第三十七話 会社じゃなくてもホウ・レン・ソウ
「そういう訳で、今の所重力制御魔法で重力を遮断した状態で突風の風魔法を発動させることで自由に動き回ることができることが判明した」
「「「「「おおー!!」」」」」
翌日の夕刻、久しぶりに全員が揃ったので弥勒は飛行魔法開発の進捗について報告していた空が飛べるということに文字通り舞い上がる男性陣を後目に、女性陣は冷静に問題点を探っていた。
「重力制御って難易度が高過ぎないですか?」
「しかもその状態で風の魔法を使っているアル」
「つまり、魔法の同時発動ということ?」
彼女たちの結論、初心者にもなっていない自分たちには到底無理。
「よってもっと簡単になるように改良を要求します」
「せめて一つの魔法で動き回れるようにして欲しいです。消身と防音の魔法でしたっけ?同時に発動できるんですよね?あれみたいにしてもらいたいかな」
「まあ、複合魔法も十分高難度だとは思うアルけど」
「改良については元々そのつもりだったから問題ない。今の段階だと両手が移動に使われてしまっていて、戦闘するには心許なさ過ぎるからな」
推進等移動に突風の魔法を――ジェット噴射のように――使っているであるが、それをどこから出しているのかというと、掌からなのである。それにしても両手を使えるようにして、一体何と戦うつもりなのだろうか?怖くて聞けない一同だった。
「飛行魔法については以上だ。そちらの方はどうなっている?」
「それじゃあ、まずは私から話そうか」
弥勒に続いて義則が報告に立つと、四谷夫妻やリィなど義則の声が聞こえない者の周囲にいる人たちが通訳を開始する。
「弥勒さんから預かった魔法陣で魔法発動の訓練をしている私にリィさん、そして正君の三人だが、残念ながら上手くいっているとは言い難いな。ただ、あと一歩という所まできているという自覚はあるのだが、その一歩がどうしても進めないという状況だ」
残りあと一歩の所で透明で巨大な壁に阻まれているような感じなのだそうだ。見えているのに届かない。何とももどかしい。壁を壊す、乗り越える、はたまたすり抜けるための切っ掛けを探してもがいていた。
「弥勒さんもその訓練をされていますよね?ヒントになるようなことはないですか?」
イロハの問い掛けに、弥勒はお手上げだと言わんばかりに両手を上げた。
「悪いがそちらに関しては俺でもさっぱり分からん。人間と魔族という種族の違いなのか、意識していても、それらの過程をすっ飛ばしてして魔法が発動してしまうのだ」
将たちのすがる様な眼差しが向けられていたことは理解していたが、できないものはできない。変に期待させるよりも、自分たちで努力して解決していくという方向に転換させておいた方が後々のためにもなるはずである。魔法を教えはするが、おんぶに抱っこで面倒をみるつもりはないのだ。
「とにかく足踏みしているのが現状だから、皆も何か気になることがあれば進んで言ってくれ」
という言葉を最後に、魔法発動訓練組の報告が終わった。そして代わりに今度は将が口を開く。
「えっと、最後は僕たち魔力感知訓練組だね。昨日までになんと全員魔力を感知できるようになりました!」
唯一の明るい話題であったためか歓声が上がる。充などはわざわざ用意していたのかおもちゃのラッパを吹いているし、リィはクラッカーを鳴らしている。
いつの間にか〈祝!魔力感知〉と書かれた横断幕――先日のバーベキュー大会で掲げられていた物の裏に書かれており、所々文字が透けて見えていた――まで広げられていた。その片方を持っていたのは正で、彼も順調に菜豊荘の色に染まってきているようである。
と、大騒ぎしているが、この準備の良さからも分かるように既に全員知っていることであった。弥勒は先生役をしているし、残りのメンバーも時間がある時には必ず参加していたのだから当然のことだろう。唯一知らないのはウサギさんなジョニーだったが、今日も彼は余裕で先輩風を吹かせて部屋でゴロゴロしているため、結局知らずじまいであった。カメさんな後輩たちに追い抜かれる日も近そうである。
また、魔力感知の幅に個人差が出てきているが、これには生来持っていた能力もかかわってくるため仕方のないことである。ただし、これは訓練によって鍛えることができるものなので、後はひたすら修練あるのみといえる。
「その事なんだが、一つ追加のお知らせがある」
歓声が治まってきた頃に大が手を上げると、隣にいた祥子と顔を見合わせてから、お知らせについて話し始めた。
「実は、智由も魔力を感じ取れるようになっているらしい」
ざわつく一同。
「祥子先生、本当ですか?」
「どうして俺じゃなくて祥子に聞くんだ」
孝が祥子に確認を取ろうとして、大が憮然とした表情を浮かべる。もちろん普段から大が親バカな言動を取っているせいなのだが、それを口にするのははばかられた。
「本当よ。とは言っても、あくまで推測の域を出ないのだけれどね。どうも誰かが魔法を使うと機嫌がよくなるみたいなの」
祥子の説明を聞いて、弥勒には一つ思い当たることがあった。
「智由が最初からやけに懐いてきていたのは、俺から大きな魔力が感じられたから、という可能性もあるな」
「言われてみると、弥勒さんに抱かれている時には機嫌がいいですよね」
「ちょっと待つアル。つまり智由ちゃんは魔法を使っていなくても魔力を感知できているということアルか?」
「そうなるな」
それは現状、義則と並んで菜豊荘で最も魔力感知能力が優れているということだった。魔法発動訓練も並行して行っているリィや正でさえ、そこまでは至っていない。いずれは内包している魔力の量だけで個人を特定できたり、地中を走る魔力の流れや大気に満ちる魔力の濃ささえも感知できたりするようになるかもしれない。
「とんでもない逸材が眠っていたものですね……」
「実際今も眠っているけどな」
皆から尊敬のまなざしを向けられているとはつゆ知らず、当の智由は祥子の腕の中で安らかな寝息を立てていた。
その日から、赤ん坊に負けてはいられないという思いで一致した菜豊荘住人達は、それまで以上に真剣に魔法の訓練に取り組んでいくのであった。ただ、中には体内の魔力量が増えると、智由に懐いてもらえると勘違いしていたお父さんもいたということも追記しておく。
適当人間なので、ホウレンソウは苦手です。
次回からは六章に移ります。
次回更新は12月8日のお昼12時です。




