第五十一話 大獅子!おおじし?
境内をグルグルと回り見知った者たちに片っ端から声を掛けて回る。特に菜豊荘で獅子を使ってもらった時に顔を合わせていた各地区の代表者には確実に挨拶しておく。こうした地道な顔つなぎが、いざという時に役に立つものなのである。
脳筋で力の強い者には従う傾向が強い魔族ではあったが、それが全てという訳ではない。人脈作りに根回しは魔王時代において日常茶飯事であった。
「それにしても、将たちは随分とこき使われていたな」
「半分以上は嫉みよね、あれ」
弥勒の呟きをヒトミが拾う。
「うん?何か妬まれるようなことをしたのか?」
「ほら、菜豊荘の女性陣って美人揃いじゃない。だから同じ建物に住んでいるっていうだけで男連中からは嫉妬されているのよ」
「なるほど」
確かにイロハにしてもリィにしても、そして祥子もかなり美人の部類に入る。まあ、独身の二人は微妙に残念な部分があったりもするのだが、深い付き合いでもなければ分からないところだろう。
「その上充は、トオマルの橙子ちゃんと付き合っているしね。このくらいは仕方がないんじゃない。本当に嫌なら出てきていないだろうし」
それもそうだ。こうして参加しているということは有名税的なものだと納得しているのか、それともそうしたやり取り自体を楽しんでいるのだろう。
「困っているなら相談してくるだろうし、とりあえずは放っておいても問題ないな」
と、そう言えるくらいには彼らからの信用を得ている自信はある。当初考えていた形とは異なるが、味方を増やしていることには変わりがないのだから良しとしよう。
針生たちに会って以来、弥勒もまた元に世界に戻ることについて真剣に考え始めていた。それがいつになるかはまだ不明であるが、準備だけは進めておくべきだと思っている。協力者とするのか、それとも手下にするのかはその時になってみないと分からないが、戦力となる者たちを増やしておいて損はないはずだ。
最終手段として暗示等の精神操作魔法を使うことも視野に入れる必要があるが、悪役っぽいので使いたくないなあ、と思っていたりする今日この頃だった。
ちなみに今でも太鼓や鐘の音が四方八方から降り注いでいるのだが、そんな中で何不自由なく会話ができているのは魔法のお陰だ。人の目が多いので不審に思われる行動は避けるようにしていたのだが、あまりの音量に二人とも我慢ができなくなったようである。
「これまでに聞いたことのない音がするな……」
そんな中で、どこかから別の太鼓や鐘の音がするのを聞きつけていた。流石は弥勒、魔族の耳は地獄耳のようだ。獅子舞に使われる太鼓はパン!とかタン!といった感じの甲高い音がするのだが、新たに聞こえてきたのはドーン!とかダーン!という低音だった。同じく鐘の方も境内で鳴り響いているものに比べて低い音がしていた。
「ああ。それは大獅子が来る合図よ」
一方のヒトミは少女の外見に合わせて性能を落としているのか、まだ聞こえていないようである。管理者である彼女ならば、聞こうと思えばすぐに聞くことができるのだろうが、これも祭りの醍醐味として、徐々に聞こえてくるのを楽しんでいるのだろう。
しかしその台詞の中に聞き覚えのない単語が混じっているのを聞きつけた弥勒は首を傾げていた。
「大獅子とは何だ?」
「名前の通り大きな獅子のことよ。この神社の名物なのよ。もうすぐやって来るから楽しみに待っていなさいな」
そう言われてしまうと詳しく聞くこともできない。弥勒は近くにいた獅子たちの舞をのんびりと見物することにしたのだった。そしていくつかの地区の舞が終わるのを見計らったようにそれはやって来た。
先導するのは太鼓と鐘。弥勒が聞きつけていたのはこれだ。太鼓の方は普通の獅子の物と変わらない大きさだったのだが、本体の材質が違うのか、それとも叩く撥が違うのか随分と異なった音を出していた。
一方の鐘の方はというと、形からして寺院の鐘を小型化したようなものであったので、響く音色の違いには納得がいくものであった。
