの街はいわゆる学術都市で、そこで提唱された最新の仮説をドワーフを中心とした物作り集団が形にしていた。
ただ、最先端であると同時に異端でもあるとされていて、世界全体の技術水準はこちらの世界に比べると遥かに低い。
「あの街周辺だけに限って言えば、わしのいない間に大型の飛行機械くらいは飛び回るようになっているかもしれんな」
という不用意な玄人の言葉に、規格外どころか下手をすると弥勒と同じ特異点すら存在するのかもしれないとヒトミが危惧して、先ほどのお祓い?に繋がったということもついでに記しておく。
「これで大丈夫よね!」
数十分後、やりきった感あふれる爽やかな笑顔で汗を拭うヒトミとは対照的に、
「うぬおおお……あ、足が痺れ、る……」
玄人は苦悶の表情で転がっていた。結局、弥勒たちが出発したのはそれから更に三十分後のことだった。
「へえ、ちゃんと三人一緒にいる、と言うか互いが見えるようになったのね」
「まあな。いくら確実に繋がっていると理解していても、あの無明の中を進むというのは気分的に良くなかったからな」
「わしは話に聞いただけじゃが、それほど酷かったのか?」
「酷いなんてものじゃないわよ。目の前に持ってきた足の指すら見えなかったのよ!」
「ヒトミ様、無理にボケなくてもいいんじゃよ……」
和気あいあいと――たまに寒々しくなることもあったが――ゲートの中を進む。玄人はようやく帰ることができる故郷を目前に、弥勒とヒトミは未知の世界を前に気分が高揚していた。
「そろそろ抜けるぞ」
ひときわ強い光に包まれると、景色は一変していた。ゲートを抜けたのだ。そこで弥勒たちを待っていたのは、
「ようこそ。異世界のお客人」
手に武器を持った大勢の兵士たちだった。
視線を交わす三人。
ヒトミがふるふると首を横に振ると、男たち二人はため息を吐いた。
そして三人そろって両手を上げる。
「抵抗はしない。その代わり身の安全を保証してくれ」
「協力感謝する。その宣言に従ってくれる限り、諸君らの安全はこのニュテの王である私、テロージが保証しよう」
正面に立って話しかけてきたのでリーダー格だとは予想していたが、まさか王自ら陣頭指揮を取っているとは思わなかった。と、魔王時代フットワークの軽さに定評のあった――つまり配下の者は心労が絶えなかった――弥勒は、自分のことを棚に上げてそんなことを考えていた。
「いつまでもここにいても仕方がない。移動するので付いてきてくれ」
テロージの部下である兵士たちに取り囲まれるようにして移動した先にあったのは、自動車と思わしき物だった。その車の後部に乗るように指示される。
中は思った以上に良い作りをしており、座席部分も柔らかい布が敷かれていた。
「お祓い?の効果はなかったな」
「そういうこともあるわよ」
「わし、足の痺れ損かい……」
弥勒の嫌味にしれっと答えるヒトミの隣で、玄人が一人暗い顔をしていた。
弥勒たちが通されたのは品の良い応接室のような部屋だった。
「改めてニュテ国、ニュテの街へようこそ。異世界のお客人たち」
部屋の中にいるのは弥勒たち三人と歓迎の言葉を述べるテロージの四人だけだった。
「丁寧な対応痛み入る。俺は弥勒。こちらはヒトミと玄人という。早速だが、一つ聞きたいことがあるのだが、構わないだろうか?」
既に名乗られていたので、とりあえずこちらも名前だけ伝えると、早々に気になる点を尋ねてみることにした。
「何かな?」
「このニュテという街なのだが、以前はユバニという名ではなかったのだろうか?」
ここまで来る途中に見覚えのある景色を玄人が発見していたのだった。そしてその問い掛けにテロージの口角が上がる。
「その通りだ。十年ほど前までここはユバニという名の学術都市だった。今は私が王という立場となっているが、基本的な街の運営方法は変えていないつもりだ。しかし、異世界から来た諸君がなぜそんなことを知っていたのかな?」
弥勒たちは再び視線を交じらせて、今度は互いに頷きあった。
「少し長くなるが、こちらの事情を聴いて頂きたい」
「それは願ってもないことだ。しかしその前にお茶を用意させるとしよう」
テロージが手を叩くと同時に扉が開いて茶が運ばれてくる。部屋の中にはいないが、すぐ外には何人もの人間が詰めているようだ。
そして再び四人だけになると、弥勒が代表して話し始めた。
「……にわかには信じがたい話、と言いたい所だが、そこまで詳しく昔の街のことを話されてしまっては、クロード君がこの街出身と納得するしかないな」
一通りの事情を話し、更に玄人が知る限りのユバニだった頃の街の思い出を伝えると、テロージは椅子に深く身を持たれかけさせてそう言った。
「それで、クロード君がこの世界と君たちの世界を行き来するのを容認して欲しい、という訳か。分かった、引き受けよう。腕のいい職人は多いにこしたことはないからな」
「感謝する。それとできればゲートも目立たない場所へ移動させて頂きたいのだが?」
「それも了解した。こちらとしても街の近くにあんな怪しい物体があるのは困るからな。後でこの建物内のどこかの部屋にでも移動させてくれ」
とんとん拍子で話が決まっていく。口をはさんでこない所を見るとヒトミも特に異論はないようだ。玄人も無事に故郷を動き回ることできそうなのでホッとしている。
さて、だからこそここで一枚手札を切っておくべきだろう。玄人を肘でつついて、懐からいくつかの品を取りださせた。
「テロージ王の協力に感謝しますぞ。礼という訳ではありませんがこちらの品をお納め下され」
「これは?」
「わしがあちらの世界で作っていた細工物ですじゃ。素材は大したものではありませぬが、異世界で人気のある図案や意匠を施しておりますので、多少は物珍しい物ではないかと思っております」
嘘ではないが、衝撃を与えられるように特に奇抜なものを選んで持ってきていた。あとはテロージがのるかそるかなのだが……。
「……面白いな。できれば定期的に新作を持ってきてもらえるとありがたい。もちろん、代金は支払おう」
よし!と三人とも思わず心の中でガッツポーズを取っていた。
これで一方的な庇護ではなく、技術者、職人と有力な顧客というある程度対等な関係となることができた。しかも異世界からの知識という唯一無二のウリがある。早々無碍にされることはないだろう。
針生に引き続いて、玄人も故郷の世界での居場所ができそうなことに安堵する弥勒だった。
同時進行です。忙しいです。大変です。
次回更新は2月20日のお昼12時です。




