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魔王様のご近所征服大作戦  作者: 京 高
第八章 魔王様 vs 管理者
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第五十五話 侵食される日常

 昼を過ぎると、残りの勤務時間は一時間しかないのであっという間である。交代時間直前に一斉に押し寄せる、という事態は可能性としてはあるのだろうが、弥勒が勤め始めてからは一度も起きていない。


「それではお先に」


 交代でやってきた同僚に挨拶して役場から出る。駐輪場へ行くと、今や恒例となったジョニーファンによるお菓子の献上大会が行われていた。

 どうせなら芸を仕込んでくれれば、ダイエットをさせる手間も省けて一石二鳥なのにと思う弥勒である。

 しかし、その外見の可愛さにすっかり惚れ込んでしまっているファンたちは甲斐甲斐しく世話をしていて、孫にだだ甘なおじいちゃん、おばあちゃんの図そのものであった。

 さらに困ったことに、最近ではジョニーラブが過ぎて、弥勒のことを敵視する御仁も出始め、その背後には謎の動物愛護団体!やら、謎の宗教団体!?がいるという噂まで出る始末である。

 一度適当な精神操作系の魔法を掛けた方がいいのかもしれないと、わりと本気で悩む弥勒だった。


 解散の号令をかけてもなかなか帰らないファンたちに痺れを切らせて、強引に人垣を掻き分けて青龍号を発進させる。その時、やたらと騒いでいる女性がいたが無視しておいた。

 真ん丸雀との触れ合いを心の底から楽しみにしている人が少なからずいるので、ジョニーを連れてこないという選択はなるべくならば取りたくはない。節度を持った行動をしてもらいたいものだ。

 それにジョニーを連れていかないとなるとご飯代が一気に膨れ上がる可能性もあるので、弥勒としても彼らとはなるべく良好な関係を築いていきたい所なのだった。


『ジョニーよ、今日は変わったことはなかったか?』

『変わったことっすか?……うーん、思い当たらないっすねえ』

『初見の人間がいたとか、珍しい食べ物をくれたとかなんでもいいのだが。特にないか?』

『初めて食べるような珍しい食い物はなかったっす』


 回答が食べ物に集中してしまっている。この調子では本当に始めて見る相手がいたとしても覚えてはいないだろうが、ジョニーなので仕方がない。

 まあ、青龍号にも魔力の残滓は感じられないので、特に何かをされたということはないといえる。できれば目的が知りたかったのだが、そこまでは甘くはないようだ。

 ふと、今日は子どもたちが菜豊塾にやってくる日であることを思い出す。


『ジョニーよ、子どもたちの菓子を買いにコンビニに寄るぞ』

『ラジャーっす。あ、それならオレは肉まんが食べたいっす!』


 獅子の練習の鐘が聞こえるようになった頃からコンビニに置かれ始めた肉まんは、すっかりジョニーの好物の一つとして定着していた。一方、弥勒はチーズたっぷりのピザまんがお気に入りである。


『お前……、先ほどあれだけ大量の菓子を貰っていたではないか』

『あれはあれ、これはこれっす。肉まんは別腹っす!そしてカレーは飲み物っす!』


 ジョニーの別腹を数えていくと、三ケタ以上になるのではなかろうか。ちなみにカレー云々は昔の偉い人の名言だそうだが、そんなことを言った真意はというと『カレーまんも食いたいっす』であった。


『肉まんだけでなくカレーまんも欲しいとか、どれだけ我が儘な奴だ。これ以上食費を上げられないように、今晩のおかずの焼き鳥にでもしてしまおうか』

『ちょっ!?悪かったっす!謝るから焼き鳥は許して欲しいっす!』

『口では何とでもいえるからな。そうだな……、今日の所は肉まんもカレーまんも我慢するのならば信用してやろう』

「!!……そ、それは……。分かったっす、我慢するっす……」


 こうしてジョニーは肉まんを食べる機会を逃すことになるのだが、実はこうしたやり取り自体はほぼ毎日のように行われていたりする。

 いい加減、欲をかき過ぎると失敗するということを学習してもおかしくないはずなのだが、お調子者な性格はなかなか治らないままだった。余程ショックだったのか青龍号の前籠の中をはね回る勢いも弱まっている気がする。


『俺のピザまんを三分の一やるから我慢しろ』


 そして弥勒がデレるのも毎度のことである。文句を言いながらも宿題を見せる幼馴染のようなツンデレぶりだが、本人は気付いていない。

 それにしても半分ではなく三分の一なのが微妙にケチくさい。自分とジョニーが同格ではないということを知らしめるため、とも取れなくはないが、橙香のチャレンジパンなどなど既に半分に分けあっているものは多いので、やはり好みのピザまんをより多く食べたいというのが本音なのだろう。


 間もなくコンビニに到着し、弥勒は青龍号をチェーンロックで盗難防止用のポールへとくくりつける。勘違いされやすいのだが、弥勒のこうした行為は他人を疑っているためにしていることではない。

 むしろ、盗まれないようにしておくことで他人を疑う必要がないようにしているのである。そのため菜豊荘であっても、役場であっても目の届かない所に行く場合には必ず鍵とチェーンを掛けるようにしている。

 前籠にジョニーがいるのでそこまで心配する必要がないのではないか、と思えるのだが、そこはやはりジョニーなので寝ている間に真ん丸雀もろとも青龍号が盗まれる可能性が非常に高いのであった。

 弥勒としてもそんな賭けをしようとは思わないので、毎度防犯対策はきっちりしているのである。


 店の中に入ってパーティサイズのスナック菓子やおつまみ系――あたりめやチーたらが子どもたちの間で流行っているそうだ――の品をいくつか籠に放り込む。

 本当はスーパーなどの方が安上がりなのだろうが、どうにも寄り道程度の距離にあるコンビニに足が向いてしまう。そしてついつい雑誌コーナーに立ち寄りたくなってしまうのを、強靭な精神力で抑えてレジへと向かう。

 レジへと籠を置こうとする直前、女性とはち合わさってしまった。間の悪いことに平日の昼下がりである今は、他に客がいなかったために一つしかレジが開いていなかった。


「どうぞ」


 手にした品数から、大した時間もかからないだろうと女性に先を譲る。しかし、それが失敗だった。会計を始めた途端に小さな子どもを連れた男性がやってきて、ソフトクリームに始まり唐揚げ、フライドポテト、そしておでんと手間と時間のかかる商品を次々に注文し始めたのである。

 横入り状態になったことを気も止めない者たちも大概だが、そうした可能性を失念して譲った自分にも責任はある。面倒ではあるがここは大人しく待つべきだろう。

 結局、前の客たちが支払いを終えて出ていったのは五分後のことだった。運の悪いことに店員が一人しかいなかったのである。


「すみません、大変長らくお待たせしてしまいまして……」


 と、店のアルバイト君――名札に書いてあった――は恐縮し通しだった。気を取り直して会計を済ませ、「ありがとうございました。またお越し下さい」という挨拶を背中に出口へ向かう。

 少し重めに作ってある扉を押し開くと、少し離れた場所からこちらへ向かってくる人が見えたので、扉を開けたままにしておく。すれ違いざまに「ありがとう」と残したその人が店内に入ったのを確認してから扉を閉めて、大きく息を吐いた。


「これはさっさと解決しないと気が滅入るな」


 鍵を取ろうと突っ込んだポケットの中で、指先に触れた紙の感触に弥勒はポツリとそう漏らすのだった。


コンビニのアルバイトも楽じゃないというお話でした。

……あれ?なんか違うような気が?


次回更新は1月7日のお昼12時です。

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