第三十二話 バーベキューと書いて肉争奪戦と読む
瑞子町は田舎である。そして例外はあるが、田舎の人々は血縁や地縁から知り合いが多い。今回菜豊荘のバーベキューに呼ばれた者たちも皆、顔見知りであったり何かしらの付き合いがあったりする者たちばかりだった。
現在菜豊塾に通っているのは小学生五人と中学生が三人、そして高校生が一人であるが、今日集まったのは小学生五人とその家族だけだ。中・高生になると思春期と反抗期で大変なのである。
そういう点でいえば菜豊荘の住人で、異国出身のリィ――とんでも美少女のためご近所で有名ではあったのだが――や、入居してからの日が浅い正との方が、初めて会話するという人も多かった。
ちなみに将たち三人は、実家のある地区は違っても地元民なので顔見知り、イロハは菜豊荘生活が長く菜豊塾の先生もしているのでもちろん知られていた。そして四谷夫妻に至ってはほとんどの者が学生時代にお世話になったことがあったりする、という状態だった。
つまり何が言いたいのかというと、
「ああ!?コラ!そっちの肉は俺がじっくり焼いていたのに!」
「ふっふっふ。何を言っているのか分からんな。バーベキューとはすなわち早い者勝ちよ!」
「うお!?目を離したすきに大量に確保していたウインナーが消えているだと!?」
「厚切りベーコンうめぇ!ビールでも何でもいいから酒が欲しい!」
遠慮というものが全くなかったのである。特にお父様方プラス克也がはっちゃけるわはっちゃけるわ。日頃溜まっていたものを吐きだすかのように肉争奪戦を開始していた。
そしてそれに巻き込まれたのが弥勒をはじめとする菜豊荘男性陣である。焼いていた肉がかすめ取られるのは当たり前、しっかり見張っていたつもりでも、たれを作ったり飲み物を取ったりしている間に誰かの腹の中へと収まっていたのであった。
外部の呼び込みは初めてということもあってノンアルコールにしてあったので、まだましだったといえる。だが、ここまではっちゃけてしまってはそれぞれの家に帰った後でお説教を受けるのは確実であろう。
そんな阿鼻叫喚の殺伐とした世界が形成される前触れが見えた瞬間、奥様方や菜豊荘女性陣の手によって半分の食材は避難隔離されたために、子どもたちの食べる分がなくなるという最悪の事態は避けられた。グッジョブである。そして佐原氏や大はこっそりとこちらのチームに合流していた。流石は年配組、年の功だ。
しかし本来最も年の功がなくてはいけないはずの弥勒は、きっちりと修羅餓鬼たちに巻き込まれていた。身体能力が高いために比較的脳筋の多い魔族ではあったが、彼らを束ねて魔王をやっていたので権謀術数には馴染み深いはずなのに簡単にカモにされている。
「はっ!肉がない!?貴様ら謀ったな!」
「はっはっは。怨むならやたらと美味い肉を焼いていた自分を恨むんだな」
今も克也に話し掛けられていた間に焼いていた肉を食べ尽くされていた。こっそり取り分けていた高級部位をひっそり魔法で熟成させていたので、美味いのは当たり前である。しかし、自分一人で楽しもうとしていたので奪われたのは自業自得ともいえる。気前良く振舞っていれば、一切れは食べられたはずだ。
弥勒は先の事件で出自を公開してからというもの、魔法を使うことを自重しなくなっていた。もちろん大規模攻撃魔法など見つかると大変なことになるものは控えているが、そうではなく気付かれ難い魔法や、今のようなちょっとした生活便利系の魔法は躊躇なく使っている。
これには正の背後にいた謎の魔法使いに対して、他にも魔法を使える者がいることをアピールして彼もしくは彼らの動きを抑制するという狙いがある。
もっとも、一番の理由は楽がしたいから、なのではあるが。
一方、そんな殺伐とした男どもを後目に女性陣と子どもたちは和気あいあいとバーベキューを楽しんでいた。そして弥勒が隠し持っていた高級部位の残りや品質の良い肉はこちらの方に集められていた。勢いで食べる男どもには安い肉で十分なのである。
「うわ、このお美味しい」
「この味付けもいけますね」
「まさかこの食材にこんな料理方法があったなんて……。チューカコク恐るべし!」
「なんのなんの、ニポンのアレンジ能力には負けるアルよ」
「祥子先生、智由ちゃんは本当に大人しいですよね」
「その代わり一度泣き始めると止まらなくなるんです……」
と、感想を言い合ったり、世間話をする余裕すらある。いやこちらの方が普通のはずだ。男どもがおかしいだけなのである。しかし少し視線を動かすと普通ではない景色も見えてくる。
「雀さん、いくよー」
「チュン!」
子どもたちが放り投げた肉の数々をジョニーが空中でキャッチしていたのだ。それだけならば訓練された雀ということで説明が付いたかもしれない――やはり無理があるか?――が、問題はそのスピードと動きである。残像が残るような速度で飛び立ち、ありえない角度で曲がっている。その軌道は直線的で最短距離を移動していた。
「鳥さん、すごいすごい!」
子どもたちは純粋に面白がっていたが、常識がある大人はそうもいかない。
「…………」
佐原氏はその光景にあんぐりと口を開けるしかなかった。その隣で大は我関せずといった顔で黙々と肉や野菜を食べ続ける。そしてこれをスルーし続けている女性陣に尊敬の念を抱くのだった。
その後、男どもの方でも腹がこなれてきた者から戦線を離脱し始め、開始から二時間後には会場全体が食後のまったりとした空気に包まれていた。遊び疲れた子どもたちは二〇二号室でお昼寝タイムとなり、食べ過ぎて動けなくなったジョニーがその見張り番をしている。
せっかくだからと克也が持ってきた燻製機で燻したチーズが酷い味だった――燻製チップを買わずに自宅で伐採した木の木くずを使ったのだから失敗して当然である――のも良い思い出といえるのかもしれない
こうして午前中のマジックショー?に続き、菜豊荘主催の第一回〈大バーベキュー大会〉も大成功の内に幕を閉じたのであった。
外部参加者も含めてのドタバタ回でした。
生活便利魔法が欲しい今日この頃です。
次回更新は11月29日のお昼12時です。




