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魔王様のご近所征服大作戦  作者: 京 高
第九章 魔王様のお仕事は世界の管理?
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第六十四話 それでも瑞子町通訳アルバイト、弥勒

 弥勒が管理者となっても変らないことがいくつかある。その一つが瑞子町役場での通訳のアルバイトである。

 何故か?

 働かないとご飯が食べられないからである。世界の管理者をやっているだけでは生きてはいけないのだ。

 ちなみにヒトミたち他の管理者は普段隠世にいて、そちらで半自給自足のような生活を送っているらしい。


「今年は大根が上手く育っているわ」


 と、いうのはヒトミの談だ。なんでもフミカがちゃんと面倒を見ているのですくすくと育っているのだとか。

 ヒトミほど現世の食べ物に執着している者はごく少数ではあるが、管理者といっても仙人のように霞を食べている訳ではないのである。

 閑話休題。ともかく、今日も今日とて勤労に精を出す元魔王であった。


『その欄に名前、その下に現在の住所を記入してくれ。署名以外はこちらが代筆することも可能だが?そうか、書けるならば自分で書いた方がいいな』


 年末が近づいてきて提出書類が増えているのか、ここのところ役場に足を運ぶ人自体の数も増えてきている。そうなると当然応対する職員の人手不足となってくるのだが、弥勒たちアルバイトには相変わらず通訳としての仕事しか回せないらしく、それほど忙しくもなく過ごしていた。


「少しくらい鈴木さんたちに手伝ってもらっても問題ないと思うんだけど……。これだから杓子定規なお役所仕事って言われるんですよね」


 と、休憩時間に職員たちから愚痴られる程度には受付業務に慣れることができていた。

 そして早番だったその日、弥勒は昼食を食べた後すぐに待機場所へと戻っていた。第六感が働いたというほど大したものではないが、何となく戻っていた方がいいと思ったのである。


「ああ!鈴木さん、丁度良かった。こっちの人なんだけれど通訳をお願いします」


 そしてそれは見事的中したようだ。弥勒は早速仕事に入った。


『すまない、待たせてしまったようだな。私は鈴木弥勒。通訳を担当している。それで今日はどんな用件かな?』


 住民課の窓口に来ていたのは年の頃なら二十歳を過ぎたくらいの若い男だった。


『こちらの大学にしばらく御厄介になることになったので届を出しに来ました』

『ほう、学生かな?それにしては時期がズレている様な気がするが……?』

『いえ、学生ではなくて研究者です。隣の市に入ってすぐの所にある研究施設に勤めることになりまして。知りませんか?』


 確か正が元住んでいたアパートの近くにそうした研究施設があるという話だったか。そしてその地区は例の黒幕の管理者の管轄する場所でもある。


『見たことはないが、聞いたことはあるな。何でも特殊な研究をしているそうだな?』

『それほど特殊という訳でもありませんよ。記憶や認識といった脳に関する研究をしているんですよ』

『それは話しても問題ないのかね?』

『全然問題ないですよ。だって、研究所の施設名が〈頭脳科学研究所〉ですから』


 聞いてはいけないことだったかと気を回した弥勒に男は笑って答えた。

 記憶や認識の研究となると、正に掛けられていた魔法を用いた暗示はそこで開発された――または開発されたように見せかけている――可能性が高い。

 途端に胡散臭く感じられる弥勒であった。管理者が絡んでいるのは間違いないだろう。


『ああ、でも学部や学科の垣根を超えているという点では特殊な施設と言えるのかもしれませんね』

『勉強不足でそうした点には疎いのだが、それほど珍しいものなのか?』

『どこにでも勢力争いというものはありますから。私の出身国などでは大抵どこかの学部付きの施設になっていましたね。それに対してあそこは大学直下の施設であり、各学部から研究者が派遣されているそうですね』


 そうして集めた様々な分野の研究者たちに魔法をかけて意のままに操っているのではないか。あくまでも弥勒の想像ではあるのだが、当たらずしも遠からずといった気がする。案外、謎の魔法使いもそうして操られているだけなのかもしれない。


「鈴木さん、雑談はそのくらいにして仕事、仕事」

「おっと、これは失礼、すっかり話しこんでしまった」


 予想外の場所で予想もしていなかった有益な話が聞けたことで、つい気を良くしてしまった。


『忙しい所を引き留めてしまって申し訳ない。住居届けということで構わないか?』

『あ、はい。住むのはこちらの町内になりますから、よろしくお願いします』


 通訳の仕事を進めながら、弥勒は〈頭脳科学研究所〉についてはもっと調べる必要があると考えるのだった。




「そういうことで〈頭脳科学研究所〉が今の所一番怪しいと考えている」


 その夜、久しぶりに全員が揃った魔法訓練の場で昼間あった出来事をについて話していた。


「同じ管理者にちょっかいを出すだけでなく、人間や動物にも影響がありそうですね」

「正に使った暗示魔法みたいな研究をしているとなると、怪しいどころか危険アルよ」


 フミカとの一件の説明するなかで、例の管理者の目的――カミになるという中二病患者も真っ青なあれ――も話していたので全員渋い顔をしている。


「しかしいきなり乗り込む訳にもいかないからな。迂遠にはなるが噂話程度でいいので学生組には研究所の情報を集めてもらいたい」

「噂程度でいいんですか?もっと踏み込んでどの誰が出入りしているかくらいは聞けると思いますよ」


 正の意見に弥勒は首を横に振る。


「彼の話を聞くに、大学の肝いりで作られた施設ということだった。その割に学生の皆がほとんど何も知らないというのは不自然過ぎる。何らかの情報操作か、魔法が施されていると考えた方がいい。ここは慎重に行くべきだ」


 全員魔力感知はできるようになったものの、未だに魔法陣を用いての魔法発動には至っていない。身を守る術がない状態で無理をさせることはできない。

 そうした弥勒の気持ちをくんだのか、イロハが「分かりました。当面はそれとなく尋ねて回ることにしておきますね」と言って締めくくった。


「私たちだけじゃなく、弥勒さんと話したその研究者も危険じゃないアルか?」

「彼にはこっそりと抵抗力強化の魔法をかけておいた。それに住所は分かっているから、時々様子を見に行こうと思っている。ジョニーの奴を監視に付けてもいい。住所については教えられないぞ、一応守秘義務があるからな」


 守秘義務というのであれば、様子を見に行くのも僕に監視させるのもアウトである。だが、何事にも例外は付きものなので特に誰も突っ込むことはしなかった。

 いや、単にそれはそれ、これはこれ、と都合のいい解釈をしただけなのかもしれない。

 こうして学生組を中心とする〈頭脳科学研究所〉に関する情報収集が始まったのだった。


ネットで検索すると似たような名前の研究所がでてきますが、偶然の一致でございます。

こちらは完全なフィクションです。一応注意書きでした。



次回更新は1月23日のお昼12時です。

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