そしてその二つの音に導かれてやって来たのは数人の大人に担がれた巨大な獅子の頭と、それに連なる長い胴体であった。
「どう?なかなかの迫力でしょう?」
「確かに大きいな」
ヒトミは自慢げな声音を隠そうともせずにそう言ったのだが、弥勒から返ってきた言葉にはそれほど大きな感情の波は感じられなかった。
それもそのはず、弥勒は元の世界で大獅子と同等の大きさの魔物や、それを遥かに超えるサイズの竜とも対峙していたのである。残念なことに、今更このくらいの大きさで驚くということはなかったのだった。
ヒトミもそのことに気付いたのか、幾分つまらなさそうな顔をしていた。先ほどの自慢げな態度から、ちょっとした誇りだったのかもしれない。出店の一件といい、祭りを心底楽しんでいるのは間違いないようである。
「普通の獅子に比べて可愛らしい顔つきだな」
「そうね。特に顔全体の大きさに比例して目が大きく描かれているから、そう思えるのかもしれないわ」
言われてみると確かに目は大きく特に真ん丸に黒目が描かれているためか、どことなく円らな瞳の愛嬌があるものに感じられた。
「それにしても……長いな」
というのは胴体のことである。頭の長さが一メートル弱なのに対して胴体部分――布製で油単といわれる――は十数メートルはありそうだ。その所々に竹か何かで輪が作られており、そこを持つように人が入っているのだった。ちなみに尻尾も二メートルほどある。
「あれだけ多くの人間の足が見えていると、獅子というよりもムカ――」
「ストーーープッ!!!それ以上は言っちゃダメだからね!!」
「しかし、実際にム――」
「だから言うなってば!!例えたくさんの足が見えていようとも、あれは獅子なの!良いわね!?」
「う、うむ……」
どうやら大獅子の足の数については触れてはいけないことだったらしい。それ以上に獅子自体が空想上の生き物であり、現実味を求め過ぎるのは無粋というものである。弥勒もそれは分かっているのだが、どうしても疑問は湧いてくる。
「だが、どうしてあのような形になったのだろうか?」
「そこはほら、やっぱり大勢で動かすことで連帯感とかが生まれるからじゃないかな」
「つまりどういう謂れがあるのかは知らない、ということだな」
「……はい。勉強不足でスミマセン」
突っ込まれて片言になるヒトミである。いくら祭神ではないとはいえ、拠点にしている神社のことくらいは知っておくべきではないのか?
管理者なのだからそれくらいは造作もないことのはずだが、放置しているのは、必要以上に現世にかかわらないようにしているためか、それともヒトミ個人の性分によるものなのか。間違いなく後者だろうと確信する弥勒であった。
弥勒の思考があちこちに飛び回っている間に、祭りの主役は大獅子から奴へと交代していた。
「練り歩くだけだから普通の獅子に比べて地味だな」
「大獅子は明日が本番よ。今日は顔見せといった所ね」
「そうなのか?」
「大抵の大獅子は歩いては神輿のように持ち上げて振るだけで終わるのだけれど、うちのは比較的小さめでね、その分走り回ることができるのよ。流石に暗いと危ないから、宵祭りでは歩くだけで終わっちゃうけれど」
参道は石畳で舗装されているが、その他の境内には砂利がまかれているので足を取られやすい。最近では胴体の後方に子どもたちが入ることも多くなったので、そうした配慮がされるようになったそうだ。つまり、成人男性ばかりだった一昔前までは宵祭りでも関係なく走り回っていたのである。
「ここでも人手不足か……」
どこにいても押し寄せてくる少子高齢化という波に、弥勒は何とも言えない気分になるのであった。
僕は大獅子の顔の方が愛嬌があって可愛く思えるのですが、小さい子の中には普通の獅子は怖くなくても、大獅子は怖いという子もいるようです。
もちろん普通の獅子も大獅子も両方怖くて大泣きしている子もいます。
逆に作中の智由ちゃんはどちらも怖くない派です。
え?大獅子の足?ナンノコトデショウカ?ワタシハナニモシリマセン。
次回更新は1月1日のお昼12時です。




