第三十話 魔法使いになれる日? 前編、――あの口調で――説明しよう!
今日は日曜日。晴天にも恵まれ洗濯物や布団を干すにはもってこいだ。勿論どこかに出かけてもいい。流石にもう海は厳しいがプールであれば全く問題ない。むしろ残暑の太陽に対抗するためには大量の水が必要――体内にも必要です。熱中症には気を付けて!――だ。
よし!プールへ行こう!
ということもなく、日曜日の午前中であるにもかかわらず、菜豊荘の全員が一〇二号室に集まっていた。補足しておくと、塾として使用しているので一〇二号室には大部屋用のエアコンが付いている。
子どもの体温は高いので、部屋の大きさに合わせると力不足になるからだ。そのお陰で、十人を越える人を詰め込んでも快適な室温を保っていた。
「あー、それでは一回目となる魔法教室を開催したいと思う」
「待ってました!」
「わー、わー」
「いえーい」
「ぱちぱちぱちぱち」
弥勒が挨拶をすると学生組が盛り上げる。どうやら少しおかしなテンションになっているらしい。そのノリに正が一人付いて行けずに硬直してしまっている。しかし誰もフォローしようとはしていない。それどころか期待に胸を膨らませて今か今かと待っていた。
そんな人間たちをジョニーが珍しくクールな表情!?で見ている。先に魔法を教えてもらった余裕のためだろうか、上から目線のその顔は見る者をイラッとさせること請け合いである。幸運なことに誰も見ていなかったので、今回もジョニーが焼き鳥にされることはなかった。
「まずは魔法を教えるにあたって、皆に守ってもらいたいことを告げる。一つ目は……」
曰く、弥勒がいない所での練習はしないだとか、周囲に人がいないか確認するだとか、まるで子どもたちが花火をする前の諸注意のような話が続いていく。最後に「お兄さんとの約束だ!」とか言い出すんじゃないだろうか、とジョニーは思っていた。一方、後輩の生徒諸氏はそんな注意事項にもしっかりと耳を傾けている。祥子に背負われている智由ですら静かに聞き入っていた。
「……と、まあこんなところか。話ばかりでは飽きてくるだろうから、まずは見本を見せるとしよう」
そう言って弥勒が右手で指を鳴らすと、その人差し指の上に拳大の水の塊が出現した。
「「「「「おおおおぉぉぉーーー!!」」」」」
数人の歓声が重なる。きっとご近所さんからは「何事!?」とか思われていることだろう。残りの面子は声も出せないほど驚いていた。
そんな人間たちをジョニーは『フッ』とか言って、恰好を付けて横目で見ていた。完全にスタートダッシュを決めていい気になっているウサギさんである。この時点ですぐ後輩生徒諸氏に追い抜かれて、弥勒にこっぴどく叱られるという未来が確定したのを本人は全く気付いていなかった。合掌。
「さて、今の魔法を使った時に魔力に動きがあったことが分かった者はいるか?」
出した水塊をシンクに捨てて弥勒が尋ねると、手を上げたのはリィと正、義則の三人だけだった。イロハは念話の傍受ができるのに分からなかったようだ。やはり彼女は謎である。また、義則が見える将、孝そして充の三人も分からなかったので、幽霊が見えることと魔力を感じることは別の能力であるようだ。
「それでは魔法発動までのプロセスを簡単に説明しよう。だがこれは元の世界の人間たちが研究していたことなので、どこまでこちらの世界で通用するのかは不明だ。イメージの一助にする程度の認識で聞いてくれ」
まず体内にある魔力を核にするため練り上げる。次に周囲の魔力をその核に纏わせるように集めていく。そして最後に発動させる。基本的にどんな魔法もこの三ステップで成り立っており、ここに同時進行で発動させたい効果をイメージして付加することで、様々な魔法となるのである。
ちなみに弥勒をはじめとした魔族は、魔力との親和性が高いせいか、こうした経過を意識することはない。弥勒がこれらについて知っているのは、長年に渡って敵対者である人間について研究――悪の組織にありがちなエロや非人道的なものではない――してきたからである。
「弥勒先生、質問です!周囲の魔力ということは、魔力というものはどこにでもあるものなんですか?」
「いい質問だな孝。魔力というものは世界中に満ちている。断定はできないが、気と呼ばれているものも同じものだろう。そして体内にある魔力も同じものであり、呼吸等で常に入れ替わっているのだ」
「そうなると、体内に溜め込んでおける魔力が多い人が優れた魔法使いだということになるのですか?」
弥勒の解説を受けて、今度はイロハが質問をする。
「それがそうとも言い切れないのだ。確かに優れた魔法使いの因子の一つではあり、訓練によって増幅させることができるので軽視はできない。核が大きければその分簡単に強力な魔法を作ることができるからな。しかしそれ以上に周囲の魔力を纏わせたり、魔法の効果をイメージして定着させたりすることの方が重要になってくる」
つまり、例え核となる魔力が小さくても纏わせることのできる魔力が多ければ強力な魔法となる。同様に、適切な効果を付加することができれば少量の魔力でも強力な魔法となるのだ。賢者や大魔道士と呼ばれる人物が高齢なことが多いのは、技術を研鑽した経験がものをいうからである。
「弥勒さん、いわゆる呪文の詠唱というものはないのかな?」
「「「「「「「「え?」」」」」」」」
まさかの中二病的発言が最も縁のなさそうな大から飛び出たことで騒然となる生徒一同。しかし彼は小学校の教師であるため、そうした子どもたちが食いつきそうなことに関心が向くのであろう、多分。
「勿論あるぞ。それどころか皆も含めて人間が魔法を使う上で最も大切なものだ。先ほどの説明を覚えているか?発動のための三つのステップと、効果をイメージして定着させるという行為は別のものだ。呪文の詠唱とは、それらを一緒に行うための道具であり、技術なのだ」
言われて「なるほど」と納得する生徒諸氏。弥勒としても元の世界で積み重ねてきた研究を披露できて御満悦である。
「そういえば、効果を付けずに魔法を発動させるとどうなるんですか?」
「おっと、その説明を忘れていた。効果なしの場合、いわゆる魔力塊を生みだすことになるのだが、生みだした瞬間維持できずに消滅してしまう。ただ消えるだけなら問題ないのだが、厄介なことに消える瞬間に衝撃波が発生するらしい。家が潰れた、部屋の中が滅茶苦茶になったという事例があるそうだから、絶対に試さないように」
この辺りのことは元の世界で過去に書かれた物を読んだだけなので真偽の程は不明だが、怪我をしてもいけないので少し大袈裟に伝えておくことにした。例外として魔法陣の中でなら効果なしで発動させることができる。なぜなら魔法陣とは発動する魔法の効果を固定する機能を持つものだからである。
「まあ、まずは何をおいても魔力を感じ取れるようになることからだ。これができないと話にならない。これから俺が魔法を使っていくから、感じ取れるように色々と試してみてくれ」
と、魔力感知のための実践を開始したのだが、残念ながら〈弥勒先生のマジックショー〉状態となり、予定外の方向に大盛況のうちに幕を閉じることになったのだった。
正式に菜豊荘の住人となったので、神田君の呼称を名前の正に変更します。
魔法について、ちょっとまとめてみます。
〇魔法発動の三ステップ。体内の魔力で核作る⇒周囲の魔力を集める⇒発動。
〇同時進行で、どんな魔法にするかのイメージをする。
〇呪文の詠唱とは上の二つをまとめて行うための方法である。
つまり、
核作成 ⇒ 魔力集め ⇒ 発動。ドカン!(三ステップ)
種火 ⇒ 大きくなる ⇒ ふぁいやー (イメージ)
炎よ 燃え盛り 焼き尽くせ! (呪文例)
こんな感じだと思ってもらっていれば大丈夫かと(笑)。
次回更新は11月26日のお昼12時です。




